○第5話○ シスコン少年の天敵 あおいは、高校の制服を着たまま、怜二の通う大学のキャンパスへと足を踏み入れていた。 と言っても、あおいの高校とは同じ敷地内だから、行こうと思えばいつでも行ける距離だった。 だが、この場所に来る必要性を感じなかった彼は、今、初めてここを訪れた。 周囲の視線は感じるが、そんなものは気にならない。 彼は、この広い構内のどこに自分の標的がいるのか分からなかったが、とにかく捜していればいつかは会えると思い、闇雲に構内を大股で歩き回っていた。 オレはずっと、まりえとアイツのつき合いを反対してきた。 それは、オレがまりえのコトを”姉”という存在以上に想っていたから、というのも理由の一つかもしれない。 だけど、それだけじゃない理由もあった。 オレは、もう我慢が出来ない。 絶対にまりえを困らせるような存在は許さない。 暫く彷徨い、今が昼時だったことを思い出し、食事の摂れる場所を探していると、ラウンジで5、6人で談笑しながらランチを摂っている飯島怜二が目に入る。 あおいは、真っ直ぐに彼のいる方向へと足を進め、怜二の座っている椅子の後ろに立つと、限りなく低い声で声をかけた。 「オイ、飯島怜二。話がある、ちょっと来い」 怜二は、少し驚いたような顔で振り向き、やがてあおいの存在を認めると、嬉しそうに破顔した。 「あおい〜、どうしたの〜?」 「いいから」 あおいは怜二の腕を掴むと、引きずるようにしてその場から移動させようとする。 怜二は、一緒に食事を摂っていたメンバーに軽く挨拶をすると、あおいと共に外に出ていった。 ▽ ▽ ▽ ▽ キャンパス内にあるベンチに、男同士で隣り合い腰をかける。 怜二はここまで歩いてくる間も今も、状況が飲み込めず、不思議そうに隣のあおいを見ていた。 そして、あおいはそんな怜二を一睨みすると、今日ここに訪れた理由である鬱憤を晴らすべく、一気に喋りだした。 「まりえの気持ちを無視するようなヤツなんか、オレは絶対認めない! あんな風に悩ませて、まりえは家で溜息ばっかり吐いてるじゃないか! オマエ、自分が何をしているのかわかってんのかよ!? だからオレは嫌だったんだ。オレは、オレ以外のヤツがまりえを守っていくなんて出来るわけがないって、端から思ってたからな! やっぱりそうだったじゃないか、オマエには所詮ムリな話だったんだ! まりえを幸せになんて出来るワケがなかったんだ。 そうだ、オマエだっていつかきっと、まりえをあの時みたいにたくさん泣かせるんだっ、絶対そうだっ!!」 あおいは息継ぎひとつせず、一気に喋り終えると怜二を睨みつける。 言われた方の怜二は、突然のことに、ぽかんとした顔であおいの言葉を聞いている事しかできなかった。 が、やがて小さく首を傾げると。 「あの時って、なに?」 「・・・うっ、・・・そ、それはっ・・・」 口にするのはイヤだった。 あんな風に泣いているまりえのコトを、コイツに話すのは。 だが、 「ねぇ、もしかして、・・・まりえさんが、高校生の時の話をしてるの?」 「なっ、何でオマエがソレを知ってるんだよ!?」 あのまりえは、自分しか知らなかったはず。 なのに、何でコイツが・・・・・・? そんなわけがない アレは、オレだけが知っている そう、オレだけがあんなになってしまったまりえを知っているのだ コイツが知っているなんて、絶対にあり得ない ・・・・・・・・アレは、唐突に起きたこと・・・・・・・・・ まりえが高校2年のとき 当時つき合っていた男が突然いなくなった。 家族全員、音沙汰もなく、本当に突然だったらしい。 消える前日まで、いつも通り学校に通って来ていたのに、次の日、外国に行ったという話だけで、誰に聞いても居場所を掴めなくて、まりえは呆然としながら家に帰ってきた。 その日から、まりえは人形のようになってしまったんだ。 まるで、人間であることをやめたかのように・・・ 動くことも、喋ることも、見ることもしない。 だけど、 暫くして、まりえは正気を取り戻した。 その変わり、見ている方も辛いくらい泣いて泣いて、どうしようもないほど何日も何日もただ泣き続けた。 このまま、泣いて消えてしまうんじゃないかと思ったくらい・・・ あんなまりえはもう見たくない。 オレだったら絶対に泣かせたりしないと心に誓った。 だから・・・・・・ 「オマエがどこまで知ってるかなんてどうでもいい。オレは、嬉しくて泣く以外には、どんな理由であってもまりえを泣かす奴を許さないっ!!!」 ずっと、そう思ってまりえの側にいたんだ。 横から現れたお前なんかに、まりえを幸せに出来るものか! 「・・・・・・・・・・・・」 怜二は、 もの凄い形相のあおいを、何を考えているのか分からない表情でじっと見つめ続けていた。 何も言葉を発することはなく、暫くすると不意に遠くの空を眺めるかのように視線を宙に彷徨わせる。 