○番外編2○ トクベツ(前編) 「おい、あおい〜っ、話があるんだけど」 放課後、HRが終了したと同時に教室を出ようとするオレに気軽に話しかけてきたのはクラスメートの柴田。 まぁ、気が向いたときに話す程度のヤツだ。 「パス」 柴田の言葉をにべもなく断り、足早に出ていく。 「待ってくれよ〜っ、オマエに頼みがあるんだって」 「なんだよ」 急いでいる為にヤツを振り切る勢いで歩いているんだが、妙にしつこくついてくる。 一体何なんだよ。 「合コンあんだけどさぁ、人数足らないの。あおい出てくれよ」 「・・・・・・そういうのは他のヤツに言え。オレは今のところ女が欲しいとは思ってないから」 「なんでだよ〜、オマエ自分がどれだけモテるか知ってるか? もっと有効に生きろよ。合コンなんて行ったらオレらなんてカス扱いされること請け合いだぞ?」 「だったらオレなんて誘わない方がいいじゃないか」 そんなことに時間を浪費しているほど暇じゃない。 大体モテるとかモテないとか、そんな事に興味なんてない。 有効に生きるってどういうことなんだか。 「あおい〜、頼むよ〜」 「断るって言ってんだろ、ついてくんなよ」 それでも柴田は尚も食い下がってくる。 しつこいヤツ・・・ 「実は向こうの女どもにさ〜、オマエを連れてくって約束しちゃったんだよなぁ。頼むっ、オレの顔を立てると思って!」 「バカかオマエ」 「あおい〜〜っ」 何でオレがオマエの顔を立てなきゃならない。 人のいないところで勝手に話を決めて、いい迷惑だ。 と、オレはそこで目的の場所にちょうど到着したので財布の中から小銭を取り出した。 「オマエなぁ、今時携帯じゃなくて公衆電話なんて使うかぁ!? ありえねぇ〜!!」 横で柴田がゴチャゴチャ言っているが、そんな事はもうどうでもいい。 オレは小銭投入口にありったけの小銭を投げ込むと、頭の中にインプットされた電話番号へと素早くかけた。 この電話にだけは例外で待ち時間さえも楽しく感じる。 勿論、理由なんて分かりきったこと。 「・・・あ、まりえ? オレ、うん。今日もいつもの時間で大丈夫? ・・・ん、わかった。忙しいところごめん。あんまり無理するなよ。・・・・・・え? 心配するに決まってるだろ? オレはまりえの事が一番大事なんだから。・・・・・・うん、じゃあね、バイバイ」 オレは、相手が電話を切った後も受話器を耳にあて、目を閉じて『ツーツー』という音を聞きながら余韻に浸っていた。 我ながら健気というか、何というか。 ───ほんのちょっとの会話。 でも、オレにとっては何ものにも代え難いほど大切な時間。 オレはそのまま受話器を置いて、余韻を残しつつ立ち去ろうとしたら・・・・・・目の前にむさ苦しい男の顔。 「・・・・・・・・」 ・・・・・・・・・コイツ、まだいたのか。 口をあんぐり開けて、目まで見開いたりして。 「オマエ・・・・・・ホントにあおいか!?」 「はぁ!? バカじゃねぇの?」 「あ、あおいだ・・・・・・・・・じゃなくて、今の電話の相手、ダレ?」 「うるせぇな、人の電話勝手に聞いてんじゃねぇよ」 「悪ィ、・・・だって・・・まりえって・・・? あんな顔で電話して・・・一番大事・・・? って、オマエ彼女いたっけ? さっき女欲しくないって・・・あっ、もしかして彼女いるから・・・」 あぁ、めんどくせぇ・・・ 「じゃ、オレ帰るから」 「あ、お〜っ、今度彼女紹介しろよ〜〜っ」 柴田は手を振りながら、その後も何か言っていたようだが、完全に無視した。 勘違いしてたって知ったこっちゃない。 こういうことを説明するのも、自分の事を話すのも、もの凄く苦手な分野だ。 昔からよく言葉が足りないと言われ、その結果、妙な誤解を生んだことも一度や二度じゃなかった。 だからといってそれを治せるような性格ではなかったし、その努力もしなかった。 だって、好きな人間にだけは、不思議と自分の言葉で、自分の思っていることが素直に言えたから。 そして、オレの一番大切な人は、そんなオレを理解して全てを包み込んでくれる。 それが、実の姉だろうとオレにはどうでもいいことだった。 まりえが一番好き、大事。 