『ラブリィ・ダーリン』

○第11話○ 内緒のプレゼント(後編)







「あ、あのねっ! 私、勝手に出てってごめんなさい・・・っ、パパと離れて、ホントに寂しかったのッ!!」
「うん、僕もだよ」
「そ、それで・・・・・・パパには恋人・・・いるから・・・私・・幸せになって欲しくて・・・だけど、近くで見てるのはイヤで・・・っ」

 イヤだから、ここへ来たのに
 結局一緒にいたいと思ってしまうんだ・・・

 私ってなんて勝手なんだろう




 だがしかし、優吾はう〜んと唸りながら、

「そもそもそこが間違ってるんだよね」

 と言い出した。



「・・・は?」

 華は、頭の中が『?』でいっぱいになった。
 一体なにが間違っているというのか?

 自分は、決定的な場面を見てしまっているのだ。
 アレを恋人同士じゃなくてなんと言うのだろう?

 今更優吾にそんな弁解などしてほしくなかったのに・・・・・・


「とにかく、座ろうか。ちゃんと話をしよう」
「・・・う、ん・・・」

 二人は、ソファに腰掛け、優吾は隣にいる華をしっかりと見つめたまま、間違いだと言った真相について話し始めた。


「かなり前からなんだけど、特にお父さんが僕にお見合いしろってうるさかったんだ。お見合いをするって事は、結婚を前提におつき合いするかもしれないって事でしょう?
僕にはそんな気持ち全くなかったし、片っ端から断ってたんだけど。
で、ちょっと前に持ってきたお見合いも当然断ったんだ・・・
だけど、その時『今度の相手とお見合いしてくれたら、もう二度とこういう話は持ってこないから』って言われて、そういう気はないけど、それならばって思ってお見合いしたんだ・・・」

「・・・・・・そう、それでその人が好きになったんだね・・・」

 優吾の父親がお見合い話を持っていっている事は、華も知っていた。
 直接聞いていたのだから。

 だけど、まさか自分の知らない間にお見合いをしていたなんて知らなかった・・・
 華は、少しだけショックを受けて、でも、妙に納得して相づちを打った。

「そうじゃないってば」
「何が・・・」

「あのね、相手の人には、ちゃんと断ったんだよ。あなたとは結婚できませんって」
「だったら何で抱き合ってたの!?」

 優吾はばつの悪そうな顔で、頭を掻き、華から目をそらす。


「抱き合った・・・って見えるよね・・・・・・ごめん・・・」
「見えるよっ、パパなに言ってるの!?」

「・・・うん・・・あの日ね、マンションの地下駐車場の入り口まで来たところでその女の人が待っててね・・・・・・泣いてたんだよ。だから、車を止めて外に出たんだ。どうしたんですか? って。そしたらいきなり抱きつかれて・・・」
「・・・パパも抱きしめてたもの」

「だって、一度だけでいいから、そうしたらもう諦めるって言われて・・・そんな簡単なことでいいのならって、それで・・・・・・まさかこんな事になるなんて思わなかったから・・・」

 華は、そこまで聞いても、やはり納得がいかない。

「じゃあ、一万歩譲ってそうだとしても、何であの人の涙を拭ったりするの? あんなの特別な人じゃなきゃしないっ」

「そ、そうなの? ・・・つい、癖で・・・」
「癖っ!? パパっ、他にもそんなことする恋人がいるの!?」
「いっ、いないよっ、華ちゃんが泣いて拭く物がない時はいっつもああやってるから・・・」


