パパに告白してから、私は開き直ることにした。
前より沢山抱きつくようになって、
おはようと、おかえりなさいと、おやすみにパパの口にキスをする。
パパは・・・
その度にとっても困ったような顔をして沈黙してしまう。
私の気持ちがニセモノだなんて言うからいけないんだ。
ホンモノだってわかってもらうまでやめない。
でも、知ってる・・・
こういうのってズルイ。
パパが拒否できないって分かっててやってるんだから
パパは絶対に私を拒絶しない、
そのかわり、受け入れることもしない
それでも・・・・・・離れてしまうより、ずっといい。
私は、幸せなんだ
たぶん・・・・・・
▽ ▽ ▽ ▽
放課後、湯河先輩が教室にやってきた。
あの日から先輩には一度も会ってなかったから、とても久々だ。
それにしても・・・・・・機嫌がいいとは決して言えない表情で。
「昨日の夜聞いたんだけど・・・お前ってさ、イトコなんだって?」
「あ〜・・・うん、そうみたいだねぇ」
先輩は、はぁ〜って息を吐いてから、ふくれっ面をしている。
「分かったのって、もっと前だったらしいじゃん。何で話してくれねぇの?」
「え? だって知ってるものだとばかり思ってたよ」
「・・・・・・知らねぇよ」
どうやら、自分だけカヤの外にいたのが相当気に入らなかったみたいだ。
『オレは機嫌が悪いんだ』オーラを沢山出している。
「先輩の家って財閥なんだねぇ、何でこの学校でそれがウワサにならないんだろ???」
それは、宗一郎とジュリアが住む屋敷に行った後から、ずっと疑問だったことだ。
怜二が飯島グループの御曹司だということは、とても有名だったらしいし、とにかくこの学校は金持ちと言う肩書きにとても敏感なのだ。
だから、あの湯河の血をひくあおいが、そういう意味で有名じゃないのは不思議だった。
「・・・あ〜・・・、オレの両親、父親の方、養子なんだ。父親が湯河の人間じゃないってのは、後継者としては相当難しいらしい・・・だから、ウチ自体は湯河の会社を何個か取り仕切ったりしているけど、数多くいる後継者候補の一角だし、騒ぐほどのことじゃないだろ? そんなこと、言う必要もねぇことだし」
「そ、っかぁ・・・」
「お前だって、飯島グループの人間ですなんて、言いふらして歩くか? 飯島怜二の場合は、どうなんだかしらねぇけど。相当有名だったし」
「怜くん? 怜くんは言いふらしたりする人じゃないよぉ?」
「フンッ、どうだかな・・・」
あおいは、更に不機嫌な顔をして、むすっとしている。
華でも、彼が怜二のことをあまり良く思っていないと言うことは何となく分かった。
勿論、その理由なんてわからないけれど・・・
「先輩ってさぁ、結構感情豊かだよねぇ」
「うっせー、それより先輩ってのやめろよ。前からお前に先輩って言われるのに抵抗があったし、イトコなら余計変だろ」
「・・・う〜ん、じゃ、”あおちゃん”でいい?」
あおいは、一瞬身体が硬直して、次にとてもイヤそうな顔で拒否をする。
「よくねぇ・・・お前なぁ、あおちゃんはひでーぞ?」
「あおちゃんこそ、”お前”はヒドイ。私、華って名前あるのに」
どうやら華の中で、あおちゃんは既に決定事項らしく、訂正する意志が全くないようだった。
あおいは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした後、諦めたように溜息を吐く。
「んじゃ、”華坊”」
「やだ〜〜〜っ、男の子じゃないのに!! 華でいいよっ!」
「・・・・・・ハイハイ・・・華ね。・・・お前って絶対ワガママだろう」
それでも、あおいはそんな華がイヤではないようだった。
彼は、嫌いな人間には喋りかけることすらしない。
話しかけられても、無表情・無口を徹底的に貫く。
もともと、彼が気に入るような人間自体が稀少であった。
「それにしても・・・イトコって・・・・・・似てねぇなぁ」
あおいの言うとおり、イトコという割に二人は全然似ていない。
もしかしたら、足の爪の形が似ている、とかそう言うことはあるかもしれないが、顔かたちの面では血の繋がりなど想像できなかった。
彼やまりえは、祖母のジュリアに似たのだろうし、華の母親である百合絵も間違いなく彼女に似たのだろう。
だが、華はジュリアにも、祖父の宗一郎にも似ていない。
「・・・・・・もしかしたら、ホントのパパってヒトに似てるのかな・・・」
