○最終話○ 手をつないで歩こう







「だ・か・ら!!! 何でオマエが家にいるんだよっ!?」

「え〜と、どうしてかなぁ・・・?」
「とぼけんじゃねぇ!!!!!」

 あおいの絶叫。
 両親は、そんなあおいを初めて見て、驚いた顔をしている。


 あれから結局、怜二の気が済むまでしていたお陰で、あおいや両親が起きる前に帰るつもりだったのに、そのまま、まりえと一緒にうとうとと眠ってしまったのだ。
 気がついたときはもう既にあおいは起床していて、リビングでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

 まりえは何とかあおいの目を欺き、怜二を帰そうとしたのだが、当の怜二が堂々とリビングに入り、あろうことか、『おはよう、あおい、いい朝だね』などとにこやかに挨拶をしてしまったのだ。
 あおいは、飲んでいたコーヒーを気管に入れてしまい、暫く苦しそうにむせていた。
 それも落ち着くと、怒りのオーラを振りまき、今に至るのである。

「まぁまぁ、いいじゃないか。怜二君はもうウチの家族みたいなものだし」

 父親があおいの怒りを少しでも宥めようと間に入るが、そんな父親にまで厳しい目つきで睨みを利かせる。

「まだ家族じゃないっ!!!」
「・・・いや、あおい・・・・・・だけど」

 オロオロするばかりの父親と、怒りに身を任せて目からビームでも発射しそうな勢いのあおい。まりえは母親の隣で小さくなっていた。
 だが、そんな空気など全くお構いなしに怜二はにこにこしている。

「なんだ、そこっ! 笑ってんじゃねぇ!!!」

「だってさぁ、顔が勝手に笑っちゃうんだ」
「はぁ!?」

「まりえさん、やっとOKしてくれたし、オレ今、何言われても幸せだから」

「まっ、まりえっ!?」


 ホントかよ、と確認するような目つきでまりえの方に振り向く。
 まりえは、ぎこちなく笑い、

「ホントなの・・・」

 小さく頷いた。


 そのあと、”うぅ〜ん・・・・・・”と唸ったきり、格好悪く倒れ、そのまま3日間寝込んだのは、怜二と湯河家の永遠のトップシークレットとなっている。



 結局、翌日の日曜日は怜二の両親に挨拶に行くことになり、彼の思惑通りに事はとんとん拍子に進んでいった。

 二人の兄、秀一と優吾の多大なる協力も少しは影響していたかもしれない。
 普段3人一緒には殆ど顔を合わせることがないが、この時の団結力は後々の笑い話になるほど凄かったのだ。

 怜二がまりえを紹介すると、すかさず長男の秀一が仕事の実績を評価し、次に次男の優吾が性格を褒め称え、最後に三男の怜二が、まりえの全てを好きだと言い、最後に3兄弟揃って親に土下座までした。
 まりえ本人は、あまりの事に自分がなすべき事が殆ど無く、ただ、挨拶をするだけだった。

 元々彼女が飯島家に来てくれるだけで十分すぎると考えていた両親は、秀一ではなく怜二と、という驚きはあったものの、反対する気など毛頭なく、今までこの家には男ばかりで華がなかったからとても嬉しいと、逆にまりえを気遣うくらい丁重に扱った。





 そして、今。



 式を半年後に控えて、二人は一緒に暮らしている。


 勿論あおいの大反対にあったのは言うまでもない。
 だが、怜二がどうしても一緒に住むとだだをこね、まりえを散々困らせた後、結局彼女は首を縦に振った。

 怜二の粘り勝ちだった。


 それと、あおいが二日とあけずに彼らの新居に足を運んでいることも付記しておこう。







▽  ▽  ▽  ▽


「何かさぁ、オレ達もう夫婦だよね」

 怜二はにこにことまりえに確認するように聞いてくる。
 二人は、陽気もいいので散歩でもしようと、公園の中を手をつないで仲良く歩いていた。

「そうね。・・・・・・ねぇ、私思ったんだけど」
「ん?」

「怜二って、思い通りにならなかった事ってある?」

 ちょっと皮肉をこめて言ってみる。
 だって、怜二を見てると実行したことは、結局最後には思い通りになっている気がする。
 なんだか、彼の手のひらで操られているみたいでちょっと悔しい。