 ・・・・・・・・・・・・


 なんていうことだろう・・・


 いくら誰に対しても同じように接するとはいえ、自分を好きだと言っている相手を抱きしめた上、あんなに優しく涙を拭ってやるなんて・・・

 華と同じように、やってあげるなんて・・・・・・


 それで、諦めるなんて言ったって、パパの優しさにもっと好きになっちゃうに決まってる


 しかも・・・


 ・・・・・・まさか、決定的だと思っていたものが、勘違いだったなんて・・・




「・・・・・・私の決断て、一体・・・」
「ごめんね」

 そう言って、優吾は華を優しく抱きしめる。

「でも、僕言ったはずだよ? 結婚する気ないって」


 確かに言っていたけど・・・

 あんな場面を実際に見たら、誰だって嘘だと思ってしまう。
 私があの時どれだけの衝撃を受けたことか。


「・・・それと・・・もう一つ、華ちゃんには言わなきゃね・・・」
「・・・もう一つ?」
「うん、百合絵さんのこと」
「ママ?」

「・・・知ってたんだ、湯河の人間だって・・・」
「ええっ!?」

 華が驚く姿をみて、優吾は寂しそうに微笑んだ。

「誰にも言わなかったから、今まで二人でいられたんだけどね・・・」


 まさか、優吾がそれを知っているとは夢にも思わなかった華は、驚きを隠せない。
 ずっと百合絵が天涯孤独の人間だと言って教えてきたくせに・・・

「彼女は、僕の通ってた高校の保健の先生でね。10代の時に交通事故に遭ったらしくて、記憶喪失だったんだ。
気が付いたら、病院で、それまでの事は殆ど憶えてなかったんだって」

「・・・記憶、喪失・・・・・?」


「多分、百合絵さんが誰かなんて、誰にも分からなかったんだろうね。
持ち物に身分を証明するものなんて無かったらしいし、僕の通ってた高校って、まだ今の家に引っ越す前だったからこの場所からスゴク遠いし、湯河の手も届かなかったんだろうね」
「そう、なんだ・・・」
「うん、だから、誰も知らなくて当然なんだよ」


 誰も、自分のことが分からない
 自分も、誰だかわからない

 それって、どんなに不安だったろう・・・


 華はその時の百合絵の気持ちを考えると胸が苦しくなった。

「それでね、その時世話になった看護婦の婦長さんが、色々細かいところまで面倒を見てくれたらしくて・・・もしかしたら、その人の影響で保健の先生になったのかもね」
「・・・うん・・・・・・」

 でも、何でママはそんな誰も知らないところに一人で行ったんだろうか。
 やっぱり、婚約者とか、家庭教師の男の人やお姉さんの間で辛かったのかな。

 逃げ出しちゃうくらいに・・・



「・・・華ちゃん、これから後の話は、ホントのパパの話だけど・・・聞きたい?」
「えっ」

 どきん、とした。

 ホントのパパ・・・

 そうだ、パパは知ってるっておじいちゃんが言ってた。
 知ってるみたいなのに、言おうとしないって。



 華は、どうしようかと迷ったが、その人間の事をちゃんと知っておきたいと思った。
 聞いてみてどう思うかは別として、優吾が言わないくらいの何か事情があるのだろうと思うと、聞かずになんていられない。


 彼はそれを確認すると頷き、窓の外を見つめる。


「名前は、日向 由比(ひなた ゆい)。女の子みたいな名前の通り、顔も女の子みたいに可愛くてねぇ。ああいうのを中性的っていうんだろうなぁ・・・性格は男そのものなんだけど。
色が白くて・・・それで、体が弱かった・・・。僕は、彼とは親友だったから、結構色々なことを話したなぁ・・・・・・17歳の時、あっという間に死んじゃったんだけどね・・・」

「っ!?」

「病気でね・・・でも、もう長くないって分かってた。だけど、彼が死んだ後、百合絵さんが妊娠していることが分かって・・・僕は、二人が好きあっているの知らなかったからその事実を知ったときは、本当に驚いたよ。まさかっ、て」

「・・・・・・」

「百合絵さんは、子供を産みたかったけど、体のこともあって、医者には止められたんだ。1人で悩んでるの見てて、知ってるのは僕だけだし・・・相手が死んじゃってる上に高校生じゃ・・・周りには言えない話だよね。百合絵さんも由比の両親には言うつもりはなかったみたい。けど、僕にはとてもじゃないけど、放ってなんておけなかった・・・・
それに由比の残した子供だって思ったら・・・・・・
その選択があっているのかは分からなかったけれど、彼女にプロポーズしたんだ。
なかなかOKしてくれなかったんだけど、粘って粘って、しつこいくらい粘ってたら根負けしたのかなぁ、やっと頷いてくれた。
それからは、夫婦であって夫婦じゃないような不思議な感じだったけど、段々お互い気持ちが通い合うようになって・・・
でも・・・結果は、わかるよね?
出産中に発作がおきて・・・お腹の中の華ちゃんだって危なかったんだ。
だけど、百合絵さんが最後の力で送り出した赤ちゃんの命はとっても元気でホッとした」



