○第4話○
おじいちゃんとおばあちゃん、そしてママ(後編)
彼らに連れてこられた場所は、”大豪邸”と言うに相応しい建物だった。
とてつもなく広い敷地。
車で門をくぐり抜けてから暫く走って、やっと屋敷に到着する、そんなような場所なのだ。
飯島の本宅だってかなりのものだが、これはそんなレベルではない。
まるでお城だ
華は夢の国に来たような気分になり、頭がぽーっとなる。
二人に促され、足取りもおぼつかないような感じで、何とか建物の中へと入っていった。
入ってみればその建物の中も大変なものだった。
正に外観に相応しい西洋風の飾り付けは、殆ど知識のない華でさえも、そこら中が高価そうなものばかりで口をパクパクさせてしまう。
「ここはね、私の母親の実家なの」
「・・・へ、へぇ・・・すごいねぇ・・・圧倒されちゃうよ〜」
「湯河財閥って知ってる?」
「うん、それくらいは・・・・・・えっ!? うそっ、エェ〜〜〜っ!?」
湯河財閥・・・
それくらい私だって知ってる。
細かいことは全くわからないけど、飯島グループと湯河財閥が親密な関係にあるって言うのは有名な話。
毎年、長者番付にのってるんだよね、湯河・・・なんていったっけ・・・?
た、確かにそれならこんな家に住めるのも頷けるよ、ウン・・・
けど、そんなの聞いたら余計に落ち着かないってば!!!
全く理解できていない上、いきなりこんな場所に連れてこられて、一体なんだというのだろう。
この際話なんてどうでもいいから、一刻も早く帰りたくて仕方がなかった。
▽ ▽ ▽ ▽
「いらっしゃい」
応接室に通されて、部屋に入った途端女性の声が華を招き入れた。
「え?」
部屋の中央に立って、やわらかく微笑みながら、じっとこちらを見つめている女性。
彼女を見た途端、華の瞳が驚きの色に染まった。
亜麻色の髪は、艶やかでややウェーブがかり、ぬけるような肌の白さに大きな薄茶色の瞳。
それなりに年齢を重ねているのかもしれないが、全体の顔の作りはまりえやあおいと共通する部分があり、とても美しい女性だった。
そして、彼女は華の目から見ても、日本人には見えない。
だが、さっき自分を招き入れた言葉は日本語で、外国人特有の訛りなどなかったような気がする。
「アナタが、華ちゃんね・・・」
「・・・は、い・・・」
「私、百合絵の母親で、ジュリアというの」
「は?」
はぁ〜〜〜〜〜〜!?!?!?
もぅ、なんなのぉ!?
誰かたすけて〜〜〜〜〜っ、ワケわかんないよぉ!!!
今の華の精神状態では、何を言われてもただ混乱するだけだった。
自分の母親は、天涯孤独だったと聞かされてきた。
だが、今自分の目の前には、その母親の両親だと言う人物がいる。
本当だとすれば、彼らは当然華の祖父母になるわけだが・・・
ジュリアと名乗った女性は、華を見つめ、目を細めた後小さく頷き、そして彼女を抱きしめた。
「・・・あぁ、たくさん捜したの、でも、百合絵はどこにもいなくて・・・よかった、本当に・・・・・・かわりにこんな素晴らしい宝物を残してくれていたなんて・・・っ」
「ま、待ってくださいぃっっ・・・・・あ、あのぅ・・・私のママは確かに百合絵ですけど・・・ホントに・・・」
この家の娘だったのですか?
そう訪ねようとしたとき、華の言おうとすることを理解したまりえが口を開く。
「本当の事よ。私も知らなかった話だったんだけど、この前華ちゃんの家で百合絵さんの写真を見せてもらってから、ずっと気になってしまって。
それで、何となくお祖父様にその事を話してみたの。
そうしたら、”百合絵”という人物は確かに存在して、しかも私の母親の妹だった事を教えてくれた。
ただ、高校3年の時に突然失踪してしまったらしいけれど・・・」
・・・失踪?
