『ラブリィ・ダーリン』

○第5話○ 告白






「華ちゃ〜ん、お帰りなさ〜い。お風呂にする? それとも、とりあえずくつろいじゃう?」

 家に帰ると、まるで新婚さんの若奥様みたいな出迎えをする優吾。
 彼は、華が帰ってくるまでよっぽど暇だったのか、嬉しそうに周りをウロチョロしている。

「ん〜、とりあえず、くつろいじゃう」
「・・・・・・あれ? 何か・・・元気ないね、どうしたの? 楽しくなかったの?」
「・・・そんなことない、よ」


 楽しいとか、楽しくないのレベルではなかった。
 今は頭の中がぱんぱんで、消化不良を起こした気分だ。
 食事も御馳走になったけど、お抱えの一流シェフの作ったフランス料理は、おいしいに決まっているのに、正直に言って味なんて殆どおぼえてない・・・

「華ちゃん、アイス食べる?」

 聞いておきながら、華が”食べる”と言うと思ったのか、二人分のアイスをガラスの皿に綺麗に盛りつけて持ってきた。
 華は、差し出された皿を受け取り、アイスを一口頬張る。


「・・・おいしいね」

 しみじみ感じるよ。
 私は、パパのくれたものの方が、何よりも美味しいって思うんだ・・・




 いやだ


 いやだよ、コワイよパパ



 心が叫んでる、とまらなくなっちゃう・・・





 コロン、

 と華の瞳から大粒の雫がこぼれ落ちた。





 絶対に喋らないと思う一方で、心の方では許容範囲を超えていて、感情のセーブが出来なくなっていく・・・

 どんどん心が弱くなっていく・・・





「・・・うっく・・・うぅ・・・・・・」
「は、華ちゃん!? どうしたの? あぁっ、ティッシュティッシュ」

 優吾は大慌てで、ティッシュを箱で用意して、華に差し出す。
 しかし華はそれを受け取らずに、変わりに優吾に抱きついた。
 『離れたくない』と言う気持ちで、心が押し潰されそうになりながら。


 優吾は一瞬戸惑ったような表情を見せたものの、華の背中に腕をまわし、優しく頭を撫でた。

 それは、子供をあやすような仕草で・・・


 いつまでも、永遠に変わらない関係。



 そんな優吾の行動が、今日は苛立たしくて仕方がない。
 イライラして、もどかしくて、悔しくて・・・

 いつもいつも苦しいのは私だけだ


「華ちゃん?」

 名前を呼ばれた瞬間、華は優吾の胸を強く押し、その反動で仰向けに倒れ込んだ彼の上にのしかかった。
 現状を理解できていない優吾は、きょとんとした顔で上にいる華を見ているだけだ。

「華ちゃ・・・」
「パパは知らないでしょ、ホントは私が頭の中で何を考えてるかなんてっ」
「・・・え・・・」
「こんな風に・・・っ、したいなんて知らなかったでしょ!?」

 ぼろぼろと涙を流しながら、自分の唇を優吾のそれに押しつける。
 優吾は驚き、慌てて華の肩を掴み、それを止めさせた。
 間近で見る華の表情は、苦しそうで、見ている方が辛くなるほどだった。

「・・・っく」
「なにか、あったの?」



 ナニカ、アッタノ?


 何もないよ



 何もない・・・?

 ううん、たくさんあった、
 いっぱい、



 でも、何もない、




 パパと私には、何もない・・・






 壊したくないと思う反面、壊してしまいたいという衝動

 華の中で、そのバランスが完全に崩れてしまっていた。




「本物の親子じゃないからいいんだもんっ!!」








 ・・・・・・壊したくないと思っていたのは自分だったのに。



「・・・なんっ、何でっ!? 誰がそれを・・一体いつからっ!?」

 目を見開いて自分の肩を強く掴み、問いただす優吾。
 けれど、それがどうしたというのだろう?
 もうわからない、何もわからなくなってしまった。

「そんなこと、誰だっていい!! ずっと前から知ってたもん! ずっとパパを男の人って見てたんだもん!!」

 華は、再び優吾にキスをして、抱きついた。

 ずっと好きだった!
 大好きで、どうしようもないくらい、好きで好きで・・・

 私には、パパしか要らない!!!




「パパが好きっ!!!」



「・・・っ!?」











 ───それから暫く、華は手をつけられないような状態だった。


 一時的なヒステリックを起こしたような感じで、感情のままに支離滅裂な言葉を口に出し、自分で自分をコントロール出来ないようだった。

 それを理解した優吾は、その間、華のしたいようにさせていた。


 キスをすることも、泣きじゃくりながら抱きついてくる腕も。








 幾ばくかの時間が流れ、

 華の腕は、いまだに抱きついたまま離しはしないものの、随分と落ち着いてきたようだった。
 優吾は少し安心したように息を吐き、自分の腕を華の背中に回して優しく抱きしめた。

 それから、彼女の耳の側で言い聞かせるように囁きかける。


「華ちゃんのその気持ちは、大切なものだけれど、・・・それは、僕がいつも一緒だったから、錯覚しちゃったんじゃないかな。きっと、本当に好きな男の人が現れたとき、それがわかると思うよ・・・・・・」



「・・・っ」




 まるで、通じていない。

 悲しいくらい、自分の気持ちは受け入れてもらえない。



 華は、全身が冷たくなるような感覚がして、優吾から体を離し、そのまま自分の部屋へと駆け込み、閉じこもってしまった。
 鍵をかけ、扉越しに何かを言っている優吾の言葉など聞きたくなくて、ずっと耳を塞いでいた・・・



 壊してしまった後の現実は想像できていたはずだった

 こうなることは、わかっていたのに



 耳を塞ぐ腕はガタガタと震えて、とまらない











 一方、部屋に入れてもらえない優吾は、落ち込んだような表情でがっくりと項垂れていた。
 そのままドアの前に座り込むと、グッと音がするほど強く手を握りしめた。



「・・・僕なんか、選んじゃダメだよ・・・」


 頭をかきむしり、「くそっ」と呟く姿はいつもの彼ではなかった・・・




第6話へ続く


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