その気持ちがオレにとって『家族』という枠にとどまらなかっただけのこと。 『姉』という枠にとどまらなかっただけのこと。 たったそれだけのことなんだ。 でも、どうしてオレは、まりえの弟なんだろう? そんなことはもう何万回だって考えた。 しかし、考えても仕方のないことは世の中いくらでもあって、悩んでも苦しんでも藻掻いても、決して報われないものというのは絶対に存在する。 まりえとオレは誰がどう見たって血の繋がった姉弟。 せめて顔が似てないとかだったら、オレはもらわれっ子で、まりえとは血が繋がっていない等と妄想も繰り広げられたかもしれないが、物心ついた頃から既にオレ達は血が繋がっているとしか思えないような容姿をしていた。 オレは自分の顔は大嫌いだ。 オレは、浅黒く日焼けして、バリバリの真っ黒な直毛に、ふんどしの似合うような、正に日本男児のような容姿に産まれたかった。 だが、理想と現実はどうだろう。 現実のオレは、悔しいことに、いくら海に行って焼いてみたところで、赤くなるだけで終わってしまい、虚しいの一言だ。 体質とはいえ情けなくて、夏などは憂鬱なだけの季節と化している。 しかし、オレは幼い頃からまりえの容姿は大好きだった。 フランス人形のように愛らしくて、キレイで、そして優しい顔。 まりえが笑うと幸せになるし、何よりもその容姿に見合った心を持っている事が大切だと思う。 オレはきっと、まりえの顔で中身が他のヤツだったらこれっぽっちも感情が動かないだろう。 オレは限りなくまりえに近い存在で産まれてきた幸福と同時に、彼女とは結ばれることは無いという不幸も背負って産まれてきたんだろうな。 だって、これが不幸じゃなくてなんだって言うんだ? 気持ちを伝えることすら出来ない。 オレは、飯島怜二のようにまりえと血が繋がっていなかったら、例え何歳年が離れていようと猛アタックするだろう。 絶対にまりえを手に入れるだろう。 ちくしょう ・・・・飯島怜二・・・考えれば考えるほど腹が立つ。 ▽ ▽ ▽ ▽ 「・・・へっくしっ!」 あ〜、くそ。 一体何時だと思ってるんだよっ! あおいは今、究極に苛ついていた。 外は雨。 学校を出たときは全く降っていなかったというのに、ポツリポツリと始まったなと思ったら、あっという間にどしゃ降りになり、この場所に到着するまでにはずぶ濡れになっていた。 あおいは、湿った髪の毛を五月蠅そうに掻き上げると、玄関の前で壁を睨みつけながら眉間にしわを寄せ、ギリリと歯軋りをする。 彼がこの場所に到着したのは今から三十分前のPM7:00を少しまわった頃だったが、いつもならばその時間帯にはこの場に帰ってくるべき人間がいるはずだった。 あおいが待っているのは、他でもない彼の姉、湯河まりえである。 もはや彼が完璧なるシスターコンプレックスだというのは言うまでもない事実だが、まりえが怜二と同棲を始めてからも毎日のように二人の愛の巣へ出かけ、彼女の様子をひとめでも見に来るという根性を見せるあたり、齢17にして既に悟りの境地を拓いたのかどうなのか、まぁ、それは定かではないが、ともかく周囲の人間が思っている以上に彼の気持ちは退くことを知らない程強いものと言えた。 彼が今苛ついている理由は、この怜二とまりえの新居に二人・・・いや、まりえがいつもよりも帰ってくるのが遅いという事実にだった。 彼女は仕事をしているから残業で遅くなることだってある。 それは承知しているし、その事については何の文句もない。 なぜなら、まりえは仕事に対して誇りを持っていたし、とてもやりがいを感じているようだったから。 ただ、彼女はあおいがここに来る前に電話を入れたとき、いつも通りに帰ると言っていたのだ。 それにも関わらず、未だ姿が見えないのは一体どういうわけなんだろうか。 「・・・・・・ふぇっっっっっっくしっ! ・・・ふぁ〜あ」 あおいはもう一度くしゃみをして、器用にも欠伸までする。 しかし頭の中では色々な考えが巡っていた。 ・・・もしかして、何かあったんだろうか・・・ 事故とか・・・・・・ 事件に巻き込まれたとか・・・・・・ 飯島怜二にそそのかされて足止めをくらってるとか・・・・・・ あぁ・・・ きっとそうだ・・・後者以外考えられん・・・ 「・・・あっふ」 アイツなら、やりそうなことだ・・・・・・ アイツ・・・・・・な、・・・・・・・・・ら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐ〜・・・ ▽ ▽ ▽ ▽ 「・・・・・・い、・・・あおい」 優しく肩を揺すられ、あおいはゆっくりと瞼を開いた。 「・・・ん」 「あおい」 「・・・・・・・・・まりえ・・・」 至近距離で自分を覗き込んでいるまりえの顔。 いつ見てもまりえはかわいいなぁ、などとぼんやりと考えていると、彼女はトロンとした表情のあおいに母性本能をくすぐられたらしく、フワリと彼を抱きしめた。 「・・・・・ごめんね、遅くなっちゃって。あぁ、びしょびしょじゃない、こんなに体が冷たくなっちゃって・・・ね、あおい、こんな所で寝たら風邪ひいちゃうわ」 「・・・・・・ん・・・」 何が起こったのか分からず、しかし、フワフワとやわらかくて、とてもいい匂いのその腕の中は無性に彼を幸福な気分にさせる。 「さ、中に入りましょう? ね?」 彼はぼうっとした頭で、まりえに促されるまま部屋へ入っていった。 しかし、頭は呆けていても毎日のように出入りしている場所だけに、慣れた動作でリビングに入る。 まりえは、急いで着替えをあおいに差し出し、彼は雨で濡れて重くなった学生服を手早く脱ぐと、用意された服に履き替えた。 ふうっと息をつき、ソファに腰掛け、視線だけでまりえを追いかける。 その内に何となくいつもと違う、違和感を感じた。 「・・・・・・オレ、寝てた?」 「ええ、ごめんね。約束したのにこんなに遅くなっちゃって・・・」 「・・・どうせアイツのせいで・・・・・・・・・? って、あれ? アイツは?」 そうだ、アイツ、飯島怜二がいない。 絶対一緒に帰ってくると思っていたのに。 「あおいの電話を切った少し後に会社の方でトラブルがあって処理に追われてたの。一通り落ち着いたんだけど、社長と専務と怜二はまだ社内に残ってるわ、でも、今日は帰って来ないかもしれないわね」 ちょっと疲れたような顔のまりえを見て、あおいは急激に先程までの自分が情けなくなった。 どうしたって自分はまだ学生で、社会に出てからの色々なことは全く分からない。 だが、大学1年にして、親の会社を手伝い、将来のために仕事をしている怜二はあおいよりも男として数段上をいっているだろう。 あおいが落ち込んでいると、まりえが隣に腰掛け、彼の顔を覗き込んできた。 「ね、あおい。携帯持たない?」 「え?」 「やっぱりあった方が何かと便利だと思うの。今日みたいな事だって連絡が入れられればあおいをこんなに待たせる必要なかったんだし・・・」 「・・・・・・ん〜・・・」 そう言えばそうかもしれない。 学校に来ている生徒達は皆当然の如く所持している。 家の電話で充分だと今までは考えていたが、まりえが家を出てからは何かと行き違うこともあって、時々歯痒さは感じていたのだ。 「・・・でも、オレ、そんなの持ったらまりえにしょっちゅう電話するかもよ?」 それはもう絶対に。 どこにいても直接まりえと会話が出来る、そう思ったら声が聞きたくて何度だってかけてしまいそうだ。 まりえはニコリと微笑み、 「どうしても出られない時以外だったら大丈夫よ? 私もあおいに沢山かけちゃいそう♪」 あ〜、たまんねぇ・・・・・・・・・ 何てかわいいんだろう・・・・・・ 世間の一般的な姉という存在は決してこうではない筈だ。 一般的という定義はよく分からないけど、姉というものが皆まりえみたいだったら世の中シスコンだらけだ。 オレみたいなのがゴロゴロ転がって、それが当然の世界になってるはずだ。 ・・・・・・それはそれでいいと思うけど。 オレはニコニコと微笑むまりえを見て、今この瞬間二人きりなんだということに、このうえない幸福を感じていた。
中編につづく
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