『ラブリィ・ダーリン』

○第12話○ 長くて早い一日






「華ちゃ〜ん」

 まりえが部屋にやってきたのは、再び怪しげなリュックを背負い、ガチャガチャと騒がしい音をさせながら優吾が窓から出ていった直後だった。

「あ、まりえさん」
「向こうはあおいに任せて来ちゃった。もう、専務は帰られたのね」
「うん、今帰ったところ」

 まりえは、ふふふっと嬉しそうに笑いながら、華に近づく。

「ビックリしちゃった。だ〜れも専務の気持ち分からなかったものねぇ・・・」
「・・・う、ん・・・」

 華は真っ赤になりながら俯いた。

「で、でも何で二人は分かったの?」
「どんな手を使ったのか知らないけれど、あおいがね、専務に自白させたらしいの」

「エッ、あおちゃんが!?」

 信じられない、いつの間に二人はそんなに仲が良くなったんだろう?
 そう言えば特訓がどうとかって・・・
 ホントにパパって年齢層関係なく仲良くなっちゃうんだから。

 それに、パパが自分のそう言う気持ちを言うのってよっぽどのことだ。

 あおちゃん、ホントにどんな手を使ったんだろ・・・


「それでね、二人で押し掛けてお祖父様とお祖母様の相手をしている間に、専務を登場させて解決させちゃえばいいって考えたの、ふふっ、ちょっとスリルだったわぁ」
「でも、木登りなんて・・・危ないのに・・・パパもうそんなに若くないのに」

「そうねぇ、でも、はしごなんて持ってたらばれちゃうし、アレしか方法思いつかなかったのよ・・・でも、そうねぇ・・・
考えてみたら木登りっていっても専務って見た目は充分若いから心配しなくても大丈夫よ。
それよりね、あおいったら専務のこと気に入っちゃったみたいで、二人を見てたら本当に可笑しかったのよ」

 見た目と中身って違うんじゃ・・・
 私、まりえさんて、結構面白い思考回路してると思うなぁ・・・
 う〜ん、だけどパパとあおちゃんのコンビかぁ、私も見たかったなぁ

「ねぇ、華ちゃん、専務の所に戻るんでしょう?」
「・・・うん」
「じゃあ、お祖父様とお祖母様にはきちっと言わないとね」
「・・・うん・・・」
「ちゃんと言えば気持ちは伝わるわ、ね?」
「・・・・・・うん」

 その後、まりえさんは、『いいこ、いいこ』って言いながらギュウッと抱きしめてくれた。
 とってもいい匂いがして、やっぱりこの人好きだなぁって思った。


 きっと、ママってこんなカンジなんじゃないかなぁ・・・



 それから、結構遅くまで二人でお喋りをして。

 そうそう、怜くんとまりえさんがつき合うキッカケになった馴れ初めとか聞けたから、後で怜くんをからかう材料が出来たし。


 あおちゃんは、おじいちゃんに捕まって星の講義をず〜っと受けてたみたい。


 華は、二人に感謝の気持ちでいっぱいになりながら、その夜は久々に幸せな気持ちで眠りにつくことが出来た。









▽  ▽  ▽  ▽


「今、何て言ったの?」

「あの、だから・・・この家を出たいって・・・ごめんなさい」

 堅い表情で、聞き返すジュリアの言葉にしどろもどろになりながらも、何とか自分の意志を告げる。
 朝起きてすぐに、まりえやあおいがいる中で、華は祖父母に優吾の元へ戻りたいと言う気持ちを伝えた。

 ジュリアは耳を疑うような気分で、華の言葉を聞いていた。


「ダメよ、そんなの・・・華ちゃん、ずっとここにいてくれるって言ったじゃないっ」
「・・・・・・でも・・・」
「どうして? 辛いからあの家を出てきたんじゃないの!?」
「・・・それは・・・」
「お願い、側にいてちょうだい・・・私たちの側にっ。絶対に失いたくないの」

 ジュリアは華に言葉を与える隙もなく必死で詰め寄る。
 それにはどうしたらいいか分からず、困り果てた。
 だけど、ちゃんと納得してもらわなくてはいけない。

「色々とよくしてもらって、勝手なのはわかってるの。
私ね・・・ここに来てからずっと、どこか自分が自分じゃないような、変な感じで・・・苦しかった。
それで・・・・・・私、やっと答えを見つけたの。
今の私は、パパと共に築きあげてきたものだから・・・私はパパの側にいないと自分になれない。
私は、これからもずっとずっと、パパの側にいたい」

