○番外編1○ 友達にかわるまで(前編)







 俺には、幼馴染みがいる。


 幼稚舎の頃から大学までずーーーーっと一緒だった。
 そのせいで、男扱いされてないというか・・・
 完全に友達止まりってカンジの関係だ。



 そして、今

 彼女の良き理解者として悩み相談を受けているっていうのも当然の成り行きだった。


「大体、あのガキが相手なんだから、まりえだって大変だよなぁ・・・・・・」

「・・・そうなのよねぇ」

 目の前で眉をひそめているのが、俺の幼馴染み、湯河まりえだ。
 誰が見たって目が釘付けになってしまうくらいの容姿に屈託のない笑顔、そして性格もいいときたら、彼女に憧れるヤツなど男も女も垣根なんてない。


 何を隠そう俺もその中の1人だったわけだが・・・

 まぁ、俺の場合は幼馴染みだった事もあって、遠くから見て憧れるということはなく、いつも彼女の側にいることが出来た。


 実を言うと彼女には、告白というものをした事がある。
 だが、一度はOKしてくれたものの、結局アッサリ振られたという悲しい過去も同時にあったりする。

 原因は、現在のまりえの彼氏、飯島怜二のせい。
 ヤツが現れたせいで恋人へ昇格のチャンスがふいになってしまった。
 つまり、まりえがヤツのことを好きになってしまったというコトなんだが・・・


 それにしても生意気なガキなのだ。

 初めて俺に会ったときなど、それはもう、スバらしく凍るような目で俺を見てくれたもんだ。まるで虫けら扱い、いや、それ以下かってくらいに。

 だがしかし、

 ヤツも随分前からまりえのことが好きだったみたいだった。
 が、俺には敵うまい。

 俺なんて、幼稚舎で初めて出会ったその日にフォーリンラブだったんだぞ?




「ホント、若いってすごいなぁって思っちゃう」
「お前なぁ・・・自分だってまだ若いだろう?」
「でもねぇ、やっぱり若いと思う。真っ直ぐにドカーンてくるもの」

 ドカーンて・・・
 いいなぁ、アイツめ。まりえにドカーンといってるのか。
 俺だってドカーンとやりたかったさ。

 ・・・・・・って、今はそういう話題じゃなかったな。

「怜二まだ大学生なのに、結婚なんて・・・早すぎだと思うんだけどな」
「・・・確かにやることが早いなぁ・・・」
「早過ぎよ、卒業してからだっていいと思わない?」


 そうなのだ。

 あのガキは大学に入って間もないと言うのに、プロポーズをしてきたらしい。
 その上、まりえの両親が日本に戻ってきたその日に挨拶に来て、しかも、偉く気に入られ、結婚の方向へと進んでしまったようなのだ。
 納得のいかないまま勝手に話が進み始めたことに不満を持ち、只今ヤツとはケンカ中で、俺に相談をしてきたと言うわけだ。

 つくづくイイ友達ってカンジだよなぁ・・・いいんだけど。


「アイツの家の方はどうなんだ? 反対とか・・・」

 するとまりえは、はぁ、と溜息を吐いて首を振る。

「反対されるかは分からないけど、会長にとっては、怜二と私って言うのは誤算だったみたい」
「どういうことだ?」

「社長と結婚して欲しいって願望があったみたいなの」

 そう言って、苦笑いするけど、なるほどと思う。
 実際、ヤツより兄貴の方がまりえとそういう関係になっても不思議じゃないから。
 まりえはソイツの秘書だからいつも一緒だし、周囲の人間だってそっちの方が納得がいくだろう。
 まさか、弟の方とは誰も思わなかったんだろうな。


「なるほど・・・でも、そんなに直ぐには話が進まないかもな。アイツも出直してくるって言ってるんなら」


 とは言ったものの。

 今の話から察するに、話は相当すすんでいるらしい。
 時間の問題って気もするけど。

「ウン、どう出直すのかさっぱりなんだけど。ただ・・・ちょっと今はまともに会話できそうもないわ」

「とにかく、大事なことだし変なわだかまりがあったら後々まで引きずる。落ち着いたら、もっとちゃんと話しあえよ」


「・・・ウン、そうする」



 でも、結局、結婚するんだろうな。
 そんな予感がする。ヤツならそこまで持ち込むだろう。




 まいった・・・


 ・・・俺・・・・・・相当ショックを受けてる・・・




 だけど・・・・・・


 いっそ、とっとと結婚してくれた方がいいかもしれない。


 そうしたらきっとこの気持ちだって・・・












▽  ▽  ▽  ▽


「ぁ・・・っ、あぁ・・・ッ!」

 俺の上で腰を振ってよがっている女。
 そんな状況でも今日の俺はどこか冷静だった。

 どんな格好だろうが、俺が言えば大抵の女は言うとおりにする。
 今だって、例に漏れず、だ。
 はじめは嫌がっていた癖に、ちょっと不機嫌そうな顔をすれば簡単に言うとおりにする。


