『ラブリィ・ダーリン』

○第4話○
おじいちゃんとおばあちゃん、そしてママ(前編)







 数日後、いきなりまりえさんから電話がかかってきた。


 夜も10時をまわった頃だったから、最初何かあったのかなって思ったけど、電話の内容は要点を得ていなくて、よくわからない内容だった。


『華ちゃん? あのね、何か大変なことになっちゃったの・・・あぁ、今電話で話してても埒が明かないわ、本当は会って話したかったんだけど、夜も遅いし・・・』

 何のことかサッパリわからないものの、とにかく何か大変らしいと言うことだけは伝わってくる。
 とりあえず、彼女が何に対して動揺しているのか、それを聞かないことにはこちらも反応のしようがない。

「まりえさん、落ち着いて? 何があったの?」

『あぁ、そうよね、私が落ち着かなきゃいけないんだわ。とにかくちゃんとした形で華ちゃんに話すコトになるけど、・・・そうだわ、明日学校終わりにでも迎えに行くわね』
「え? 明日? うん、いいけど・・・今言えないことなの?」

 すると、彼女は少し黙って、

『・・・ちょっと、電話じゃ話せないことなの・・・とにかく明日、ね?』

「・・・・・・ウン」

 本当に、何が何だかわからない。
 電話が切れてからも、暫くその場所で佇んでいると、優吾が後ろから話しかけてくる。

「まりえちゃん? 何の用事だったの?」
「・・・・・・う〜〜〜〜ん・・・サッパリ。とりあえず明日の放課後会うことになったんだけど、もしかしたら帰りがちょっと遅くなるかも・・・パパ夕飯どうしよう?」
「まりえちゃんと食べてきちゃってイイよ。僕は適当に何か食べるから」
「・・・ん、ごめんね」

 華がちょっと瞳を曇らせると、優吾はにっこり笑って、

「じゃあ、ほっぺにチュウして♪ 明日の夕食、店屋物でゴメンねのチュウ」

 どうやら、パパの明日の夕食は店屋物に決定らしい。
 ピザかな、お寿司かな?

 じゃなくて、

 ゴメンねのチュウ〜〜〜〜〜!?

 その要求は、自分にはあまりに刺激が強すぎて、一気に顔が真っ赤になってしまう。

 な、なんでこんなコト言い出すのぉ!?

 華が半泣き状態でいるにも関わらず、優吾は頬を『ん〜っ』と言いながら突き出し、おねだりの合図をしている。
 それはまるでいたずらっ子のような、とてもワクワクした表情に見える。
 華は暫く戸惑って様子を窺っていたが、優吾が全く退く気配がないので覚悟を決めることにした。

 どうせ、パパにはおままごとみたいなものなんだから・・・


 震える唇を寄せ、やわらかい優吾の頬へと口づける。
 その時間は、一瞬とも何時間とも感じられて、でも、唇を離す瞬間、とても名残惜しいような気持ちになってしまった。

「ん〜、アリガト☆ 幸せ〜」

 そう言って、優吾の顔がフニャっとくずれて、これ以上無いってくらい幸せそうに笑う。
 華も彼を見ていたら自然と力が抜け、気がつくと彼と一緒に笑っていた。







▽  ▽  ▽  ▽


 翌日の放課後、華は授業が終わると直ぐに校門に直行した。
 事情はわからないが、まりえの慌てようがとても気になっていたから。

 だけど、そこにはまだ誰も来てなくて、肩すかしをくった気分になる。

 やがて、生徒達がそれぞれの運転手付きの車で校門から出ていく。
 その光景を未だに『すごいなぁ』と感心しながら見てしまう。
 自分の家は学校から近いし、そういうことをする必要性を感じない。
 大体運転手付きの車なんて、絶対に緊張してしまうと思う。



「まりえさん、遅いなぁ・・・」

 ぽつりと呟いた時、一台のリムジンが華の目の前で停車した。
 後部座席のドアが開き、出てくるのはまりえだと思っていたのだが・・・

 予想に反して、というか、そもそも会ったこともない、初老の紳士が出てきたのだ。

「・・・あの・・・? 何か・・・」

「君が、華・・・なのかい?」

 その男性は、目を大きく見開き、少しだけ唇のあたりが震えているように見える。

「・・・・・・はい」
「・・・母親の名前を言えるかい?」

「? 百合絵、ですけど」

 その質問を何故こんな顔で聞かれるのか全く理解できない。
 この男性はだれなんだろう、という疑問の方が大きいのは当然の話だった。
 なのに、彼は『ああっ、なんていうことだ!』と叫ぶと、あろうことか華を抱きしめてきたのだ。

「あ、あのあの・・・おじさん? あのぅ・・・っ」
「生きていた、生きていてくれたっ!!」


 益々わからなくなってきた。

 生きていたと言われても、華は命の危険を感じるような経験など当然ながら一度もなく、平和に暮らしてきた。
 少しすると、男性はやっと華を解放し、目から大粒の涙を沢山流しながら、華に笑いかける。

「・・・私は、君のおじいちゃんなんだよ」
「はぁ?」

 おじいちゃん?
 な、なに言ってるの? この人・・・

 どんどん困惑する一方だ。
 呆然としていた、その時、

「お祖父様っ!?」

 やっとの事で、まりえが姿を現してほっとする。
 けれど・・・・・・

 お祖父様?
 って言うことは、この人、まりえさんのおじいちゃんなの?
 その人が何で、私のおじいちゃんだって言うの?

「華ちゃんごめんね、私車運転できないからタクシーで来たんだけど、渋滞にはまっちゃって・・・それよりお祖父様、直接来なくても、私が迎えに行くって言ったのに・・・」
「どうしても早く確かめたくてなぁ、思わず来てしまったよ」

 男性は頭を掻きながら照れくさそうに弁解する。
 まりえは苦笑した後、華に向き直り、何とも優しい瞳をしながら、頭を撫でた。

「とにかく、行きましょう。話は向こうに着いてから、ね?」





後編へつづく


<<BACK  HOME  NEXT>>



Copyright 2003 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.