『ラブリィ・ダーリン』

○最終話○ いつも二人で(その1)






 玄関のドアを見つめ、鍵を差し込む。
 まだこの時間だと、優吾は帰ってきてないはずだが、何だかとても緊張する。

 カチャ

 ドアを開け、中の様子を窺う。
 しーんとして、やはり誰もいない様子だ。

「ただいまぁ」

 一応言ってから、家の中へと入り、靴を脱ぎながら辺りをキョロキョロと見渡してみた。
 当たり前だけど、全然変わっていない。

「あぁ、懐かしいなぁ・・・」

 そのままリビングの方へ直行し、部屋へ入る。
 どうやら華がいない間もちゃんと掃除をしていたようで、部屋の中はキチンと整理されていてとてもキレイだった。

 実際にこの家を離れていたのは一月程度の事だったが、もう何年も帰ってきていないような錯覚に陥り、とても懐かしい気分になる。
 この家の香りも、包み込むような優しい雰囲気も。


 だが・・・
 床にバックを置き、ふぅ、と一つ息をついたところで何となく違和感を憶えた。


「?」

 ふと、ソファに目をやる。




 と、

 そこには、すやすやと、気持ちよさそうにうたた寝している優吾がいた。

「えっ!?」

 何故この時間に彼がここにいるのかは分からなかったが、もしかしたら今日彼女が帰ってくると思い、早退してきたのかもしれない。

 華は、家に帰って優吾がいたということが嬉しくなり、彼の寝ているソファへとゆっくり近づく。

 相変わらず年相応には見えない無邪気な寝顔。
 やや痩せたような気はするけれど、とても幸せそうに寝ている。

 パパ、かわいいなぁ・・・

 サラサラの前髪に触り、引っ張ったり撫でたり、いろいろしてみる。
 起きる気配がないと分かると、頬に触れてみた。
 酒や煙草を一切やらないせいか、滑らかな肌は少年のようだ。それに加え、ヒゲが殆ど生えていないから余計に彼の年齢を若く見せる。

「遺伝、かなぁ。男の癖に〜」

 飯島家の男子は皆一様にして禿げないが体毛は薄いらしく、容姿もよく似ている。
 皆性格が全くと言っていいほど違うものだからそれぞれの作る表情や雰囲気は別物なのだが。

 優吾も寝顔はこんなにあどけないが、起きて、真面目な表情を作れば実に整った顔をしているのだが、彼の作る表情の全てがとても優しげだから、そっちの印象の方が強かった。


 華は、彼の形のいい唇に触れてみて、

 この口が、私の口にキスしたんだ・・・

 そう思うと、胸が苦しくなった。


「寝てるから、わかんないよね・・・」

 自分に言い聞かせるように呟き、彼の唇に顔を寄せる。
 目を閉じ、そのまま重ねるだけのキスをする。
 柔らかい唇の感触にドキドキした。

 そして、

 顔を離し、優吾の顔を見た時、我が目を疑った。

 ぱっちりと目を開け、華を見ていたのだ。


「パ、パパっ!! お、お、起きて・・・っ」
「起きるよぉ、顔中触られてたんじゃ」

「な、な・・・」

「もしかしてキスしてくれるのかなぁと思って、待ってたんだぁ」

 首をコキコキ鳴らしながら、体を起こし、伸びをする。
 完全なる確信犯だ・・・


「今日帰ってこなかったら、またあのお屋敷に駆け込むつもりだったんだけど・・・でも、やっぱりちゃんと華ちゃんの気持ち、わかってくれたんだね」

「・・・うん」


「華ちゃん、お帰りなさい」

 にっこりと笑い、華の両手を掴む。
 その表情を見て、本当に帰ってきたという気分になった。

「ただいま」







▽  ▽  ▽  ▽


「ふぅん、じゃあさ、その百合絵さんのお姉さん? ・・・亜利沙、さんが帰ってくるんだ」
「ウン、でもねぇ、どういう顔して会えばいいのかわかんないや。謝られても困っちゃうしねぇ・・・」
「そうだねぇ・・・でも、伯母さんになるんだし、いい人だといいね」
「いい人だよ、まりえさんとあおちゃんのお母さんだもん」
「そっかぁ」


 二人は会えなかった間にどんなことがあったとか、あの時はどうだったなど、色々と語り合った。
 そして、久々に華の作った料理で夕食を済まし、くつろいだ後、それぞれ風呂にも入ると、眠くなってきた。
 なんだかんだで、昨日からあまり寝ていないから疲れているのだ。

「パパぁ、私もう寝る〜」
「そう? じゃあ、僕も寝ようかな」
「ん」
「一緒に寝よう」
「ん」

 ・・・・・・


 ん?


 一緒に寝よう?


 ・・・・・・


「えっ!?」
「ヤダ? 華ちゃんと一緒に寝たいなぁ」
「やじゃ、ないけどぉ・・・」
「じゃあ、決定〜」


 そう言ってはしゃぐ優吾を見て、華はどうしたらいいのかわからずしばし固まってしまった。

 彼はそんな華の様子に気づくことはなく、歯磨きをしに洗面所に行ってしまうと、そこからはシャコシャコと歯を磨く音と共に楽しげな鼻歌などが聞こえてくる。
 その様子はいつもよりもテンションが確実に高い。


「・・・・・・え〜?」

 華は一人小さなパニックを起こしていた。


 それって・・・どういう意味で?




その2へつづく


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