「・・・ふ〜ん、それはそれで男としては同情するな」
「何で?」
「だって、そしたらお前の本当の父親って、おもちゃみたいじゃん? 男でそれはなぁ・・・」
「ヒド〜イ、私おもちゃみたいなのぉ!?」
華は、頬を膨らませてあおいを睨む。
「いや、なんつぅか・・・」
だが、あおいは、そんなつもりで言ったのではなかった。
正直に言うと、おもちゃではなく、人形のようなと言いたかったのだ。
口の悪さが災いしたらしい。
実際に、華は背が小さく、くるくる変わる表情など、愛らしい人形のようだった。
そんな華の父親が同じような顔をしていたら、”男としてかわいそうだ”と思うのも無理はない。
「いーもん・・・どーせ子供っぽいよ。ど〜せあおちゃんより、キレイじゃないしね〜」
「何でそこでオレが出てくるんだ?」
「別にぃ・・・私は今、大人の女性に憧れてるトコなの。フェロモンいっぱいのダイナマイトバディなら、パパだってクラッときちゃうのになぁ・・・」
それを聞いたあおいは、『ぶはっ』と吹き出し、大爆笑している。
一方本気で言った華は、益々拗ねてしまった。
「おもしれ〜ヤツだなぁ、無いものに憧れたって仕方ねーじゃん」
「・・・無いから憧れるんだもん」
「あぁ、そっか。・・・でも、そんなもん全部の男が好きとは限らねぇだろ」
「そうなの? あおちゃんは?」
「・・・オレは、普通でイイ」
「ふぅん」
普通。
普通とは一体何を指すのか、よく分からなかったが、とりあえずフェロモンいっぱいのダイナマイトバディが必ずしもイイ、と言うわけでもないことは分かった。
「まぁ、元気出せよ。オレはもう部活行くし」
「あ、うん」
「じゃ、気をつけて帰れよ」
「ありがと、バイバイ」
不思議な感じだ。
あおいと話すとスッキリする。
落ち込んでいた気持ちが少しだけ前向きになっていて、心が軽くなった。
「さ、帰ろっかな」
と、そのまま笑顔で教室を出ようとしたとき、
一体今までどこに隠れていたのか、数人の女生徒が彼女の前に立ちはだかった。
きょとんと、彼女たちを見ていると、その女生徒達は一様に華に対して厳しい目つきで睨んでいる。
学年章を見ると3年生で、あおいと同学年の生徒らしい。
「アンタさ、調子こいて湯河クンにベタベタしてんじゃないわよ」
「どうやって取り入ったんだか知らないけど、これ以上目立つ行動したら赦さないから」
「・・・・・・はぁ・・・」
この人達は、一体何者なんだろう?
もしかして、沙耶が言ってた『湯河あおいを陰で応援する会』とか言う、怪しい団体さんかもしれない。
表だってきゃあきゃあと騒ぐと、そういうことの大嫌いなあおいの印象を悪くするらしく、それでも彼の知らないところで随分騒がれているようだった。
怜二のいなくなった穴を、あおいで埋めているという話も聞いたことがある。
どちらにしても、あまり関わりたくない人たちだった。
彼女たちはその後も何やら色々と言っていたが、華にはその殆どが理解不能だった。
そして、言いたいことだけ言って去っていく後ろ姿を、呆然と見つめていることしかできず、その後暫くして、自分があおいと話していたことによって、色々なヒトの気持ちを過剰に刺激してしまったらしいと理解すると、華は小さく溜息を吐いた。
何か・・・あおちゃんとは、あまり仲良くするのダメなんだ・・・
あおいと別れたときとは、全く違う暗い気持ちになり、今度こそ帰ることにした。
▽ ▽ ▽ ▽
とぼとぼと歩き、昇降口まで出ると、何やら人だかりが目に入る。
それも、女生徒の人だかりだ。
なんだろう、と思いつつ、今はそれを確認する元気もないので、その場をよけつつ素通りすることにした。
「華、何で通り過ぎるんだよっ」
「へ?」
人だかりの向こうから、男の人の声がして、しかも自分を呼んでいる。
華にはその声に聞き覚えがあった。
「怜くん!?」
「そうだよ」
女生徒の間を平然とした顔で抜け出し、華の目の前にやってくる人物は、怜二だった。
怜二は3月にこの学校を卒業したばかりなので、現在の2年生と3年生は彼のことを知っている。
現在、付属の大学に通っている怜二とは、この高校と同じ敷地に大学が入っているので、会おうと思えばすぐに会える距離なのだ。
ただ、そう言うことをしている生徒は中にはいるのかもしれないが、実際はあまり見かけない。
1年生の華でさえ、怜二の噂を聞くくらいなのだから相当有名人だと言うことは分かる。
