『ラブリィ・ダーリン2』

○最終話○ Dear darling(前編)







 翌朝、眠い目を擦りながらパンを頬張る華の様子を、頬杖をつきじっと見つめながら、優吾は何やら考え込んでいた。
 華は特に気にする事もなかったが、優吾は珈琲に砂糖とミルクを適量入れると、天井を見上げながら口に流し込み、再び華に向き直った。


「・・・・・・ね、華ちゃん」
「ん〜」
「やっぱり実家には挨拶に行った方がいいよね」
「ん〜?」

 実家?
 おじいちゃんとおばあちゃんに何か言うことあったっけ?

「既成事実を作ってからじゃあんまりだよね。ここは一つ正直に・・・」
「・・・何の話?」
「ん、だから、僕たちの事、お父さんとお母さんにはちゃんと言わなきゃって話」
「あ・・・・・・・・・・・・」

 そう・・・か・・・・・・

 いくらなんでも隠し通せるもんじゃない。
 けど、既成事実って・・・まぁ、確かにね。

「なんて言われるかな?」
「う〜ん、沢山殴られるだろうね・・・」
「えっ!?」
「会社もクビかもしれないし、それどころか勘当されるかも」
「えぇ!?」

 『きっとそうだな』なんて言いながら何度も頷いている優吾。

 だけど、ソレってスゴク大変な事じゃ・・・


「あ、大丈夫だよ? そんなに心配しなくても」
「大丈夫じゃないって、パパ路頭に迷っちゃうもん」
「そうだねぇ・・・暫くは旅行にでも行こうか」

 何をそんな悠長な・・・

「パパ・・・勘当ってさ、それって・・・」
「うん、でも、自分の口でちゃんと言わないとね。大事なことほど大切な人には話さなきゃいけないんだよ」
「う、うん」

 でも・・・多分スゴク揉めると思う。
 どうなっちゃうのか想像できないよ。

「・・・いつ言うの?」
「いつでも、今日でもいいし」
「・・・う〜〜ん、善は急げってこと?」
「かな?」

 不安だよ。
 ・・・だけど、パパがあんまりにものんびりしてるから・・・
 私も少しずつそれに引きずられちゃう。

 それって、良いんだか悪いんだか、わかんないけど。


「あ・・・っと、学校遅れちゃうっ!」
「送っていこうか?」
「大丈夫、まだ歩いても間に合うからっ!」
「じゃあ今夜時間を空けて貰うように話しておくから」
「うんっ、いってきます!」
「いってらっしゃ〜い♪」


 なんとか・・・なる、のかな・・・?
 ・・・ならない・・・よね、フツウは。


 祖父母がどう反応するのか、自分たちがどうなるのか予想もつかない。
 だけど、


 引き離されるのだけは、もう二度とイヤだ


 それだけは強く思いながら、華は慌てて学校へと足を急がせた。










▽  ▽  ▽  ▽


「ねぇ、沙耶、赤ちゃんって何歳くらいで産みたいって思う?」

 1時間目の休み時間、華の突然の質問に少々面食らいながら、そこはそれ、彼女に合わせようと、沙耶はう〜んと考えを巡らせた。

「考えたことない・・・かも。でも、環境が整えばいつでもいいんじゃない?」
「環境?」
「そう、一緒に生活して、お互い欲しいって思った頃」
「ふぅん」

 それは言えてるよね。
 どっちかだけ欲しくたって意味ないもん。

「あと・・・周りの人間に見守られてたりしたら文句なしかな」
「・・・そっ・・・か」

 やっぱり、祖父母には認めて貰わなくてはいけないのだろうか。
 彼らがおめでとうと言ってくれる姿なんて、ほんの少しだって想像できないと言うのに。


 言わないことには始まらない、それはわかるけど。
 ・・・・・・おじいちゃんとおばあちゃんが認めてくれるなんて、そんなの・・・・・・・・・













 ───その日の放課後、

 校門の前に見慣れた姿が一人ならず二人も佇み、華を待ち構えていた。
 華は二人に気がつくとパッと顔を輝かせ、小走りに二人の元へと駆け寄った。



「怜くんっ、秀一伯父さん!」

「待ってたぞ。じゃあ行こうか」
「華、早く乗りな」

 二人とも華が側まで来ると、間を置かず車に乗るよう促す。
 華は、促されるままに何となく車に乗り込んだ。

 が、そこでハタと気がついた。
 何で普通に乗り込んでしまったのかと。


「え・・・って、どこ行くの?」
「実家だ。優吾も多分同じくらいの時間に着くだろう」
「・・・えぇ!? もしかして今日の事知って・・・? なんでぇ!?」
「優兄に聞いたからに決まってるじゃん」
「だ、だって、秀一伯父さん、仕事は? 怜くんだって」
「「そんなのは後回しだ」」


 ・・・こういう時、妙に団結力の強い飯島兄弟は、仲がよいと言うべきなんだろう。

 それよりも、華にとっては秀一が自分たちの事を既に知っているという事の方が驚きだった。
 優吾が言った事に間違いないだろうが、こんな事を許す筈がないだろうと思われる中の1人だった秀一が、こうして何も言わずにいる事に驚かざるを得ない。

 一体どうやって話を切りだしたのか。
 そして、どのように秀一が納得したのか、不思議でならなかった。



 と、

 後部座席に座っている怜二が、突然思いたったように華に話しかけてきた。

「華、まずは父さんを攻めろ。母さんは父さんの言うことなら絶対だし。何が何でも父さんの情に訴えるんだからな!」
「・・・って言われてもぉ・・・」
「だいじょ〜ぶ!!! 父さん華の涙には弱いんだから! 泣き落としだからな、それで一気に攻めれば敵は陥落間違いなしだぞ!」

 敵って・・・怜くん間違ってるよ。

「しかし、優吾も思いきったものだな。朝出社した途端に社長室に飛び込んできて『決めたから』なんて・・・アイツは一度決めたら絶対に譲らないんだ、ああ見えて結構頑固なんだよ」
「そうそう、特に華のことになるとね」

 二人してそんな事言ってるが、譲らないとか頑固だとか、ハッキリ言って皆いい勝負だと思う。
 とりあえず余計な事は言うまいと口を閉ざした華だったが、こうして迎えに来てくれた二人の気持ちに密かに感謝した。

 だけど、この後の事を考えてしまうと、どうしても顔が強張ってしまう。


 決して笑って済ませられない事だとわかっているから───







中編へつづく


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