 それにしても。
 あっちは勃ってるから、気持ちはいいはずなんだが、何だかイケるカンジがしない。
 結合部に目をやると、ヌラヌラと光った液体が幾筋にもなって、滴っている。
 イヤらしい音も、いつもなら興奮する材料の一つになるはずなのに・・・

 女の腰を掴んで、突き上げるように揺らしたり、グラインドしたりしてみるが、夢中にはなれない。

「・・はぅ・・・ッ、あ、あぁ、あんっ」
「イヤらしい女だな、男にまたがって、腰を振りたくって・・・そんなにイイのか?」

 こんな言葉を言われても、女はちょっと傷ついような顔をしただけで、涙を浮かべてしがみついてくる。

「洋介が、・・・好きだから・・・ッ、ん、・・・私・・・・・・っ・・・」

「じゃあ、イっちまえ」

 体の位置を逆にして、今度は上から激しく突きまくると女の身体がビクビクと波打ち、

「あぅ・・・くぅん・・・、あ、あッ、あ、あ、あ、あああッ!」


 膣をギュウギュウ締め付けて呆気なく果てた。


 いつもなら、俺もこれでイケるのに。


 この女はナカナカいい体をしている、と思う。
 だから、セックスはイイ感じだ。
 なのに今日はあと一歩のところでだめなのだ。

 くそっ


「まだ終わりじゃないぞっ」

 イったばかりで、まだビクビクしている中を構わず突き続ける。
 女にとっては結構辛いだろう。

「・・・ッ、・・・ま、まだ・・私・・・」
「俺の方がまだなんだよッ! ホラッ」

「っく・・・ゴメ、・・・っはぁ、洋介ぇ、好きにしていい、よ?」

 目尻に涙を溜めながら女が必死でしがみついてくる。
 好きにするに決まってる。
 お前じゃなくても、気持ちよくはなれる。
 そう思いつつも、腰の動きは止めない。
 その内に、また女の方も良くなってきたようで、腰を振って喘ぎだした。




 それにしても、と思う。


 まりえ以外の女に接する時の俺はこんなヤツで、つくづく最低極まりない。
 気持ちが入ってないと言うか、気持ちよく処理させてくれる相手なら誰でもいい。
 声をかけなくても女は寄ってくるし、セックスを誘えばほぼ全員首を縦に振る。


 俺がそんな風になったのは、まりえが千里とつきあい始めた高校2年の頃からだ。彼女を諦めるために色んな女に手をつけまくった。

 けど、千里がいなくなった時、泣きじゃくるまりえを見て、その時初めて吹っ切れた気がしたんだ。
 いなくなったとしてもその姿は千里しか追いかけていないと分かってしまったから・・・


 だが、それから数年経ち、ダメもとで告白をしてみたらOKをもらって・・・

 ちっとも吹っ切れてなんかいないと思い知った。


 しかし、飯島怜二といるまりえを見たとき、彼女の気持ちがどこにあるのか、千里の時を知っている俺にはすぐに分かってしまった・・・やはり、俺を見てはくれないのだと・・・


 彼女の負担になるような事は絶対にしたくはない。

 だから、せめて友達でいられるようにと、精一杯自分を取り繕ったのだ。馬鹿みたいな事をしていると思うが、彼女との接点を無くすよりはいい。

 そう思って。





「・・・はっ、・・・あぁっ、・・・っよ・・・すけ、もぅ、わたし・・・」

 もう限界だと女の身体全部で言っている。
 女が感じるのはいいことだ。
 ギュウギュウに締め付けるからこっちも最高に気持ちがいい。


「・・・いくぞっ」

「あっ、・・・あぁん」




 だが、その時、


 悩ましい姿に、一瞬重なるまりえの・・・



「っ!?」


「あぁああああああっ」



 ちくしょうっ



 何でここでまりえが出てくるんだよっ!

 もう、いい加減忘れたいんだ

 そんな姿で俺を挑発するなっ!




