○番外編1○ 友達にかわるまで(中編)







 次の日、俺が会社に着くと同時に、待ちかまえていたかのように上司に呼び出された。
 一体なんだと思っていると、



「は? 昇進ですか?」

 思いがけない話に、戸惑いを隠せない。

 だって
 俺まだ23だぞ?
 今だって、係長のポストにいるんだ。それを・・・

「あぁ、君には期待しているよ、これからも頑張ってくれ!」

 ドゴッと肩を叩かれ、口の端を引きつらせて笑っているこのオッサンは、人事部長。
 うぅ、肩が痛ぇ・・・力を入れやがって。

 ・・・気持ちが分からないワケじゃないけどなぁ・・・

 でも、課長って・・・

 こんな何でもない時期に、昇進なんてアホみたいな事をさせる男はこの会社に一人しかいない。
 俺は、溜息を吐いて、社長室へと向かった。







▽  ▽  ▽  ▽


「オイ、親父! 昇進ってど〜ゆぅ事だよ!?」

 ドアを開け、開口一番この会社で一番偉いであろう、その人物に俺は怒鳴り込んだ。

「洋くん〜♪ もう、その話がいったのか、そうかそうか」
「洋くんって言うなッ!!!! じゃなくて、そうかそうか、じゃねぇ、俺はそんなこと頼んでないっつ〜の!!」
「一足早い誕生日プレゼントだよ」

 ふざけんなっ
 誕生日プレゼントなんて、物で済ませろよ!
 どこの親が『昇進』なんてプレゼントすんだよっ!!

「いいじゃないか、将来パパの後を継ぐのは洋くんなんだから」

 顔をホクホクさせて、目尻を下げて言うこの姿は完全にイッちまってる、自分の世界に。
 このままほっといたら、来年のプレゼントは『部長』とか言いそうだ。
 冗談じゃない。


 この親には、のれんに腕押し、馬耳東風、何を言っても通用しないのだ。
 自分の思ったことは絶対にやり通す。
 周りの反対なんて全くのお構いなしだ。
 ・・・それで、今までの人生順風満帆なんだから、大したもんなんだろうけどさ。

 俺には、そこまでの判断力がない。
 自分の器くらい、自分でわかっている。

 だから、昇進なんてされても、本当は困るんだよ。
 力が伴ってないから。


「ところで、まりちゃん元気かぁ? パパはまりちゃんと洋くんが結婚すると会社も大安泰でハッピ〜なんだけどなぁ? まりちゃんカワイイからパパの好みだし」

 言ってることが支離滅裂でワケわかんねぇ・・・
 まりちゃんってのは、まりえのこと。
 コイツは、俺が幼い頃からまりえと結婚する事を望んでいた。
 まりえの家が財閥って事と、容姿が究極にプリチ〜だから、だそうだ。

 打算と、好みとが入り混じってどれが本音なんだか。

「結婚するんだって」

 彼女は悩んでいたけど、俺の中では既に決定事項としてインプットされていた。
 親父は目の玉が剥き出しになるくらい驚いて、嘆く。

「うそぉ〜〜〜〜〜ッッ、信じられないっ!! あんなにずっと一緒にいたのに、モノに出来なかったの〜〜〜!?」

 グサグサと傷口をえぐるようなことを言いやがって・・・
 くそ。

「相手は誰っ!? ボンクラだったらパパがぶち壊してあげる」

 おいおい、親バカもここまでくると笑えるぞ?

「力はまだ、未知数だな、学生だし・・・」
「があぁぁくせぇぇいぃぃぃッッッッ!?」
「だが相手は、飯島グループの御曹司だ」

 親父はその言葉に、ピタッと動きを止め、コホンと一つ咳払いをする。
 そして、にっこりと物わかりの良さそうな満面の笑みで、

「洋くん、それはおめでたいことだねぇ」

 一言。

 親父の特技は、敵わないくらい上の者にはとことんへつらう。
 見てるこっちが腰が抜けるくらいその変わり身は早い。
 勝ち目があるって時は勝負にでるのだが・・・
 もしかしたら、この変わり身があるから今の親父があるのかもしれない。

 親父はそれ以上何も言わず、『めでたいめでたい』とワケのわからん作り歌を歌いながら窓を眺めている。
 俺は、それ以上ここにいても無駄だと悟り、部屋を退出することにした。






▽  ▽  ▽  ▽


 自分のデスクに戻り、辺りを見回す。
 その目は自然と彼女を探していた。
 藍沢絵美を・・・・・・

 しかし、今日彼女は会社に来ていなかった。
 直接の上司である俺にも何の連絡もない。
 つまり、無断欠勤。

 昨日の今日だ、どう考えても原因は俺だろう・・・










 ・・・・・・初めてだった。

 あんな風に、まりえ以外をちゃんと見たのは。
 まりえと比べてしまうと思ったから、誰も見てこなかった。
 だけど、昨日は、昨日のアレは・・・

 自分をさらけ出しているような
 少しの偽りもない、真っ直ぐな瞳だった


 俺は根本的に何かを間違っていたのか?

 そもそも、違う人間を比べること自体間違ってる。






 俺は・・・

 間違っていたのか?









▽  ▽  ▽  ▽


 それから、

 次の日も、その次の日も、気づくとまる一週間、彼女は会社に来なくて、いい加減に俺も苛ついてきていた。

 ちゃんと話をしたいと思っていたのに、こうやって、避けるようにされたんじゃこっちからは何も出来ない。

 電話をかけてみても、繋がらないし・・・
 後は、彼女の家まで行くしかない。

 行ってみようか・・・・・・


 だが、
 もう一度携帯に電話をかけようとしたときに、着信音が響いた。

「はい、南條です」

 何となく彼女かもしれないという淡い期待を持って着信画面を確認せず出たのだが、相手は簡単に俺の期待を裏切ってくれた。



『洋介ぇ? アタシ、今日会わない?』


 何処のアタシですか? と聞きたい気持ちをグッと堪え、




「・・・・・・・・・いいよ」








 大概、俺もいい加減なんだ。

 彼女への気持ちも何なのか、よく分からない。


 それに、俺は既にフラれてるし。

 会いたくないとばかりに、会社にも来ない。



 今までの俺がこれからも続く、それだけのことだな。





後編へ続く


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