『ラブリィ・ダーリン』

○第3話○ 好きにならない努力(後編)






 その日の放課後、もう帰ろうと準備をしていると、教室のドアの方から声がかかった。

「お前帰宅部なんだ」

 たまたま通りかかったのか、そこにはバスケット部の専用ジャージを着たあおいがいた。

「え? あ、先輩こそ部活やってたんだぁ」
「まぁな、人間何個かは、好きなもんがあるんだよ」
「そうだねぇ」

 笑いながら頷く華の様子を見て、あおいの眉がピクリ、と一瞬動く。
 華が首を傾げると、ちょっとだけ難しそうな顔になった。

「・・・何か、元気ないな、らしくないじゃん」

 努めて明るく振る舞っていたつもりだったのだが、あおいはそんな華の様子が微妙に違うと気づいたようだった。
 彼は口調はそっけないが、神経は思ったより細やからしい。

「・・・えー・・・そう、かなぁ・・・・・・」

 あおいは無言で教室の窓の方に行き、机の上に腰掛ける。
 教室には、元々数人しか生徒が残っていなかったが、あおいが入ってきた為か、華以外の生徒はみんないなくなってしまった。
 廊下の向こうの方でたまに生徒の声が聞こえてくる以外は、しんと静まりかえって何となく寂しくなる。

「懐かしいな、オレ、一年の時この教室使ってたんだ」
「へぇ、そうなんだぁ」


 それきり、あおいは遠くを見るような目で、黙り込んでしまった。
 二人だけの教室で、少しの沈黙が続く。

 しかし、その沈黙はイヤなものではなく、逆に自然なもののように感じる。

 何か、とても身近なもののように・・・・・・



 不思議な気持ちだった。
 会って間もないというのに、まるでずっと昔から知っているかのように思えて───



 母親に似ているから・・・?



 それだけじゃない気がする。




 分からないけれど、二人の中に流れる自然な空気は、似ているなどと言う言葉だけで片づけられないもののように思える。







「・・・・・・私・・・・・・ね」




 華は、


 気がつくと、自分のことを喋り始めていた───






 怜二以外には話したことのない優吾との関係。

 ただ、淡々と。




 全てを話し終わるまでに、どれだけの時間が流れたのかはわからない。


 だが、
 あおいの表情は、どんな感想を秘めているのか、全く予想できない不思議なものだった。

 何せ、華が喋っている間も、顎に手を当てほおづえのような姿勢で、目を閉じ、まるで眠っているような、聞いているのかいないのか分からないような状態だったのだ。
 華は、それでもぽつぽつと自分の事を話していた。
 別に意見を求めたいわけじゃなかったから・・・

 叔父の怜二には、たまに相談にのってもらっていた事だったが、あおいには・・・単に聞いてもらいたい、それだけだったのかもしれない。


 ふぅ、と溜息を吐き、窓の外を見ると、もう随分暗くなってしまった。
 そういえば、と思い、あおいに向き直る。

「あぁっ!! 部活ッ、先輩行かなくていいのッ!? ご、ごめんなさいっ、私がこんなコト話してるから・・・っ」

「あ? ・・・・・・あぁ、もぉ今日はいいや。ホントは3年は引退なんだけど、オレが勝手に参加してるだけだから」
「・・・ごめんなさい・・・」

 あおいは実に素っ気なく、どうでもいいことのように言っていたが、引退してるのに参加するくらいバスケが好きなのだろうと思うと、休ませてしまったことに対しての罪悪感が拭えない。


「・・・・・・別に、バスケは好きだけど、それだけじゃなくて・・・何かに打ち込んでいるときだけ、楽になれるから・・・」
「・・・・・・え?」

「お前なら道があるんじゃないか?」

 あおいの言っていることがよく分からない。
 華が首を傾げていると、彼はふ、と表情を崩した。

「好きなんだろ ”パパ”が」

 どきん、と心臓が跳ねる。
 華は、自分が飯島の人間ではなく、母親の昔の男の子供であると言うことは話したが、自分が誰を想っているかなど話してはいない。

 ・・・・・・なんで、わかるの・・・?


「・・・・・・で、でもそういうのいけないコトだもん・・・」

 俯いて泣きそうになるのを必死で堪える。
 怜二でさえ、華の気持ちに気づくまで随分時間がかかった。

 なのに・・・

「お前と、あの人は血が繋がってないんだから、他人じゃないか。何か問題があるのか?」

 他人。
 確かに、そうだけど・・・

「相手がどう思っているかは知らないけど、いいんじゃねぇの? オレはそう思うけどね」

 あっさりと、いとも簡単そうに言う。

「ホントに、そう思う?」

 華が聞くと、さも心外そうにあおいは逆に聞き返してきた。

「こんな事でウソついて、なんの得があるんだ?」
「そうだけど・・・・・・先輩・・・は、なんでそんなに私の気持ち、わかるの?」

 当然過ぎる華の疑問に、あおいは一瞬言葉に詰まって、それから小さく息を吐き出し、目を逸らす。

「・・・さぁな・・・・・・じゃ、オレは着替えがあるからもう行くな。気をつけて帰れよ」

 質問には答えず、笑いながら手を振って、教室から出ていった後ろ姿は、何故かとても寂しそうに見えた・・・





 きっと、先輩も何か大きな悩みを抱えているんだ・・・




 みんな、一つくらい悩みはあるよね



 だけど、先輩


 血は繋がってなくてもね、気持ちを言ってしまったら、何か、大切なものが壊れてしまう気がするの


 壊してしまった後に残るものはなんだろう、って考えると



 とても、前に踏み出す気にはなれないよ・・・・・・







第4話へ続く


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