『ラブリィ・ダーリン』

○第11話○ 内緒のプレゼント(前編)






 優吾と離れて暮らすようになって、どれだけ経ったんだろうか。

 彼は相変わらず、毎日のように、ひとめ見るだけでも会いに来る。
 しかし、話すことも出来ない、許されない。

 そんなのは、余計に気持ちを募らせる要素に過ぎない。
 益々、彼の温もりが恋しくなってしまっている。


 それに、

 この家には、自分の居場所など本当は存在しないのではないだろうか。
 自分は、単なる百合絵の身代わりなのでは・・・

 心の中にぽっかりと大きな穴が空いたようで、まるで今の自分が誰なのか分からない。






 宗一郎もジュリアも、日に日に元気のなくなっていく華に気づいていた。
 だが、その理由が何であるか分かっていても、決して優吾と接する機会を与えようとはしなかった・・・











▽  ▽  ▽  ▽


 華は夕食を済ませると、祖父母と一緒にバルコニーで夜空を眺めていた。
 そして、宗一郎が天体望遠鏡を持ってきて、華に星座を教え始める。

「直角三角形の『直角』の部分にあたる星が、こと座のベガ、3つをくらべて一番遠いところに見える星がわし座のアルタイル、そしてもう一つがはくちょう座のデネブ。こと座、はくちょう座、わし座を繋げると、夏の大三角形なんだ」
「あっ、それって授業で習った!! コレなんだね〜」
「そう、これは肉眼でも確認が可能だ。だが、球状星団というものがあって、小さくて暗いものが多いから、明るい球状星団でも肉眼で存在を確認するのがやっとなんだよ。双眼鏡で見ても小さく丸い星雲状にしか見えない。だから天体望遠鏡で見るとその神秘さに心打たれるんだ」
「へぇ〜」
「それで、球状星団の一つで・・・」

 宗一郎が華に星の説明をして、その様子を微笑ましくジュリアが見ていたその時、フミが慌ただしく彼らの元へやって来た。
 その顔は、何故かとても嬉しそうだ。

「ご主人様、まりえ様とあおい様がいらっしゃいましたよ」
「本当かっ! 連絡をよこせばいいものを・・・早くこっちへ連れてきなさい」
「まぁまぁ大変、夕食は済ませてきたのかしら・・・」

 一気に場が慌ただしくなり、華も二人に会えると思うと嬉しくなった。
 学校では周りの目が気になって、あおいに近づくのを遠慮していたが、ここならばなんの問題もない。

「お祖父様、お祖母様ごきげんよう」

 輝くような微笑みを讃えたまりえが最初に現れ、そのあと、あおいが、ひょっこり現れて、『元気か?』と言いながら、華の頭をこづいた。

「夕食は? 食べてきたのかしら?」
「食べてね〜の、もう、オレ腹ぺこ」
「まぁ、大変。急いで用意させるわね、ちょっと待っていて頂戴」
「お祖母様、そんなに急がなくて良いのよ、私たちがいきなり来たのが悪いんだもの」
「じい様〜、また星の講義かよ〜ッ、華をいい標的にしてたんだろ、どうせ」
「う、うむ・・・しかし、楽しそうに聞いていたぞ?」

 あちこちで、まとまりのない会話が繰り広げられる。
 華は唐突に活発になった雰囲気に、久々にとても楽しい気分になった。

 二人の夕食の準備が出来、みんなで彼らの食事につき合うように食堂へと向かう時、まりえが華の腕を引っ張り、耳元で小さく囁いた。

「実はね、華ちゃんにプレゼントを用意しているから、お部屋で待っていて欲しいの」
「エッ? ホント!?」
「シーッ、内緒にあげるものだから、聞こえないようにね」
「う、うん」

「いい? 後で行くから、待っててね」
「・・・一緒にお食事終わるの待ってちゃだめなの? 久々だし、私もっとお話・・・」
「後で、沢山お話ししましょ♪ 今日は泊まるつもりだから、一緒に寝ましょうね」

 その言葉に、一気に華の表情が明るくなり、大きく頷くと、祖父母に気づかれないように自分の部屋へと駆け込んでいった。


 まりえさん、今日ここに泊まるんだぁ!!
 たのしそ〜〜〜っ

 修学旅行みたいッッ!!


