「僕はね、華ちゃんがいればなにもいらないよ?」
「華も、パパがいればなぁ〜んにもいらないよぉ」
▽ ▽ ▽ ▽
私、飯島華(いいじま はな)がその事を知ったのは、中学1年の時だった。
入学したばかりの私は、新しい制服、新しい環境が楽しくて、嬉しくてしかたがない時で。
おじいちゃんに呼ばれて飯島の本家に行った時のこと。
入学祝いだよ、と言っておじいちゃんとおばあちゃんがくれたのは、まだまだ幼かった私にはビックリするほど高級そうな腕時計。
腕にはめてみたものの、ソレはやっぱり、大人の洗練された女性がすれば似合うんだろうな、と思うもので、私には当分似合いそうもない代物だった。
どうしてこんなものをくれたんだろう?
とても不思議だった。
「これは、華がもう大人の仲間入りだと言う気持ちを込めてのプレゼントなんだよ。これの似合う女性になりなさい」
おじいちゃんのその言葉に、ちょっと嬉しくなってドキドキしていると、今度は急に難しそうな顔をする。
「それと、優吾が話す気配がないようだから、おじいちゃんが華の母親について、そろそろ本当のことを言わなくてはいけないと思うんだ」
「?」
私のママについて・・・?
ママは、自分の命と引き替えに私を産んだ。
だから、私には母親の記憶というものが全く存在しない。
知っているのは、パパが語るママの記憶だけ。
でも、私はそれを悲しいとも寂しいとも思ったことがない。
いないのが当たり前だったし、何より常にパパが側にいて、私を愛してくれていたから。
だから、おじいちゃんが何でいきなりそんなことを言いだしたのか、私には全く理解できなかった。
だって、ママのことならちゃんと知ってるのに・・・
・・・・・・・・・・・・本当のこと・・・・・・?
「お前の母親の百合絵さんは、確かに優吾と婚姻関係にある。
だが、本当はね、お前は、優吾の本当の娘ではないんだよ。
・・・二人が結婚する前には既にお腹の中に華がいた。
それは、優吾から聞いているね?
だが、百合絵さんの腹の中の子供、つまり華、お前は百合絵さんが優吾の前に交際していたという男性の子供なんだ。
百合絵さんは天涯孤独の身で、しかも相手の男性も誰だかわからない。
我々は必死で優吾に問いつめたんだが・・・
優吾はその男性が誰であるか、知っているようなのに、絶対に言おうとしない。
『華は血が繋がっていなくとも自分の娘だから、そんなことは関係ない』の一点張りで。
まぁ、その事については今はもう諦めているんだが・・・
でも、優吾もまだ30歳で充分若い。
私たちも、随分見合いの話を持っていったりしたんだが、一向に首を縦に振らないんだ。
会社の利益を考えるだけじゃなく、優吾自身の為にもすすめたい縁談もあった。
わかるかい?
華が大人になって嫁いだとき、あの子は一人だ。
優吾が華のことを愛しているのは、痛いほど分かっているつもりだ。
我々がお前のことを認めない、と言っているわけでもない。
むしろ、逆だからこそ、話したんだよ。
だから・・・できれば、これから我々が持っていった縁談で、話がまとまるような事があった時には、優吾の好きになった女性を、認めて、許してあげて欲しい。
この事を、胸に留めておくのも、優吾に話すのも自由だ、好きなようにしなさい。
いずれ、戸籍謄本を見る時がくるだろう。
その時、イヤでも分かってしまうことだから・・・その前に知っておいた方がいいと思ったんだ、恨むなら私を恨んでくれ。
だけど、私たちは、華のことを本当の孫のように可愛いと思ってる。
今言ったこと、ちゃんと自分なりに考えてくれれば、それでいいんだよ」
そうは言われても、精神的にも幼い彼女には、とても現実離れしたような内容で、まるで小説かマンガか、ドラマのような、そういうものを見ている気分で、自分の事として捉えるのにとても時間がかかった。
私は、ママがパパの前につき合っていた男の人の子供で
パパと私は血が繋がっていなくて
つまり、本当の親子じゃない?
疑問ばかりが頭の中で繰り返され、暫く考え込むような時期が続いた。
父親である優吾は、何も相談しない華を見て寂しそうにしていたけれど、とても直接聞く気にはなれなかった。
そして、彼女なりによく考えた結果、ある結論に至った。
パパを、拒絶する気にはなれない。
聞いた後でもやっぱりパパが大好きだし、一緒にいることがとても幸せだから。
本当のパパというヒトに会ってみたいと言う気持ちも、何故だか全く起こらなかった。
ただ・・・
私がいることでパパが自分を犠牲にしてきたのだとしたら・・・・・・?
それを考えると苦しかった。
でも、パパが結婚するかもしれないと考えることは、もっと苦しかった。
そして、
その事を聞いてから、もう一つ変わってしまったことがある。
血が繋がっていないと思うだけで、
ちょっとした仕草や、表情とか、とにかく色んな事が”男の人”に見えてしまうのだ。
違う違うと一生懸命否定しようとすればするほど、それはどんどん加速していって、止めようにもどうやって止めたらいいのかわからない。
好き、という種類が変わってしまったのは、おじいちゃんのせい。
知らない方が幸せだったよ!
苦しい、すごく苦しいよ!
パパは知らない。
私が本当のことを知っていることも、
この気持ちも。
だって、私のことを自分の娘としてしか見てないから。
それは、きっと、ずっと・・・・・・
第2話に続く
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