「ねぇ、華ちゃん。明日・・・日曜日さ、一緒に行きたいところがあるんだけど」
優吾がそんなことを言い出したのは、かなり遅い朝食を食べ終えた後だった。
「・・・うん? どこ?」
「・・・・・・ん・・・由比の・・・華ちゃんのホントのパパのお墓」
「え?」
ホントの・・・パパの・・・お墓に行くの?
え? え?
「ど、・・・どうして?」
「華ちゃんが行きたくないならいいんだ」
「そっ、そんなことない、けど・・・・・・」
華にとって母親の事だけはかろうじて話に聞いていたし、写真も残っているから『存在した』という程度の認識はある。
それでも母親でさえ、会ったことのない彼女にはよく分からない存在だった。
しかも、その上『本当のパパ』と言われても、実際の所、父親を慕う気持ち以上に好きだとしても、華にとって父親という存在は目の前にいる優吾なのだ。
───実の父親の話を聞いても、会いたいとは正直思ったことはなかった。
困惑したまま俯いてしまう様子を、優吾は暫く黙って見つめていた。
だが、
「華ちゃん、行ってみない?」
「・・・う・・・ん」
複雑な気持ちはある。
でも、行ってみるくらい・・・
大したことじゃないし・・・・・・
そう思って小さく頷いたのだった───
▽ ▽ ▽ ▽
翌日、優吾はしっかり早起きして、お弁当まで作り、準備万端で8時には家を出発した。
彼の話によると、家からその場所までは高速を通っても車で3時間はかかるらしい。
向こうに着くのが大体お昼だからということで、お弁当持参にしたようだ。
だが、逆にそれがピクニックのようで拍子抜けしてしまい、むしろ華を楽しい気分にさせた。
「ねぇ、何で今日行こうって思ったの?」
華がこんな事を疑問に思うのも当然の話だった。
優吾は高速を軽快に飛ばしながらチラッと華を見て、楽しそうに笑う。
「ん〜、ちょっと由比と話したくなったんだよね」
「・・・・・・ふぅん」
全然質問の答えになってないと思うけど・・・
ま、いいか。
湿っぽくお墓参りするよりも、彼にとっては久々に親友に会いに行くといった気持ちの方がよっぽどいいのだろう。
きっと、ホントのパパだって・・・
そう思い直し、二人は道中楽しげに歌を歌いながら目的地へ向かっていった。
▽ ▽ ▽ ▽
『日向家之墓』
そう彫られた墓石の前で、もう何分もしゃがみ込んだまま動かない優吾。
彼は懐かしそうな顔をしながら、ちょっとだけ寂しそうに微笑んでいる。
何となく話しかける事が出来なかった。
彼が今、目の前で二度と喋ることのない親友に何かを語りかけているのだと思ったから───
親友・・・・・・
つまり、大切な人が死んじゃうってこと。
それって、どんな気持ちなんだろう。
私にとって親友って呼べるのって沙耶くらい。
大切な人っていったら、怜くんとか、まりえさん、それにあおちゃんにおじいちゃんおばあちゃん・・・
えっと・・・たくさんいるけど、後は・・・考えたくないけど、パパがいなくなっちゃうっていうことだよね。
その時私はどうなっちゃうんだろう。
とても想像出来ない。
けど、パパには実際に起こったんだ。
その時どうだったんだろう。
たくさん泣いたのかな。
でも、
実はパパの泣き顔なんて殆ど見たことがない。
うるうると目を潤ませているなんてのはよく見る光景だけど。
「あれ、誰か人がいる」
暫くお墓の前に立っていると、向こうの方から声が聞こえてきて、2人ともその声の方に振り向いた。
やって来たのは四十代前半くらいの男性と、華より少し年上かと思われる青年。
恐らく親子だろうが、彼らは2人のいる場所に真っ直ぐやって来た。
「ウチの仏さんの知り合いか何かでしょうか?」
男性が穏やかに微笑んで優吾に話しかけてきた。