「写真を見るかい?」
言いながら、祖父だと名乗った男性、湯河宗一郎はアルバムを手に取り、華に差し出した。
戸惑いがちに受け取り、アルバムに視線を落とし、ゆっくりとページを捲ると、産まれたばかりの赤ん坊の写真が飛び込んできた。
目がパッチリして、こちらをじっと見つめている、とても愛らしい乳幼児。
その子供が、どんどん成長していき、その姿も益々愛らしく、美しくなっていく。
同時に、華にはそれが自分の家にある、数少ない百合絵の写った写真と重なり、彼らが言っていることが嘘ではない事が段々分かってきた。
百合絵の隣には、今、目の前にいるジュリアか宗一郎と一緒のものが多かったが、一番多く写っているのは、おそらくまりえの母親にあたる人物なのだろう。
百合絵はジュリアに似て、まりえの母親は宗一郎に似たようだった。
二人は似ていないが、その事で姉妹だと言うことが分かる。
アルバムは、華と同じ高校の制服で、一人微笑んでいる姿で終わっていた・・・・・・
「私たちの中では、百合絵はずっとこの時のままで止まっているの・・・本当に捜して捜して・・・あの子は体が弱くて・・・無理をすると直ぐ発作が起きるの。
その発作が起きたとき、一人のあの子は死んでしまう、そう思ったら狂いそうだったわ・・・」
ジュリアはやはり、訛りを感じさせない、しっかりとした日本語を使う。
しかし、その瞳からはハラハラと雫がこぼれ落ち、それを拭うことを忘れたかのように、百合絵の事を話し続ける。
「優しくて、絶対に人を傷つけたりしない、とてもいい子だった。私たち夫婦の言うことに、いつも耳を傾けて、いつも姉の亜利沙の一歩後ろで・・・・・・決して前に出るような子じゃなかったけれど、病弱だったせいか、透けるような白い肌や、穏やかな優しい表情は、誰の目をも惹きつける存在だった・・・」
・・・・・・なんだろう? この腑に落ちないカンジ
聞けば聞くほど、疑問が沸き上がってくる。
なんか、それって変だ・・・
だって、
「・・・どういう、こと・・・ですか? そんなに愛されて、幸せそうなのに・・・失踪なんておかしい・・・」
ジュリアが語る百合絵からしても、皆から愛されていた人物だったという事がうかがえる。
なのに、彼女は失踪したのだという。
理由がまるで思いつかない。
宗一郎もジュリアも、華の疑問に辛そうに眉を寄せた。
それを見て、華はハッとする。
「もしかして、聞いちゃいけないことを・・・・・・ご、ごめんなさいっ!」
誰だって、聞かれたくないことはあるはずだ。
たとえ、自分にとって母親のことであろうと・・・
そう思い、慌てて謝ると、宗一郎はゆっくりと首を横に振り、
「そうじゃないんだよ。むしろ、君には、聞いてもらいたい話なんだ」
「え?」
「・・・聞いてもらえないだろうか」
じっと見つめられ、どうしたらいいのかわからない。
けれど、自分に聞いて欲しいことなのだと思うと、頷かずにはいられなかった。
やがて、小さく頷いた華を確認すると、
宗一郎はどこか遠くを見るような瞳で、百合絵の事を話し始めた。
▽ ▽ ▽ ▽
「我々は、体の弱い百合絵のために、せめて女の幸せだけでも与えたいと思い、将来有望な青年を結婚相手にと考えた。
百合絵も、それに同意した。だから、そのまま順調に話は進んでいったんだ。
ところが、百合絵の家庭教師をしていた青年が、前々からあの子に想いを寄せていたらしく、結婚すると聞くや否や、百合絵に求婚をしてきたのだ。
だが、その家庭教師は、姉の亜利沙が想いを寄せている相手であり、我々もてっきり亜利沙と青年は恋人同士なのだと思っていた。
亜利沙は、青年だけではなく、百合絵のことも責めた。
とても仲が良かった姉妹だったのに、二人が会話することは殆ど無くなっていったという。
その精神的苦痛は、想像以上に百合絵の身体を蝕み、元々細かったその身体はどんどん痩せ細り、遂に大きな発作を引き起こした。
そこまでになっても、私たち夫婦は娘達に何が起こっているのか、全く気づかず、百合絵は一時危篤状態にまでなった。
しかし、1月後、入院していた事などまるで嘘のように、元気な百合絵が戻ってきた。
皆安心して、後はそのまま卒業して、式を挙げるのを待つだけだと、喜びに満ちあふれた。
だが、あの日、百合絵は忽然と姿を消してしまったのだ。
・・・・・・置き手紙一つなく
朝、いってきますと学校に出かけて、そのままだった。
最初は誘拐の類かと思ったのだが、よくよく調べると、制服や鞄などは友人の家に預けてあり、その友人に問いただしてもたいした答えは返ってこなかった。
つまり、それは覚悟の失踪だったのだ。
愕然となった我々の中で、疑問だけが膨れあがった。
果たして、百合絵は結婚を望んでいたのか?
家庭教師の青年を愛していたのか?
