『ラブリィ・ダーリン』

○第2話○ ママに似た人(前編)





 それから3年。
 私は高校生になった。






「は〜な〜ちゃんッ、お・き・て〜〜朝だよぉ」
「やぁ、ねむいのぉ」

 甘い声。
 優しくて耳に心地いい、とても聞き慣れた大好きな声が上から降ってくる。
 それでも、すぐに眠りに引きずり込まれてしまい、再びウトウトとし始めると、その人はため息をついて、

「仕方ないなぁ」

 ブツブツ言いながら、パジャマのボタンを外していく。


 う〜ん、胸のあたりがスカスカして・・・
 ???


「ん・・・・・・って何してるの〜〜ッッ」
「何ってお着替えでしょ、華ちゃん起きないから僕がやってあげないと」
「!!! 自分で出来る〜〜〜ッ」
「そ? じゃ、ゴハンの用意しとくからね?」

 満面の微笑み。
 悪びれもなく、むしろ当然の事をしているのだというような・・・

 そのまま、部屋を出ていった、
 あれが、私のパパなのだ・・・・・・・・・


 超極甘のパパは、私がまだ2、3歳に見えているんじゃないかってくらいの扱いをする。

 それにパパは、ハッキリ言って若い。今33歳だし。
 スゴイ童顔だから20代前半でも通っちゃうくらい。
 もしかして、学生服を着せても似合っちゃったりして・・・


 それでも、会社では『専務』なんだって言ってた。
 おじいちゃんが『会長』のせいでそうなったんだって。

 『専務』が何をするのかわからないけど、パパはいつも6時には家に帰ってくるし、そんなに大変な仕事じゃないんだと思う。

 だってパパ言ってた。

 意味わかんないけど、5時まで男なんだって。
 華ちゃんに会いたいから、仕事はそれまでにパパパッとやっちゃって、後は他の人にバトンタッチしちゃうって。
 でも、そんなコトしててよくクビにならないなぁ・・・




「いただきま〜す、ハイ、華ちゃん」

 にっこり笑って、私のパンにジャムを塗り塗り、それでハイって渡してくれる。
 私が朝弱いから、朝食はパパが担当、夕食は私が担当してるのだ。

「華ちゃんおいしい?」
「ん、おいふぃ」

 何のことはない、ただ焼いたパンにジャムを塗っただけなんだけど。

 おいしいって言うと、パパは嬉しそうにしてくれるから。

 実際に、パパがくれるものなら何でもおいしいと思うし。









▽  ▽  ▽  ▽


「華、この前クラスの男に告られたって?」

 そう聞いてきたのは、親友の沙耶。

「・・・え? あ、う〜ん」

 そんなこともあったような気がする、とちょっと思い出す。
 でも、何でそんなこと沙耶が知ってるんだろ?
 相変わらずスゴイ情報網に、感心してしまう。

「なんちゅう気のない返事・・・及川も可哀想に」

 沙耶はハンカチを取りだして、泣きまねをしてるけど、もの凄くわざとらしいし・・・
 それに、及川くんって名前まで知ってるなんて、そっちの方が驚きだ。
 大体ね、アレは告白なんてカンジじゃなかったよ。
 『ごめんね』って言ったら、ケロッとした顔で『そう言われると思ってた』って。
 次の日会っても平然としてるし、ホントに好きなの? って思っちゃった。


「沙耶、私土曜日何着てこうかなぁ」
「ん??? まさかデート?」
「ウン、パパと」

 沙耶はガックリと肩を落としてうなだれた。
 またか、って言ったの聞こえたよ?

「あんたね、いい加減ファザコン卒業しなよ〜〜、親父とデートなんて考えらんないって!!」
「なんで??」
「あのね、親父だよ!? オ・ヤ・ジ!! ウチのなんてハゲだよ、ハゲ〜〜!! イヤーーッ」

 沙耶は頭を抱えながら悶えてる。

 ・・・親父っていうのは、パパだよね?

 ハゲ?
 う〜ん・・・
 でも、頭抱えるほど、イヤなの?


 ・・・・・・沙耶の言ってること、わかんないなぁ・・・








▽  ▽  ▽  ▽


 土曜日、私とパパは外で会う約束をして、待ち合わせの噴水の前で待っていた。
 本当はパパも休みだったんだけど、急な仕事が入ったとかで、文句をぶぅぶぅ言いながら会社に出かけていった。

 今、6時50分、約束の時間まであと少し。
 私は、一番お気に入りの服を着て、ちょっぴり新鮮な気分でパパを待っている。



 その時、

「あれぇ? 華? なんでこんなトコにいんの? 子供は家にいる時間だろ?」
「怜くん!? うわぁ、どうしてぇ!?」

 現れたのは、今大学1年生で、私と年は近いけどパパの弟の怜くん。
 つまり、戸籍上は叔父さん。
 思わず怜くんの腕を掴んで、ブンブン振り回してしまう。
 だって、嬉しいんだもん。
 怜くんはお兄ちゃんみたいで、何でも話せる人間だ。
 だから、”本当の事”も怜くんは知ってる。
 私のただ一人の理解者と言っても過言じゃない。


「オレは、彼女と待ち合わせ♪」


 うわ。
 デレデレしちゃって・・・




 怜くんは8年越しの片思いを実らせたんだ。
 相手は年上だったから、勇気が要ったみたい。
 ず〜っとウジウジして、陰で見てるんだもん、暗いよねぇ?