「華ちゃん・・・でも・・・」
「ジュリア」

 ジュリアが尚も食い下がろうとしたとき、今まで黙っていた宗一郎が彼女を制し、華に近寄った。

「おじいちゃん・・・」

「お前は、その方が幸せなのか? 彼といると幸せなのか?」


 まるで心の中を全て見通すかのような瞳で、華を見る。
 そして、華は大きく頷き、


「それ以上の幸せなんて思いつかないよ」



 パパと一緒にいられることが、私にとって一番の幸せ。
 笑っている顔を見て、
 優しい声を聞いて、

 温かい手の温もりを感じる。


 今まで当然のように与えられていたものが、本当に欲しいものなの。




「わかった」

 宗一郎は頷き、ジュリアはそれに動揺していたが、

「仕方ない、また二人の生活に戻るだけだ」

 と、優しく彼女を宥めていた。
 そして、


「華、優吾くんに言っておきなさい。仕事に行くと毎日のようにどこかで君が会いに来る。君が営業職についていたら絶対にトップの成績を維持できると思ったものだ、とね」

「え?」

 宗一郎は苦笑しながら、頷いた。

「彼は、なんだかんだで仕事を口実にして、私に会いに来たよ。それも毎日だから一体自分の仕事はいつやっているんだと心配になったくらいだ。しかも妙に憎めない。私は彼みたいな人間を初めて見たよ。実に興味深い人間だ」


 本当に、驚かざるを得ない。
 つまりは結局、宗一郎も優吾という人間に好感を持ってしまい、華を返さないと言いつつ、心の中では随分迷いがあったようだった。

 そんな宗一郎の言葉を聞いてジュリアも何かを思ったのか、もうそれ以上は華を引き止める言葉を口に出さなかった。
 その瞬間、あおいとまりえが華に向かってピースサインを密かにしていたが、宗一郎にはばれていて、二人ともいたずらっ子のような顔で笑っていた。
 二人の様子にジュリアもやっと笑顔を取り戻したが、目尻に涙が浮かんでいたのを見て、少しだけ心が痛んだ。

「おばあちゃん・・・・・・」

 ジュリアは、華の手を取り、愛おしそうに自分の頬に持っていき目を瞑る。

「いつでも、ここに遊びに来てね」

 ふんわりと笑うジュリアに華も笑顔で頷いた。

「華、今度は彼も一緒に連れてきなさい」
「うんっ、私、この家で過ごせて楽しかった」



 今日は、もう、車で登校はしない。

 誘拐魔の心配などする必要がなくなったのだから。








▽  ▽  ▽  ▽


「あおちゃん、風気持ちイイね〜。自転車漕ぐの速いねぇ」
「バスケで鍛えた足腰をバカにすんなよっ、コレでもお前を乗せてるからスピード落としてるんだぞ」

 今日のあおいは、自分の自転車がなかったので、宗一郎の所で使用人が使っている自転車を貸して貰うことにした。
 俗に言うママチャリに、げんなりした様子の彼だったが、後ろに華を乗せて、楽しげなその様子に得意気になりながら、坂道を軽快に登っていく。

「ねぇ、あおちゃん、パパにどんな手を使って気持ちを聞き出したの〜?」

 昨日の夜から疑問で仕方がなかった。
 いくら優吾と仲が良くなったとはいっても、そうそう自分の気持ちを誰かに言うなんて考えられない。

「ん〜? あぁ・・・簡単だったよ」

 簡単?

「うそぉ」

「うそじゃねーよ。ちょっとした挑発をしてみただけ」
「挑発?」
「ん、あんたが華を欲しいと思えないなら、オレ、結構気に入ってるし、貰っちゃうよって」
「エ〜っ!?」
「勿論冗談だけど」
「わかってるよ〜、・・・・・・でも、あおちゃんって役者だねぇ」

 感心したような華にあおいは苦笑する。
 本当は完全に嘘の言葉ではなかった。
 冗談のつもりだったが、言っているうちに心のどこかで、それもいいかと思っている自分も多少は存在していたのだ。

 それに・・・

 彼はそんな手にひっかかったのだ。
 こっちは、何の反応も期待してなかったというのに。

「”それはダメだよ、華ちゃんは誰にもあげない。だって華ちゃんは僕が好きなんだから”、だってさ。しかも、大まじめな顔して! もぅ、嘘だろ〜って思ったよ。スッゲー自信家だな、ありゃ。ある意味ノロケ」
「・・・・・・・・・」

 パパらしい言葉と言えば、そうなんだけど・・・
 それって、確かにスゴイ自信かも。

 華は真っ赤になりながら、それから後は大人しくなってしまい、それに気づいたあおいはその反応が面白くて仕方なかった。
 彼女に対しては恋愛感情とは違う、そう、何となく妹が一人出来たみたいな気持ちになり、守ってやりたい気持ちにさせるのだ。