「・・・・・・くっ・・・・・・!」




 ドクドクいいながら管から液体が勢い良く弾けだす。



 ちくしょう・・・・・・




 だけど、

 例えどんなだとしても、この瞬間はいい。


 真っ白になって全てがどうでもよくなる。




 ずっと、こんななら、いいのに。






















「・・・・・・どうか、したの?」

 お互い息が整い始めたとき、女がそんなことを口にした。

「・・・別に? なんで?」
「洋介って、気づいてないだろうけど、何かあると自分を責めるようなセックスするから」

 自分を責める?
 どこをどう見たら、さっきの俺が自分を責めているんだ?
 八つ当たりのようなものだったじゃないか。

 さっぱりわからない。

「気持ちよくなかった?」
「・・・そうじゃ、ないけど・・・ただ、何かイヤなことがあったのかなって」

 女の直感って言うのは大したものだと思う。
 セックスで相手の気分がわかるとは。

「ま、あったと言えばあったなぁ・・・でも、じきになんでもなくなるさ」
「私じゃ、力になれないかもしれないけど・・・聞くくらい、できるよ?」


 まさか

 それは笑える。
 話した途端、俺はこの女に張り倒されるんじゃないだろうか?
 しかも、それを言ったからといって、何が変わるというものでもない。

 だが、
 張り倒されるのも、今はいいかもしれない・・・

 そう思い、俺はほんの軽い気持ちで今の気持ちを口に出した。


「4歳の頃からずっと想ってきた女が結婚するんだ。友達だなんて言いながら、しつこく陰で思い続けてる自分がイヤになっただけ」


 言った後、
 俺は殴られると思って、多少は覚悟していたのだが・・・

 予想に反してそれはなかった。
 変わりに、

「本命、いるんだろうなって・・・思ってた」

 そんな言葉が返ってきた。
 驚いて、女の方に顔を向けると、無理に作ったように笑ってて。
 なんだろう、その顔が妙に心にひっかかった。

 そして、今更ながらコイツの名前なんだっけ? と頭の中を張り巡らす。


「なんで分かってて、俺と寝た?」

「洋介と同じ。近くにいたかったから」

 そう言われてしまうと、何だかとても納得してしまうが・・・
 だが。

「えっち、するかしないかの違いだけだよ? きっと。私は洋介が求めたから応じただけだもん」

 確かにそうなのかもしれないけど。
 わかんねぇ・・・

 何がって。

 名前。

 流石にそれを聞くのは躊躇われた。
 名字はわかるのだが・・・下の名前が出てこない。
 そんな事も覚えられないくらい沢山の女とヤッてる俺が悪いことは一目瞭然。
 それで終わりならそれはそれで、変わりはいる。
 いるんだが・・・

「洋介ってさ、顔がイイし、黙ってても向こうから寄ってくるでしょう? でも、自分からは行かないよね。どうしてなんだろうって、ずっと思ってたの。他の人とも沢山こういうコトしてるの知ってるし、どの人も本気じゃないから私も、無理矢理納得してた」

 彼女は、寂しそうに瞳を揺らしながら、涙を堪えているように見えた。

「でも・・・そんなに本気の人・・・いたんだ・・・そんなに大切な人がずっといたんだ・・・・・・」

 別に俺はまりえに対する思いの丈を語った訳じゃない。
 なのに、そんなことを言う。
 ちょっとまて。
 何を動揺するんだ?

 俺、変だ、こんなの。

 だって、泣きそうなくらい小さくふるえてるのに、涙を必死で堪えてるその姿から目が離せない・・・


「私、洋介の側にいれるなら・・・・喜んでくれるなら何でもしようって・・・思ってたんだけど、でも・・・・・・辛い、なぁ・・・・・・」

 ッ


「・・・・・・そういの、知ってるのに・・・・・・今まで通り、何もなかったようになんて・・・私・・・」


 なんでか、さっぱりだけど。
 だけど、俺は彼女の震える腕を咄嗟に掴んだ。逃がさないように。

「彼女はもう、結婚するんだッ、それでも?」

 情けないくらいのその質問は、首を横に振られたことで簡単に拒否された。

「結婚したくらいで、その気持ち割り切れるようなものだったの?」
「・・・・・・それはっ」

 わからない。
 けど


「洋介は、残酷だね・・・・・・・・・・私には無理、だよ」


 ハッキリ、キッパリそう言われ、

 つまり、これは・・・


 フラれた、ということだ。




「ごめんね」

 謝る必要など欠片もないはずなのに、彼女は身支度を整えるとそれだけ言い残し、玄関のドアを静かに閉めた。

 その時、
 俺は猛然と立ち上がり、玄関を飛び出し、まだそこに彼女がいるものと思い、



「絵美ッ!!!」


 叫んだときには、もう、誰もいなかった。




 藍沢絵美



 それが、彼女の名前だった───







中編へ続く


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