だが、優吾はなぜか男性ではなく青年の方に視線を向けたまま小さく震えていた。
まるで目が逸らせないとでも言うように。
「ん・・・? あれ? オマエ、優吾じゃないか?」
「・・・え?」
突然自分の名前を呼ばれて驚いた優吾は、そこでやっと男性に視線を移して『あっ!』と小さく叫んだ。
「カズ兄ちゃん!」
「やっぱ優吾か!!! オマエなんだよっ、全然変わらないじゃないかっ、一体いくつになった? って由比と同い年だから・・・今、35か?」
「うん、そう。カズ兄ちゃんは老けたね〜」
「当たり前だ。にしてもオマエ、今何やってるんだ?」
「ん、会社手伝ってる」
「・・・あ、そうか。そうだよな、今や世界に羽ばたく飯島グループだもんなぁ」
2人はとても仲良さげで。
昔の知り合いというやつだろうか。
何となくその様子を眺めていた華だったが、
不意に強い視線を感じた。
青年が華をジッと見ていたのだ。
華がその視線に気付いても、全く目を逸らすことなく。
何だか居心地が悪い・・・
「このカワイイ子はなんだ?」
少し戸惑っていると、その”カズ兄ちゃん”が華を見ながら、人懐こい笑みを浮かべて話をふってきた。
「僕の娘なんだ。華ちゃんっていうの」
「ハ、ハジメマシテ」
ペコリとお辞儀して挨拶をする。
「・・・・・・・・・」
しかし、何の返事もない・・
どうしたんだろうと思い、”カズ兄ちゃん”をチラッと見てみた。
と、
彼は目がなくなってしまうくらい顔を崩して笑っていて、しかもプルプル震えている。
「か、可愛いなぁっ! お持ち帰りしたくなっちゃったよ!!!」
「カズ兄ちゃんっ、なんて事言うの!? 華ちゃんは誰にもあげないからね!!!!」
優吾は彼の言葉を本気にしたのかどうなのか、『ぜ〜ったい、ダメ!』などと言いながら華をギュウギュウ抱きしめて威嚇している。
その様子のすさまじさに彼も益々楽しそうに笑って、
「ウンウン、オマエ変わってなくていいなぁっ! 安心しな、ウチにもこんな娘が欲しかったって意味なんだから」
バンバンバンッと目尻に涙を溜めながら優吾の肩を思いっきり叩く。
優吾の方は、彼の言葉にパッと顔が輝いて、ふにゃあっと目尻が垂れ下がった。
「でしょ? 華ちゃんカワイイよね〜」
「あっはっはっ、すっかり親バカだなぁ」
「そう、自他共に認める超親バカなの。ところで・・・・・・そろそろカズ兄ちゃんの方も紹介してよ」
「あ、そうだったな、これが息子のヒカル。大学二年の19歳だ。そんで、俺が一家の大黒柱で日向和浩(ひなた かずひろ)。そこで眠っている日向由比の兄でもある」
「あはは、こんにちわ。へぇ、ヒカルくんって言うんだ・・・・・・」
言いながら優吾は何か言いたそうにその、ヒカルを見つめる。
和浩は優吾の視線に何かを察したのか、少しだけ真面目な顔になり、ちょっと微笑んだ。
すると、今まで黙ってたヒカルが、ふん、と鼻で笑い、初めて口を開いた。
「似てるって言いたいんでしょ? いいよ、遠慮しなくて。その墓の主のことは耳にタコが出来るくらい聞かされてきたしさ」
「おい、ヒカル」
「大体さぁ、何で会ったことのない人間の命日に毎年毎年オレまで墓参りなわけ? 似てるってだけじゃん」
「こらっ」
「オレに死人をダブらせたって、ソイツじゃないんだからさ。期待に添えなくて悪いけど」
「ヒカル! そんなことを言うもんじゃない!」
ヒカルはそれきりそっぽを向いて、不機嫌そうに黙り込んでしまった。
華は何だかよく分からないこの状況に反応することも出来ず、優吾と和浩が複雑そうな表情を浮かべるのを、黙って見ていることしかできなかった。
中編につづく
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