○第2話○ 強引な未来予想図







「なぁ、まりえ〜、そろそろウチの親帰ってくるんじゃん?」

「あ、あぁ・・・そう、ね。うん、そうね・・・」


 まりえは昨日からずっと上の空で、彼女の弟、あおいが話しかけてもろくに頭に入っていない様子だった。
 それもこれも、昨日の怜二の言葉が原因なのは明白なのだが、そんなことをあおいが知る由もなかった。

「な、どっか悪いの? それとも、アイツになんかされた?」
「ええええっ!?」

 あまりの過敏反応。
 あおいは一気に表情が険しくなり、まりえに詰め寄る。

「何かあったんだな!? だから別れちゃえって言ってんだろ? あんな奴、絶対まりえを幸せに出来ないんだからさ」
「・・・あおい・・・」

 そうじゃないのよ、あおい・・・
 事は、別れるとか別れないの問題じゃなくなっているの。

 私ね、

 まるでゲームのように結婚するかもしれないのよ・・・
 信じられる?


 こんなの、私の描いていたプロポーズじゃない・・・


 しかも、相手はまだ大学一年生。

 結婚なんて・・・・・・


「ずっとオレの側にいろよ、アイツなんかいい事ないって」

 いつもはだだっ子のように聞こえるあおいの言葉。
 それが今日はどう?

 まるで天使のようにキラキラして見えるわ。


「ありがとう、あおい。今の私を癒してくれるのはあおいだけよ」
「・・・ま、まりえっ」

 私が思わず涙ぐむと、あおいがギュッと抱きしめてくれた。
 ちょっと力が強いけど、一生懸命慰めてくれているってことが伝わってきて私もあおいを抱きしめ返した。

 あぁ、あおいって自分がシスコンだなんて堂々と認めてるけど、私も相当なブラコンだと思うなぁ・・・



 ピンポ〜ン

 と、そこでチャイム。
 どうやら本当に両親が帰ってきたみたいだった。

「帰ってきたんだわ。行きましょ!」
「お、おうっ」

 あおいの手を引き、玄関のドアを開ける。

「おかえりなさいっ」

 そして、相変わらず仲のいい両親は、にこやかに笑顔を振りまきながら帰ってきた。

「ただいま、まりえ、あおい。まぁ暫く見ないうちにまた大人になっちゃったのね」
「本当だ。あおいなんか随分背が伸びて、印象が変わったな」
「そうでしょう? あおいったら、日々逞しく成長しているのよ。嬉しくなっちゃうわ」
「そんなことねぇよ・・・」

 あおいは照れながら否定するけれど、本当に自慢の弟なのよ。
 まりえは満面の笑みで、久々の両親との対面を果たした。

 しかし、

 そこで母親が思いだしたように、

「そうそう、門の前でね、彼が挨拶したいってわざわざ待ってたのよ。家にあがってもらいましょう」

「・・・・・・彼?」



 挨拶したい?

 彼?


 ・・・・・・


 ま、まさかっっ!!!



「飯島怜二!!!!!」


 いち早く反応したのは、いつも怜二を敵対視しているあおいだった。

 目の前に現れた怜二は、いつもよりもかしこまったような雰囲気で、スーツなどを着込み、それでもいつも通りの笑顔を絶やさずにまりえを見ていた。

「・・・な、何で・・・?」
「まぁ、いいじゃないか。怜二君、早く上がりなさい」
「はい、おじゃまします」

 どうやって両親に取り入ったのか、怜二は二人に大変好感を持たれているようですんなりと家に上がってきた。
 怜二が目の前を通り過ぎるとき、一瞬こっちを見て、にやりと笑ったのがとっても不気味で・・・

 何か企んでいる、という事だけは、ひしひしと感じることはできるのだけど。

「まりえ、どういうことだよ? 何で今日、アイツが来てんだよ? 挨拶ってなんだ?」

 あおいが耳打ちをしながら、聞いてくる。

「・・・わからない、けど・・・」

「けど?」

「思い当たる節がないワケじゃ、ない・・・かも」



 今日、私の両親が帰ってくると言うことは、怜二も知っていた。

 そして、結婚しようと言ったのが昨日。

 今日現れた怜二。

 しかも、挨拶がどうだとかで・・・


「あおい」
「なんだよ?」
「今日、私が倒れたらあおいだけが頼りなの」
「・・・お、おう」

 意味がわからないながらもちゃんと返事をしてくれる。
 ありがと、あおい。

 とにかく、なにも起こらず平穏な一日が過ごせれば、それだけでいいわ。









 だが、

 まりえの気持ちとは裏腹に、事は極めて強引に進んでいった。
 まるで、目に見えない何かが怜二を応援しているかのように・・・・・・


「へぇ、じゃあ、会社の方を手伝いながら大学に通っているのかい? それはまた、将来が楽しみだね」
「まだまだです。兄達にはとても太刀打ちできませんし」
「だが、飯島グループの話は良く耳に入ってくる。目覚ましい進歩を遂げているようだね」
「しかも、これからは兄弟3人で力を合わせて会社を取り仕切っていくのでしょう? 益々楽しみだわ、ねぇ、まりえ」

「え? ええ・・・」

 まりえは目の前の光景を呆然と見ているしかなかった。
 完全に、両親は怜二の手に落ちたようだ。
 すっかり彼の話に夢中になって、とても嬉しそうに聞いている。

「まりえとは、会社の方で知り合ったのかい?」
「いえ、・・・恥ずかしながら僕が10歳の時、彼女に一目惚れして、それ以来です」
「まぁっ!」

 母親の亜利沙など、目を輝かせ、頬を赤らめている。
 だが、まりえは怜二の言葉にのけ反りそうになった。

 ”僕”!?
 す、すごい・・・怜二、別人のようだわっ

 いつもの喋り口調はどこへいってしまったの?
 自分だって、会社と私事では使う言葉が全く違うけれど、怜二のそういう所を初めて見たのでとても驚いてしまう。

 それに、初めて会ったときのこと、私が聞いても全然教えてくれなかった癖に。

 一目惚れ!?
 そうだったの!?

 なんで!?


「本当は、今日帰ってきたばかりなのに、こんな事を言いに来るのはどうかと迷ったのですが・・・実は、僕とまりえさんの将来についてのお話を聞いていただきたくて伺わせていただきました」

「将来?」
「はい」

 先程まで両親と談笑していた怜二とはまた違う彼の態度。

 まりえの心臓は、今にもはち切れんばかりに鳴り響いていた。
 正に、今、彼女の危惧したとおりの状況にあるのだ。
 一体自分はどうしたらいいのだろう?
 だが、一向に打開策はうまれない。


 怜二は、まりえを見つめ、それから両親の方に向き直り、深く頭を下げた。


「まりえさんを、僕にください」







第3話につづく


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