 まさかそんな過去があったなんて。


 私の本当のパパという人はもうとっくに死んじゃってて、ママは彼が死んだ後にその人の子供を身籠もっていることを知って・・・

 パパは、本当は、ママのことが本気で好きでプロポーズしたんじゃないのかな

 いくら親友の子供を身籠もっているとは言っても、他の男性の子供を宿した女性に誰がプロポーズなどするだろう。
 それに・・・自分の命と引き替えに新しい命を誕生させても、残された優吾にとっては全くの赤の他人を育てるということになるのだ。

 なんでそんな事が出来るのか理解できない、と華は思った。


「私の事、よく育てられたね・・・だって、産まれたときってパパまだ18歳で、私なんてホントの子じゃないのに・・・」

 優吾は、不思議そうに見つめる華を見て、目を細め、彼女の手を取り優しく握った。

「手がね・・・・・・」
「・・・手?」

「うん、産まれたばかりの華ちゃんの手が、一生懸命僕の指を握ったんだ。ホントに紅葉みたいなちっちゃな手なんだよ?
それで・・・おっきな瞳で、僕をじっと見て、笑ったんだよね。
産まれたばかりの赤ん坊が笑うなんて、あり得ないって周りには言われたけど、僕には笑ったように見えたんだ。
笑って”やっと会えたね”って言われたような気がした。
その瞬間、この子は僕のものだと思った。
それにね、”華”って名前は、産まれる前から華ちゃんを想像して考えてた名前だったんだ。初めて対面して、やっぱり思った通りだって嬉しくなったよ。この子は、絶対に手放さないぞって」


 まるで宝物をみつけたみたいに、その事を嬉しそうに話す。

 嬉しそうに、幸せそうに。




 華は、それを聞いて、やはり自分は彼にとって本当の娘なのだと痛感せざるをえなかった。

 だけど、誰かの変わりではなく、優吾にちゃんと愛されていたのだという事実が嬉しくて仕方なかった。
 自分は望まれて、沢山望まれて、そして産まれてきたんだと思ったら幸せでならなかった。




「娘としてでもいい、もう一度パパと一緒に暮らしたいよ」





 暫くは、諦めるのに時間がかかると思う。

 だって、こんなに好きなんだから仕方ない。

 今は分からないけど、いつかきっと、何年か経って、そしたら違う好きで接することが出来るようになるかもしれない・・・

 苦しいけれど、これは望んで手に入る気持ちじゃないから。


 華がそんな気持ちで、自分の心と向き合っている間、
 優吾は、困ったような、考え込むような、複雑な表情で華を見ていた。

 それに気づき、

「どうしたの?」
「・・・華ちゃん」


 言葉を遮るように名前を呼ばれ、


 急激に近づいてくる顔。




「・・・っ」




 ほんの一瞬の出来事。


 だから、華の唇に彼のが重なったと気づくまでに何秒も時間がかかった。










「はは・・・っ・・・キスしちゃっ、・・・た・・・・・・」


 これが彼の第一声。

 自分からしたくせにまるで泣きそうな優吾の顔。
 今にも泣きそうなのに、無理矢理笑っているみたいな・・・


 だが、華にとって、この状況は全く理解できなかった。
 さっきまでの話はなんだったのだろう?
 あの話を聞いて、自分は彼にとって、そういう存在にはなれないのだと思ったばかりなのに。


 ど、どういう・・・こと・・・?