こんな場所で華を待っていた彼を見て、一斉に後輩達が取り囲み、キャーキャー言われていたらしかった。
「せんぱ〜い、もう行っちゃうんですか〜?」
「その子、何なんですかぁ!?」
四方から飛び交う質問にウンザリした顔一つせず、怜二はにっこり笑う。
「コレ、オレの姪なの。守ってやってね」
ヒラヒラと手を振って、怜二は華の手を取り、歩き出した。
今のセリフは絶大な効果を持って、後々の華を助けることになるのだが、今の段階ではそれを知る由もない。
「怜くん、大人気だねぇ」
華は噂だけは知っていたが、現実の今の状況を見て感心したように怜二を見つめる。
「冗談じゃない、あんな頭悪い女共願い下げだ」
「・・・・・・」
でた、怜くんの二重人格。
殆ど全てのヒトにニコニコと対応してるくせに、華と二人になると、本音がでる。
さっきの笑みは何!? と言いたくなるくらい、それらは辛辣で容赦なかった。
優吾だって誰ともにこやかに接するが、怜二とは違い、そのどれもが本当に楽しそうだ。
こういうトコが、パパと大違い
怜二の本音を見るたびに華はそう思うのだった。
「ねぇ、何か話があるの?」
無言で歩き続ける怜二に、少しだけコワイと感じるオーラが混じっているような気がする。
「・・・華、何でオレに相談しなかった?」
「え?」
「まりえさんから、聞いたんだよ」
「・・・・・・あ・・・」
怜二はジロリ、と華を見て、不服そうに片眉をつり上げている。
コワイ・・・
「・・・ごめん、ね」
「華、オレはな、まりえさんと華が初めて会った日から何となく気づいてたんだぞ!?」
え?
へぇ?
「はぁぁぁ!? 何でぇ!?」
「まりえさんに片思いしてる間の8年間、オレが調べた彼女の家の資料に百合絵って言う人間がいて、失踪していたことは知ってたから」
「・・・・・・・・・」
「華の母親と名前が一緒だな、くらいしか考えてなかったし、写真だって見たことなかったから今まで気づかなかった。
だから、華がまりえさんを見たときに”ママ”って呼んだのを見て、あれ? って思ってたんだよ」
そういえば、怜くんはあの時何か考えているような仕草をしていた気がする・・・
───それに、
・・・・・・そう、そうなのだ。
怜くんって、まりえさんとつき合うまでの片思い8年の間、彼女について色々と陰で調べていたみたいだった・・・
その熱の入れようは大変なもので、普段の怜くんからは想像出来ないほどだったことを私は知っている。
それを見て、危険なヒトを身内に持ってしまったと思ってたっけ。
まさか、そんな事まで調べ上げていたとは驚きだ・・・
怜くんって、やっぱ危険人物。
けど、怜くんなりに心配して、ここまで来てくれたんだ・・・
「・・・・・・怜くんは、どう思った?」
「ん?」
「私が、湯河の人間だって知って」
怜二は、少し考えるように空を見上げる。
「・・・華は、華だよ。何も変わらないだろ?」
スゴイ、優しい顔・・・
怜二のそんな顔は、今の華の涙腺をおかしくするのに充分で。
自然と、ポロポロと涙が頬を伝う。
「ちがう、・・・私、変わった・・・パパにヒドイことしてる」
「?」
「私・・・ね・・・」
「・・・・・・湯河の家に行って、ホントの話を聞いた夜、パパに・・・・・・告白・・・したの」
「えっ!?」
「パパを、押し倒して・・・キスして・・・でも、受け入れてもらえないから悔しくて・・・・・・パパが困ってるのに、私・・・」
「華・・・」
「ねぇ、怜くん。パパが好きだよ、どうしよう・・・どうしようっ」
泣きじゃくる華を見て、怜二は辛そうに顔を歪めた。
怜二にとって、この無邪気な存在はとても可愛かったから。
だが、優吾の気持ちなど、怜二には分からず、どうすることもできない。
それはわかっているのだが・・・・・・
「・・・もしも、優兄が華を拒絶したら、オレが許さないから」
「怜くん」
「な?」
「・・・うん」
嬉しそうに笑う華の姿に、怜二は少しだけほっとした。
「さて、今日は特別に家まで送ってやるよ。だから元気出してな?」
「ん」
今日は、よく”元気出して”と言われる日だ。
そうだ、元気出さなきゃね。
それで、パパとも、もう一度ちゃんと話し合わなきゃ。
今のままじゃ、自分の気持ちを押しつけているだけだよね。
第7話へ続く
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