○番外編2○ トクベツ(中編)







「ねぇ、あおい。今日は泊まってく?」


 不意にまりえが聞いてきた。
 ドキリ、と心の中は大きく動揺。

 イカンイカン、悟られるな。

 しかし、今日はアイツ、飯島怜二がいないわけで・・・


「・・・いいの?」
「ウン、今日は多分怜二帰ってこられないと思うし、たまには二人で水入らずっていうのも新鮮よね♪」

 二人で水入らずか・・・・・・

 思わず顔がニヤけてしまう・・・


「そ、そうだな・・・、それに、夜にまりえ一人なんて心配だし、ボディガードの意味も兼ねて・・・と、泊まっていくよ!!」


 もしかしたら一番危険な存在はオレかもしれない。

 なんてことを心の底では思いつつ、オレは極めて平静を保っているような顔をしながら(ちょっとどもったけど)まりえに微笑みかけた。










▽  ▽  ▽  ▽



 それから十分程度経った頃───


 オレは脱衣所の入り口に立ち塞がり、何故か一緒について来ようとするまりえを必死で阻んでいた。


「だ、だから、それは絶対だめだって・・・っ」

「え〜〜〜っ、だって昔はよく一緒に入ったじゃない〜っ! これくらい何でダメなの〜?」

 口を尖らせながら上目遣いをするまりえを見て、

『じゃあ、いいよ』

 なんて思わず口が滑ってしまいそうになる。
 だがしかし、コレだけは絶対に勘弁してほしい。
 理性の殻が破れて自分が何をしでかすか、考えただけで恐ろしい。




 まりえとオレが何で揉めているのか。
 簡単に言えば一言。

 『あおいの身体、洗ってあげたいから♪』

 だそうだ。




 でもさ、
 一緒に入浴するわけじゃなくても、身体洗ってもらうだけでも、


 ・・・・・・・・・・・・・・・こんな事ありえるか?



 そりゃあ、確かに昔は一緒に入った。
 あの頃はまりえの胸も平気で触ったし、お互いの身体だって普通に洗いっこしていた。
 ふだんの生活でも、彼女はオレのことをカワイイと言ってはキスをして、抱きしめて、今よりももっと凄かったのだ。
 中学3年くらいから、まりえはオレがそろそろ思春期に突入かもしれない、と考え、あまり近寄ると煩がられるんじゃないかと思ってそれらのことをやめた。


 あの頃が懐かしいよ・・・・・・


 ───なんて思い出話に花を咲かせている場合じゃなかった。

 風呂なんてとんでもない。
 目の前のこの状況を何とかするのが先決だ。



「とにかく、風呂は一人で入るの、それ以外のことだったら何でも聞くから」
「あっ、あおい」
「じ、じゃあっ!」

 そう言ってオレはまりえの返事も聞かずに脱衣所のドアを素早く閉めた。
 勿論後から入ってこられないようにとしっかりロックもかけたのは言うまでもない。





 ・・・・・まいった・・・・・・


 オレがシスコンであると同時にまりえもまたブラコンだったということを失念していた・・・
 単に、まりえが未だにオレのことを小学生のガキ程度にしか見えていないだけかもしれないけど。



 兎にも角にも、あおいは何とか一人で落ち着いて風呂に入ることができ、早風呂の彼は、実に手際よく身体を洗うとあっという間に風呂から出ていった。


 ちょっと、・・・いや、かなり惜しいことをしたな、などと頭の片隅で考えていたなんて事はここだけの秘密ということにしてもらいたい。










 ───ところが。


 あおいが風呂から上がると、いつの間に帰ってきたのか・・・


 いや、そもそも今日は帰ってこない筈だろうが、と激しく詰め寄り、この家から再び放り出してしまいたい程気に入らない存在の男が帰宅していた。


「あおい〜、たっだいま〜♪」

 彼はあおいに気付くとニッコリ微笑んで小さく手を振る。
 だが、男なんかに、ましてや『彼』に微笑まれながら手を振られて顔を引きつらせることはあっても、嬉しい事なんてあるわけがなかった。



 ・・・飯島怜二・・・・・・忌々しいヤツめ・・・

 何故お前がここにいる!