 別に、結婚がどうとか、言ってるんじゃないけど。


「ん〜、そりゃあ、あるよ〜」

「へぇ、どんなこと?」

「う〜ん・・・それは、色々とね」
「色々って?」
「・・・ん〜。でも、絶対あると思うよ?」

 ・・・つまり、思いつかないのね?
 って事は、大概思い通りなんじゃない・・・・・・

「あっ、あった!」
「えっ、何?」

 怜二は、真面目な顔して、

「まりえさん、えっち毎日させてくんない。コレは由々しき事態だよ?」
「・・・っばかっ!!!」

「え〜〜? だってさぁ、隣に寝てるのにダメなんて、生殺しだよぉ! 生理だって毎月くるのにその他も我慢しなきゃいけない日があるなんてぇ!! きっと毎日沢山したってまりえさん見ただけでどんどん溜まっちゃうのに〜」

 頭を抱えながら苦悩の表情を浮かべる怜二に、まりえは顔を真っ赤にして抗議した。

「冗談!! 怜二につき合ってたら体がいくつあったって足りないわ!」
「まりえさんのイジワルっ!」

 今はまだ昼間、しかも場所は公園である。
 周囲にはジョギングをしている人や、サッカーをして遊んでいる少年などとても健全な雰囲気なのに、二人の会話は極めて低レベル且つ、この場にそぐわないものだった。

「あ〜〜〜〜〜っ!!! 結婚前に一緒に住むのなんてやめれば良かった〜〜!!! 式の前に倒れるわ、きっとっ!!」

「安心して、まりえさんっ。お粥フーフーも、おでこで熱を測るのも、添い寝も全部つきっきりで看病してあげるから」

 まるでわかってない・・・
 料理を作ったことのない人が、どうやってお粥作るの?
 熱を測るのも添い寝も、怜二がしたいからとしか思えないし。

 そりゃあ、嬉しいけど。


 まりえが考え込んでいると、怜二が急に歩きを止めた。


「オレね、一つ自分に誓いをたててることがあって・・・」
「・・・?」

 怜二は得意気な顔をして、まりえを見つめる。

「1秒でも遅く、まりえさんの後に天国に行くの」
「・・・遅く? 普通は、早くの方が良いんじゃない?」

 私だったら、怜二より後になんて、いやだと思うけど・・・

 首を傾げると、わかってないなぁ、といったような表情で、


「早いのはやだよ。オレは1秒でも多くまりえさんを見ていたいからね、遅くていいんだ」

「・・・・・・・・・」

 甘く溶けてしまいそうな微笑みに、思わず頬を染めてしまう。
 怜二の言った言葉に、どうやって反応したらいいのかわからなかった。

 ただ、じわりと涙が溢れてきて
 時々、怜二のそういう考え方にもの凄く守られている気がする


「でもね。その変わり、一つ約束して欲しいなぁ」
「なにを?」

「まりえさんが最後に見るのは、オレにしてね」


 嬉しそうに、幸せそうに真っ直ぐに私を見つめる瞳


 これから結婚するっていう二人が、なんて縁起の悪い会話だとは思うんだけど、この約束は、教会で愛を誓い合うことよりも幸せなことのように思えて。

 私は、返事の変わりに繋いだ手に少しだけ力を入れて、彼に微笑みかけた。



「ねぇ、まりえさん」

「なぁに?」



「何十年先も、この道をこうやって二人で歩こうね」

 ずっとずっと、変わらずに

「そうだね」


 きっと、歩ける

 だって、二人して同じ方向、みてるもの









「今帰ったらあおいが来てると思わない?」

 不意に怜二がいたずらっ子のような顔をして、問いかける。

「・・・実は私もそう思ってた」
「あははっ、やっぱり?」

 すっかりあおいが来るのが当たり前になってしまい、これでは別に家を出る必要なんて無かったのではないかと思いながら、玄関の前で1人佇む弟の姿を思い浮かべる。

 そして、


「「早く帰ろっか」」


 全く同じタイミングに出た言葉。
 それがとても可笑しくて。


 こんな何でもない日常が幸せでならない。



 だから、

 大丈夫


 道はずっと続いているよ


 これからも、ずっと


 あなたと二人・・・・・


 私たち、幸せな未来を過ごしてる




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