わからない。
あの子は、体が弱く、一見儚そうだが、悩みや弱音など一度も見せた事などがなかった。
何としても捜しだし、百合絵の本心が聞きたかった。いや、無事ならばそれだけで良かった。
けれど、何年経っても足取りは一向に掴めず、諦められない気持ちと、半ば諦めたような気持ちとで、ここ20年以上生きてきた。
なのに、現実はあまりに無情なものだ。
死なれてしまっては、謝りたくてもそれすら叶わない。
しかし、
百合絵は、あの子の生きていた証をちゃんと残しておいてくれた・・・華、君を残してくれた・・・
あの子が、華を我々と引き合わせてくれたと思うのは、余りに都合が良すぎる考えだろうか。
けれど、どうしてもそう思えてならないんだよ・・・
あの子は、本当に優しい子だったから・・・・・・・・・」
宗一郎が話し終わると、部屋の中がしんと静まりかえり、誰も言葉を発しようとはしなかった。だが、その沈黙を破るかのように隣にいたジュリアが小さな嗚咽を漏らして泣き崩れ、必死に何かを華に訴えかけようとしている。
しかし、それはなかなかうまくいかないらしく、言葉にはならない。
ゴメンナサイ
やっと言えたその言葉は、華の中の百合絵にむけたものだったのだろう。
「華ちゃん、突然連れてこられて、こんな話を聞いて直ぐには呑み込めないって分かるわ・・・私も昨日はパニックを起こしちゃって・・・
私の両親ね、今ニューヨークに住んでて、そっちにいる母親に電話を入れたの。
そしたら、泣いて、今のお祖母様みたいに泣いて、たくさん謝ってた。
心の準備が出来たら帰国するって言ってたから・・・その時は、会ってあげて欲しいの。・・・・・・お願いします」
まりえさんは深く頭を下げて、私に言う。
私は戸惑っていた。
だって、みんなして私に謝ったり、頭下げたり・・・
母親のこととは言え、華にとっては会ったこともない人物。
近しい存在とはわかりつつも、どこか他人事のように聞いている部分があるのかもしれない。
けれど、話が呑み込めないワケじゃない・・・
それに、自分の母親が不幸だったなどと、決して思えないのも事実だった。
「私は、ママと会ったこと無いけど・・・幸せだったんじゃないかな。だって、写真でしか会ったことのないママは、どれも幸せそうに笑ってた」
「・・・そうか」
宗一郎が、ホッとしたように頷く。
「うん、パパにたくさん愛されてたもの。それに、パパは私の事もたくさん愛してくれてる。
私がパパの子供じゃないって知ってても、誰より愛してくれてるもの。だから、そんなパパに愛されたママは幸せ者だと思う」
満足そうに話す彼女の言葉に、一同が目を見開いたのは言うまでもなかった。
華が優吾の子供ではない、そんな話は聞いていない。
当然、側にいたまりえも知らなかった事実だったのだから。
「私は、ママがパパと恋人になる前につき合ってたヒトとの子供だから・・・」
ケロッと言う華に、宗一郎は血相を変えた。
「・・・ばかなっ、なら、君の父親だと思っていた人物は、赤の他人ということになるじゃないかっ」
「だって、パパそう言うヒトなんだもの」
ニコニコとその事を嬉しそうに言う。
だが、宗一郎はそうは解釈しなかったようだ。
「・・・・・・可哀想に・・・その事実を知りながら今まで・・・辛い思いをさせてしまったんだね。
もっと早く会いたかった。もっと早く迎えに行けていれば・・・」
何だか話の展開が自分の思った方向と違ってきたと思い、華は慌てて首を振る。
「私、ちゃんと幸せでしたっ! パパの事大好きだし、みんな優しくしてくれたものっ、だから辛くなんて・・・」
・・・・・・辛いのは、
パパを好きになっちゃったことくらい・・・
華はその思いを隠し、一生懸命自分が決して不幸などではなかったと説明した。
だが・・・・・・
「華の気持ちは充分伝わったよ。だから、無理に華をどうこうするようなことはしない・・・我々はもう、何もなくしたくはないから。
けれど、君が幸せじゃないと判断した時は、それなりの手段を用意すると言うことを憶えておいて欲しい
君の本当の居場所は、ここにちゃんとある。それをわかって欲しい」
気持ちだけなら、
とっても嬉しいと思えるだろう・・・
けれど、宗一郎の瞳は、本気だ。
彼が言ったことは、優吾と離れることを意味する。
そんなのはイヤ
絶対、イヤだよ!!!
私は、幸せだって言ってるのにっ
とてつもない不安感で背筋に寒気が走る。
優吾と一緒にいない生活など、考えられないことだった。
当然のように過ごしていた日常が、なくなるかもしれない。
そう思うと、ガクガクと音をたてて座り込んでしまいそうになり、少しでも気を抜くと全身に震えが走りそうになる。
その状態のまま何時間か湯河邸で過ごし、家に着いて優吾の顔を見るまでそれが止まらなかった。
第5話へ続く
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