あおいはその間も無言で怜二の横顔を睨みつけていたが、怜二の方はやがて、小さく笑ったと同時に目を瞑り、深く息を吐いた。 「オレがまりえさんを好きになったのは、彼女の笑顔を見たからだったんだ。オレ、驚いちゃったよ。一回笑ったの見ただけで、どうしようもなく幸せになっちゃってさ」 「・・・・・・?」 急にそんな事を話だす怜二の意図が掴めなくて、あおいは戸惑った。 しかし、そんなことに気を止める様子もなく、独り言のように怜二はぽつぽつと喋り続ける。 「それから、何年も何年も片思いしてた。遠くから見てることしかできなくて、まりえさんが同級生の男とつき合うのも指をくわえて見ているだけ・・・・・アイツがいなくなって、何年も経っても近づくことすら出来ない臆病者だった。 だけど、やっとオレにも直接会うことの出来るチャンスが巡ってきて、彼女と喋って、見ていただけの時よりずっと好きになって、絶対に彼女が欲しいと思った」 「・・・・・・・・・」 「想いが叶ったとき、オレは、それだけで満足だったんだ・・・・・・ なのに、つき合いを重ねれば重ねるほど、どんどん不安でどうしようもなくなっていく。憧れだった彼女がどうしてオレとつき合っているのかわからなくなってくる。いつもいつも、好きなのはオレだけのような気がする。 だから、彼女がいつも隣にてくれる証が欲しくて・・・・ まりえさんを戸惑わせていることも知っていたし、自分だけで勝手に話を進めていることも分かってる。けど、どうしても止められなかった・・・ ・・・・・・全く・・・オレはいつも、肝心なところで間違いを犯すんだなぁ」 怜二は、はぁ、と溜息を吐き、苦しそうにあおいに微笑みかける。 あおいは、 怜二のこういう部分を初めて見た。 いつも、おちゃらけて、自分をからかってくる、そんな姿しか知らない。 自分の目の前で、まりえに愛の告白をすることも確かにあった。 だけど、そんな時、怜二はとても幸せそうで。 そんな顔の裏に、こんなに苦悩している姿があった事を知り、あおいはどうしたらいいのか分からなくなってしまった。 もっと、ずっと脳天気なヤツだと思ってたのに。 だけど、今の状況を許しておくわけにはいかない。 絶対に。 「・・・男だったら、不安なんて、顔に出すな!! まりえを安心させてみろ! いつも笑ってられるようにしろよっ、笑顔が好きなんだろ!? じゃあ、何でそれを奪うようなことをするんだよっ、オマエふざけんなよ、オレがどれだけ・・・・・・っ」 まりえを好きか知らない癖にっ 言おうとした言葉は、最後の理性でのみ込んだ。 怜二は、しかし、あおいの言おうとしていることは充分理解していて、 「うん、そうだったね。ごめん・・・・・・」 と、小さく頷いた。 そんな様子を見ていて、あおいは初めてちゃんと怜二という存在を目にした気がした。 今までは、目を背けていた部分があったし、知りたいと思ったこともなかった。 単なる邪魔者で、まりえは何故かソイツを気に入っている その程度の存在にしか思いたくなかった。 だが、今目の前にいる彼に対して、紛れもなく自分と同じ、もしかしたらそれ以上に藻掻き、苦しみむくらい、どうしようもなくまりえを好きなのかもしれない、と頭の片隅で思っている。 こんなヤツなのに・・・・・・ 「オレさ、あおいのこと好きだなぁ・・・」 「はぁ!?」 いきなり何を言い出すんだ、コイツは!? 「ウソがないし、正直で、何よりまりえさんの事好きだし」 「・・・・・・オマエ、頭おかしいんじゃねぇの?」 「普通だよ?」 にこにこしながら、今の怜二はもういつもの彼に戻っていた。 あおいは、何となく、それにホッとしていた。 「ふ、普通じゃねぇ!」 「ふふっ、あおい、すっかり頭冷えたみたい。もう大丈夫だよ」 「何がっ!」 「ちゃんと、まりえさん幸せにするからね」 そのセリフに、あおいはベンチから立ち上がり、怜二を見下ろす。 そんな彼を、怜二は相変わらず楽しそうに見ていた。 「・・・・・・まりえを泣かせたら、オマエを許さないからな!」 「うん」 「気持ちを無視するのだって、許さない!」 「うん」 「絶対に幸せにしなきゃ、許さない!」 「うん、誓うよ」 ちくしょう、へらへらしやがって 悔しいけれど、 悲しいけれど、 オレではだめだって事はわかってる。 まりえが、コイツの前でしか見せないような、飛びきりの笑顔を持っていることもわかってる。 オレは、まりえが大事だから、幸せならそれでいい それで、いい けど、 その変わり、まりえの側にオマエがいる限り、オレの監視の目が一生つきまとうって事は覚悟しろ! 今はとりあえず、お前のことをちょっとだけ許してやる! でも結婚とコレは別問題だからな!!!
第6話につづく
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