 ことごとくまりえとオレの二人の時間を邪魔しやがって・・・


 先程までの心浮かれるような気分はいずこへ・・・
 勿論このマンションは怜二とまりえの住まいなのだから、明らかにあおいこそが邪魔をしに来ているのだが・・・。
 当然彼にその自覚はあるし、そんなあおいをにこやかに受け入れる怜二の方が端から見れば心の広い存在だ。

 それでも、分かっていてもむかつくものはむかつく。


 あおいは溜息を吐くと、

「オレ帰るわ」
「えっ、あおいっ!? 今日は泊まっていくって言ったじゃない」
「そうだよ、お風呂にも入ったんだし、そのまま泊まってけばいいじゃない。オレの隣で一緒に寝ようよ、今ならもれなくオレの腕枕がついてるよ?」

 怜二の言葉にあおいの眉間がピクピクと引きつる。

「怜二、あおいが困ってるわ。あのね、どっちかというと優しく抱きしめてあげた方がウレシイと思うの、昔はそうやると直ぐに寝ちゃったのよ」
「へぇ〜〜、ねぇねぇ、まりえさん、オレにもそれやって」
「やだもう、あおいの話をしてるのよっ」

 まりえの見当違いの答えも、怜二の限りなくとぼけた言葉もあおいを脱力させるに充分だった。

 あおいは虚しく溜息を吐き出し、

「とにかく・・・今日まりえが一人だって聞いて心配だったから泊まるって言ったんだ。お前が帰ってきたなら心配する必要ないだろう?」

 そう言うと、あおいはまりえにはニッコリと天使のような微笑みを、怜二には一瞬ではあるが睨みつけるような鋭い視線を投げかけ、しかし背中は寂しく、誰もいない家へと帰るべくマンションを後にした・・・・・・・・













▽  ▽  ▽  ▽



「・・・っ、へっっっっっっくしょっっ!!!!」


 ・・・・・・あ〜〜〜〜っ、くそぅ・・・


「う"〜〜〜〜〜〜〜っ・・・さみぃ〜〜〜〜〜〜〜っ・・・・・・ついてねぇ・・・っ」


 あおいは自分のベッドの中でガタガタ震えながら一人ぼやく。

 どうやら一晩のうちに完全に風邪をひいてしまったらしいのだ。
 昨日まりえの所に行く時に雨に打たれた所為だということは分かっている。
 その上、濡れた格好のまま玄関の前で居眠りをしてしまったのだから余計だ。


 あれから自宅に戻り、その時は多少頭がぼうっとする程度だったから、軽く食事を口に入れて直ぐに寝てしまえばいいと思っていた。


 だが、朝起きるとこの有様。

 最悪としか言いようがない・・・・・・


 『ピピッピピッ』という体温計の音が聞こえ、気怠そうにそれを脇から引っ張り出してみると、見ただけで体温が上がりそうになり一気に気分が萎える。


 ・・・・・・38度5分


 この段階で学校へ行くという選択肢は無くなり、家でゆっくり休むという行動予定に組み替えられる。
 この家には誰もいないんだから、一人で何でも出来ないといけない。
 当然ながら風邪だって誰も頼らずに治さなければ・・・・・・


「・・・・・・くすり・・・あったっけ・・・・」


 普段風邪など滅多にひかないから置き薬があるのかも、あったとしてもどこにあるのか見当がつかなくて途方に暮れる。


「・・え〜と・・・風邪の時は・・・お粥とか作ったほうがいいよな・・・・・・って、どうやって作るんだっけ・・・タマゴ粥・・・・・・」

 自慢じゃないが料理は得意じゃない。
 幼い頃から母親のいないかわりにまりえが全部やってくれたから。

 だから、お粥どころか卵粥なんて・・・作り方の想像も難しい・・・


 あぁ、前は熱を出したらまりえが作ってくれたんだ。

 熱いから・・・・・・・・・ふ〜ふ〜して・・・・・・・・・
 『あおい、あ〜んして』なんて・・・・・・・・・・・・・・


「・・・げほっ、けほっ・・・・・・・」



 朦朧とする意識の中、

 最初の方は現実世界に意識を置いていたあおいだったが、途中から妄想が膨らみ始めていった。
 彼の頭の中では今、まりえにタマゴ粥をふ〜ふ〜して、更にはあ〜んして食べさせてもらっているというこの上ないナイスな状況だった。


 現実と空想とがゴチャゴチャになり、熱に浮かされ苦しそうに息を吐きつつも、幸せそうな表情を見せ、口をモゴモゴさせているのは、彼が見ている夢が都合のいいように構成されている所為に違いない。


 結局、そのままの状態で薬も飲まず、食事も口にしないまま、彼は再び深い眠りへと引きずり込まれてしまった───






後編につづく


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