 口をパクパクさせ真っ赤になりながら、何も言葉が出てこない華の様子を見て、彼は瞳を揺らしながらもう一度キスをする。

「・・・っ・・・んっ!?」


 何度も、何度も。

 溜息が出そうなくらい優しく


 そして何度目かのキスが終わり、目の前の彼を見ると、いつもと変わらないような、でも、いつもよりもずっとずっと優しく微笑んでいて。
 堰き止めていた感情が一気に溢れだしてきた。

「・・・・・ひっく・・・」


 これは、

 自分は、何か期待してしまってもいいのだろうか?
 そう思うと、涙が溢れてきてとまらない。

 何か、親子という繋がりではない、それ以外の特別なものを期待してしまってもいいのだろうか?
 自分の欲しい答えを、もらえるのだろうか?

 問いかけるような華の瞳。
 それを見て、彼は苦しそうに息を吐いた。


「僕の中で、色んな感情があって・・・それを言葉にするのはとても難しいんだ」

 彼は、ひとつひとつゆっくりと言葉を選びながら、けれど全く曇りのない瞳は、真実を語っている。


「父親の部分も本当に大きく存在してて、だけど、それだけじゃすまない気持ちも大きくて。
ここに来るまで僕の気持ちをどう伝えればいいのかずっと考えてた。
けれど、言葉にはそれだけで力があるものだし、僕が言うことでこれからの華ちゃんの人生を縛ることになるとしたら、それがとてもこわいんだよ・・・・・・」

 彼の言う気持ちの何かが掴めそうで掴めないような、もどかしい感じに華は彼のTシャツをギュッと掴み、絶対に目を逸らさず一言一句、彼の表情全てを見つめる。


「それでも、難しいけれど、言葉にしないと華ちゃんを手に入れることが出来ないのなら、許されるなら・・・・・・・・・ひとつしかないんだと思った」




 優吾は微笑み、華のおでこに自分のおでこをくっつけて、


「あいしてる」



 ビクリ、と体が震え、どこにそんなに隠しておいたんだと言うくらいの涙が、華の瞳から止め処なくこぼれ落ちた。


「・・・ごめん、これしか思いつかない・・・わかって・・・・・・」




 真剣な瞳。

 本当に、これしか見つからないんだよという彼の表情。


 わからないわけがない。


 それは、彼女の全てを想う心。
 例え色々な感情が混ざり合ったものだとしても、それすらも全てひっくるめて吐き出した言葉。

 彼にとって、これがどれだけ覚悟の必要な言葉であるか計り知れない。



「・・・・・・・私、が・・・キス、したとき、困ってたくせに・・?」

 甘えるような口調に優吾は、再び泣き笑いのような表情を見せる。

「うん・・・困っちゃったよ。キスされるのがあんまりにも嬉しくて・・・父親失格だって思ってた」

「ひくっ」

 う、うそ・・・・・・



「でもね、ずっとよく分からなくて、自分の事なのに全然理解できなかった。・・・・・だけど、離されてみて・・・今まで味わったこと無いくらい、側にいないことがこんなにも苦しくて恐いものだなんて思わなかった。こんなにギリギリの気持ちに追いつめられるなんて、考えもしなかった。・・・全く・・・・・・何度幻覚を見たことか」

 優吾は苦笑しながら、華の涙を手で拭い、それでもキリがないので今度は瞼にキスをして、涙を唇で吸いとっていく。
 そんなことをしても、余計に涙腺を狂わせるだけで、益々涙が止まらない。


「華ちゃん、戻っておいで。また、一緒に暮らそう?」

 何度も何度も頷いて、先ほど言ってくれたばかりの優吾の言葉を繰り返し頭の中で再生していく。

 嘘じゃない。

 夢でもない。


 彼だったら、一生縛られてもいい。
 産まれたときから自分には彼しか存在しなかったのだから。



「うぅ〜〜〜〜〜っ、・・・っく、わあああんっ!!!!」

 優吾は、力一杯しがみついてくる華を愛おしそうに抱きしめ、彼女の耳元に顔を埋めると優しく囁いた。


「・・・辛い思いさせて、ごめんね」






 そんなこと言ったら、私の気持ち、とまんなくなっちゃうよ?

 ずっと、好きにならない努力ばっかりだったの



 やっぱり、取り消しって言ったって、もう知らないんだから








第12話へ続く


<<BACK  HOME  NEXT>>



Copyright 2003 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.