 思わず顔が綻んでしまう。
 だが、まりえは食事が済んでからここへやってくるのだから、最低でも30分以上待たなければならないだろう。

 とりあえず、窓を開け、空気を入れ換える。
 空を見ると先程宗一郎が言っていた夏の大三角形が輝いている。
 部屋の前の大きな木がさわさわと揺れ、静かな時が流れるのをただ眺めていた。
 やがて、まりえが来るまで何かしていようと思いたち、本棚に手を伸ばす。

 それにしても、取りそろえてある本があまりにも子供向けなのには困ったものだ。
 童話全集やら、百科事典の列を見ると、彼らは華を何歳だと思っているんだろうと疑問に思ってしまう。
 それでも『白雪姫』の本を取りだしペラペラと捲っていくあたり、彼らの考えは結構あっているのかもしれない。



 ガサッ

 と、その時、窓の向こうで何か不審な物音が聞こえた気がした。


「・・・?」

 しかし、まさかそんなわけはないと再び視線を本に移す。



 コツ、

 ガサガサッ


「・・・・・・・・・・・・」



 ガシャガシャッ




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 もしかして、

 ”何か”いるッ!?



 明らかに不自然な物音。
 華は恐怖で体が動かなくなり、その場で固まってしまった。

 や、やだ・・・っ、泥棒かもしれないッ!!
 逃げなきゃっ、それで、みんなに伝えなきゃっ

 そうは思うのだが、動けないし、声も出ない、なんとも情けない状況に陥ってしまった。


 コツ、コツ
 ガシャガシャ、ガタンッ

『ひっ!』

 やっぱり何かがいる。
 そして、その窓の向こうから手が”ぬっ”と見えた気がした。


 私さっき、ま、窓・・・開けちゃったよ・・・・・・

 このままじゃ、中に入ってくる

 どどどどうしようっ、最悪殺される!?


 極度の緊張に激しく鳴り響く心臓の音。
 バクンバクンと全身を揺らすような程大きく打ち鳴らし、いっそ気を失った方がよっぽど幸せかもしれないと思った。

 だが、窓枠から完全に人間の手が見えたとき、華は一瞬であるがある程度の覚悟をしてしまった。
 人間は、こういう心理状態にあるとき、意外に冷静なのかもしれない。


 あぁ、死んだ。





 だが、

 窓からの不法侵入者は、ブツブツと何かを呟きながら入ってきたのだった。


「よっこいしょ、っと。・・・・・・う〜ん、まさか華ちゃんが窓を開けちゃうとは思わなかったなぁ・・・いっぱい工具を用意してきたのに」

「・・・へぇ・・・っ?」

 見れば、そこには怪しげなリュックを背負い、ズボンの裾をまくって裸足で窓から入ってくる優吾がいた。
 どうやらガシャガシャというデカイ音はリュックの中から聞こえてきたものらしい。
 優吾が動くたびにその音が聞こえてくる。

「もぅ、あおいくんったら、このルートしかないとか言ってさぁ、木登りさせるんだもん。お陰で傷だらけだよ〜」
「・・・木登り? あおちゃん・・・?」
「下調べしといたから大丈夫とか言ってたけど、参っちゃった」

 華の部屋の前には大きな木がある。
 確かにそれを登れば華の部屋にたどり着けるかもしれない。
 だけど、途中で落下したらどうするつもりだったんだろうか・・・
 ・・・あぁ、それより気が抜けて足に力が入らない。

 華は、へなへなとその場に座り込んでしまった。

「うん。もうさ、どこに行っても華ちゃんと会わせてもらえないし、そしたらあおいくんとまりえちゃんが協力してくれるって言ってくれて」
「・・・・・・」
「あおいくんなんか張り切っちゃってさ、木登りとか色んな特訓したんだよ? ホラ、この道具でね、こうやって窓ガラスを・・・」

 そう言いながら、怪しげなリュックから工具を取りだし、まるで泥棒の真似事のように、得意気に窓ガラスの穴の開け方を華に伝授する。

 ・・・一体あおいと何を特訓していたのだろうか・・・

 大体あんなにうるさい音をたてながらやってくるようでは、とてもその道の素質はないだろう。
 当然ながら、そんな事はどうでもいい華は、呆然としながら優吾に問いただす。

「・・・・・・も、もしかして・・・プレゼントって・・・パパのこと?」

 そうとしか思えない、じゃなきゃ一人で部屋に向かわせるなどあまりにも不自然すぎる。

「プレゼント? よく分からないけど」

 と、そこで優吾はリュックを下に置くと、

「華ちゃん! やっと会えた〜〜ッ!!!」

 そう言って優吾は満面の笑みで華に抱きつき、頬ずりをしてきた。

「あ〜ウレシイ、華ちゃんだぁッ!!」
「・・・・っ・・・」

 パパのにおい・・・
 スゴイ優しい、お日様みたいなにおいだ。

 それを感じるだけで自分がやっと自分になった気がした。



 久々の温もりにはとびきり驚いて、

 まりえさんとあおちゃんから貰ったのは最高のプレゼントだった。






後編へ続く


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