 だから、


『男なら当たって砕けろ、想いの丈をぶつけちゃえ〜!!!』


 って言ったらホントに実っちゃったんだって。
 砕けなくて良かった。


「私はパパと待ち合わせなの」
「相変わらず仲良いなぁ」
「当たり前だよ〜」

 怜くんは私の頭をポンポンと叩いて、ニコニコしてる。
 ホントに、コワイくらい機嫌がいい・・・


 と、


「怜二、ごめんね〜、ちょっと遅れちゃった?」
「ひゃ・・・っ」

 突然目の前に現れた女性にビックリしてしまって、思わず怜くんにしがみついてしまった。
 すると、その人は首を傾げて私を覗き込んで・・・

「怜二の・・・妹さん?」

 不思議そうに聞いてくる。

 私はその人があんまりキレイで、ドキドキしてしまってうまく答えられない。

 だって、ホントにビックリ。
 キレイだけど、何より表情がとってもカワイくて・・・こんな素敵な人が、怜くんの彼女!?


「まりえさん、大ボケ〜ッ!! オレに妹いないってば。姪なんだ、華っていうの」
「きゃぁ、カワイイッ!!! お人形さんだわぁ!!!」

 自分の方がよっぽどお人形さんみたいなのに、その、”まりえさん”は怜くんから私を引き剥がして、ギュって抱きしめてきた。

 わぁ、いい匂い。



 ・・・でも、


 このヒト・・・どっかで見たことが・・・




 どこだろう・・・?



 ???

 う〜〜〜ん


 会ったとか、そういうカンジじゃなくて・・・
 『見た』ってカンジなんだよね・・・







 ・・・・・・・・・・・・あっ


 記憶を辿っていき、暫く考えたところで思い出した。





「ママッ!!!」





 そうだ、ママ!
 ママに似てるんだ!
 写真のママがこの人に似てるんだっ!




「華、何言ってるの? まりえさんがママのわけないだろ?」
「いいじゃないの〜、私、華ちゃんのママになってあげる♪」

 あ、マズイ、怜くんの顔が怒ってる。

「え、と・・・そうじゃなくてね、まりえ、さん・・・がママにちょっと似てたから」
「へぇ・・・面白いわねぇっ」

 まりえさんの目は薄い茶色で、肌の色も陶器みたいに白くてキレイ。
 ユラユラゆるくカーブした綺麗な色の髪も、見とれちゃうくらい・・・
 世の中こういう人もいるんだなぁ

 私がじーっとまりえさんに見とれてたら、満面の笑みで頬ずりをしてきた。

「華ちゃんって、カワイイわぁ〜、連れて帰りたい♪」

 まりえさんが私を離さないから、怜くんは益々不機嫌な顔になったけど、やがて、『あ』って言ってちょっと考えこんでしまった。
 それでやっとまりえさんの腕の力が緩んで、ホッと息をつく。

「ど、どしたの?」
「ん? ・・・ん〜、華のお母さんって百合絵って言ったっけ?」
「うん。あ、ホントだ〜名前も似てるねぇ」

 ビックリ。
 名前が似てると顔も似るのかなぁ

 そんな呑気なことを考えてる間も、怜くんはまだ何か考えてる風だった。
 けど、私はまりえさんにドキドキしてて、とてもそれどころじゃない。



「あれ〜? 湯河サン?」

「えっ!?」


 不意に話しかけられて一斉にみんなで振り返る。
 そこにはきょとんとして、とても年相応には見えない背の高い男の人の姿。
 声をかけてきたのは、パパだった。
 こんなに近くに来てたのに、話に夢中で、誰も気づかなかった。

「あ、専務!!!」
「優兄っ、久々〜」
「あれれ? 元気だったぁ?」

 まりえさんは、驚いてて、怜くんはパパが来るの知ってたから、手を振りながら挨拶。
 パパは、怜くんを発見すると嬉しそうに目尻を下げた。

「あら? 専務って・・・あぁそうですよねっ、社長の弟なんだから、怜二のお兄さんに決まってるのに、私ったら今まで気が付かなかった!」
「そうだよねぇ、会社でもそんなに顔合わせないしねぇ」
「・・・もしかして、噂の娘さんって華ちゃんの事ですか!?」


 何だか今の状況が飲み込めない。
 私が首を傾げていると、それに気付いたパパが『知りあいなんだよ』って教えてくれた。

 パパのお兄さんは『社長』をしてて、秀一伯父さんって言うんだけど、まりえさんは、秀一伯父さんの『秘書』をしているらしいのだ。
 会社も同じだから、お互い知ってるんだって。


 でも、噂の娘さんってなんだろ?



「華ちゃんは僕の秘蔵っ子なんだ〜、ね? ね? カワイイでしょ? ・・・・・・って、あれぇ? 怜クンの彼女って湯河サンなの?」

「そうだよ・・・・・・ね、ねぇ・・・優兄・・・・・・お願いだからまりえさんの前で”怜クン”はやめて・・・」

 怜くんは顔を真っ赤にして、パパの胸を肘でこづいている。
 だって、まりえさんが『怜クン!? うそぉ〜』って言いながら大爆笑してるから。




 ・・・・・・・・・・・・それにしても、笑顔の綺麗な人だなぁ・・・


 怜くんの彼女かぁ。




 ふぅん







後編へ続く


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