 こういうのも、悪くない


 彼にとってこの日の朝はいつもよりも、楽しいものとなったらしい。






▽  ▽  ▽  ▽


 学校に着いて、駐輪場で二人は別れた。
 だが、昇降口に入ったところで女生徒数人に囲まれてしまい、そのまま人気のない場所へと連行されてしまった。

 例の『湯河あおいを陰で応援する会』の人たちだ、と気づいたが、その時はもう遅かった。
 どうやら、二人で仲良く登校してきたのをバッチリ見られてしまったようだ。


「アンタねぇ、この前忠告してやらなかった!? 堂々と登校してんじゃないよっ」

 今日は、どうやら最初からキレている。

「はぁ・・・」
「湯河君の自転車の後ろなんて、アンタじゃ勿体ないって言ってんの!!」
「・・・ごめんなさい・・・」

 別にそれがどうした、と言いたいのは山々だったが、彼女たちをこれ以上刺激するのは良くないと思い、華は黙って聞いていた。
 しかし、言っていることに段々興奮してきたのか、彼女たちの目つきがどんどん鋭くなっていく。

「何か、あんまり理解できてないみたいよ? 体でわかってもらうしかないみたい」

 え!?

 ・・・・・・さ、流石にそれはやだ、





 そう思ったとき。


「なにソレ? 体でわかるって、なにすんの?」

 凍るような、低い声。
 その声の方角を見ると、あおいが壁にもたれかかってこちらを伺っていた。

 彼女たちは突然現れたあおいに動揺して、しどろもどろになる。

「ゆ、湯河君、別に、私たちは・・・っ」
「ね、ねぇ?」

 さっきまでの威勢はどこへ行ってしまったのか、急にしおらしくなってしまった。


 しかも、そこへはあおいだけではなく全然関係ないと思われる女生徒達までが一緒で、彼女たちは様々に自分たちの主張を繰り広げ始めたのだった。


「私、飯島さんを無理矢理連れて行く姿を見たのよっ、あぁ、コワイ!! 無知って恐ろしいわよねぇっ」
「自分の手柄みたいに言わないでくださる? 私が湯河くんに教えたのよッ!」
「何言っているの!? 私じゃないのっ」
「それよりあなた達ね、彼女に手を出したらどうなるかわかっているのかしら!?」

「ど、どうって・・・別にこんな子・・・」


「彼女はね、あの飯島怜二様の姪御様でいらっしゃるのよ!!」


 どうやら、怜二がこの前校門前で華と一緒に帰るときに
 『コレ、オレの姪なの。守ってやってね』
 と言ったあの一言が相当広まっていたようだった。

 彼の姪と言うこと、イコール彼女の家の誰かが飯島グループの重役であるということであり、それが分かって華に向かってくる生徒など恐らくここには存在しないであろう。
 それにしても、姪御様という言葉はどうかと思うが。

「うそ・・・そんな・・・」

 更に動揺して、ヨロヨロとまともに立っていられないような状態の彼女たちに追い打ちをかけたのは、他ならぬあおいだった。

「しかも、ソレ、オレのイトコなんだけど」

 その一言に周り中の女生徒が奇声を上げ、結局その場は騒然となってしまい何だかうやむやになってしまった。
 しかも、生徒の間で色々な憶測が飛び交い、あおいも華も、もう勝手にしてという状態で、当の本人達が一切関わらない場所で派閥争いがあったようだったが、その後共倒れになったとかならないとか、適当な風の噂だけが流れたのは、随分時間が経過してからであった。



 教室に着くと、既に沙耶が騒ぎを聞きつけていたらしく、殆ど完璧に一部始終を知っていた。

「いやぁ〜、アタシったらうっかりうっかり〜!!! まさか華があの飯島グループの人間とはねぇっ!? 一言も言ってくれないなんて水くさいわよ〜」
「パパの仕事は言った覚えあったけどなぁ・・・」

「”パパは専務さんで、6時には帰ってくる仕事嫌いなの”じゃ、わからんって!! 大企業の専務が6時帰還なんて、あり得ないわよ、普通」

「ふぅん」

 その後、沙耶はまだ何か聞きたそうだったけれど、すぐにHRが始まってしまったし、休み時間や昼休みに、今日パパの所に帰るって話をしただけだった。

 いつか、ちゃんと話すからね。




 兎にも角にも、一日の授業を無事終え、今日は久々にあの家に帰るのである。





第13話へ続く


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