「華ちゃん、遅かったじゃないかぁっ、心配したよぉっ!」
戻った途端ぎゅむぎゅむと華を抱きしめ、優吾は頬ずりを繰り返した。
彼は普段とても穏やかなのに、華のことになると冷静でいられなくなる所がある。
今も、和浩やヒカルが見ていることなど、どうでもいいようだった。
直ぐに帰ってくると思っていたのに、一時間経っても帰ってこなかった為、心配した彼は、次第に落ち着きがなくなり、人の家だというのにウロウロ歩き回って、それでも足らなくなった為に、外に出て門の前でも行ったり来たり。
和浩が家の中で待っていればいいじゃないかと諭していたが、そんな言葉は全く耳に入らず。
結局、華とヒカルの姿が見えるまで、優吾は不審者の如く他人の家の前をぐるぐると巡回していたのだった。
「あんっ、パパぁ〜、ほんの二時間くらいだよぉ?」
「僕にとっては一日くらい会えなかった気分だよ」
そう。
二人が散歩にでていたのは二時間程度。
しかし、優吾にとっては時間が問題ではなく、華にとって見知らぬ土地なのに、自分の目の届く範囲にいなくなってしまったということが何よりも不安だったようだ。
「オイオイ優吾。たった二時間くらいでそんなになって・・・オマエ、子離れする気とか全然ないだろ〜。そんなにベタベタしてたら華ちゃん恋人作れないじゃないか。いたとしても紹介出来ないぞ?」
和浩は、つい先程から今に至るまでの優吾を思い出し、苦笑する。
小さな子供ならともかく、もう高3になるのにあれでは華も大変だろうと密かに思った。
「・・・・・・・・・恋人?」
きょとんとした顔で、和浩を見返し、首を傾げる優吾。
「そうだよ。いずれお嫁にも行っちゃうんだぞ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・なんてな、今から脅しをかけてもカワイソウだけど、まぁ、それが自然だろ?」
「・・・・・・お嫁、さん・・・」
再びポカンとした顔で和浩の言葉をワンテンポ遅れて反芻する。
やがて、自分の中で彼の言葉を消化し終わると、優吾は何故かとても嬉しそうに微笑んだ。
まさかそこでそんな顔を見せるとは思わなかった和浩も華も、更にはヒカルもちょっと驚く。
「あぁ、華ちゃんは僕のお嫁さんになってくれるんだって。他の誰にもやらないから心配しないでね」
ニコッと愛嬌たっぷりに微笑み、もう一度華をギュウッと抱きしめる。
「パッ、パパ!?」
華の方は優吾のとんでもない言葉に心臓が飛び出るくらい驚いた。
だって。
とんでもないに決まってる。
二人の事は誰にも秘密のはずなのに・・・僕のお嫁さんって!!
「何言い出すの、パパッ!!!」
「ん?」
「そんなの言ったら・・・」
「え〜? いいじゃない。それに、結構みんなの前で言っちゃってるよ?」
「だっ、誰に!?!?!?」
「ん〜、秀一くんとか、怜クンとか・・・後は、会社のヒトたち♪」
・・・・・・・・・・・・うそ。
パパは、何を考えているんだろうか・・・・・・
そんな、そんなことを堂々と喋っちゃうなんて。
「あっはっはっはっはっ」
と、
そこで、和浩の豪快な笑い声が響いた。
「そうかそうか。華ちゃんは優吾のお嫁さんになるのか〜。イヤ、わかったわかった。そういうことにしておこうな! あ〜、オマエ相変わらず面白いなぁ、ウンウン」
・・・へ?
「カズ兄ちゃんわかってるね〜」
「あっはっはっはっ、式には呼んでくれよ〜」
「ウンっ、勿論だよ〜」
あはははって二人して・・・・・・
・・・・・・って、
もしかして。
カズ兄ちゃん、信じてない!?!?!?
二人は既に別の話に移ってすっかり盛り上がっている。
しかし、冷静に考えてみれば当然の事だった。
細かい事情を知らない和浩がそんな話を鵜呑みにするわけがない。
単純に親バカの戯言。
そう解釈するのが自然に決まっている。
「・・・・・・・・・なんだ」
ホッと胸をなで下ろし、ビクビクしていた自分がバカらしくなってくる。
きっと優吾はそういうことも全て見越して喋っているのだ。
そう思うと少し寂しい気もするけど、もう二度と離ればなれになりたくない。
それに、彼らとはもうそんなに会うことも無いだろうし、もしかしたら二度と会うこともないのかもしれない。
だから、そんなに過敏に反応する必要もないのかもしれない。
そうこうしているうちに、すっかり暗くなってきて、そろそろ帰らないと明日に響いてしまうという時刻になってしまった。
華も優吾も明日は平常通りに仕事や学校がある。
「今度来るときは前もって連絡くれよ。ウチに泊まってゆっくりすればいいさ」
「そうだね、ありがとう」
「じゃあ、元気で。また来いよ」
「うん、ばいばい」
二人は挨拶を済ませ、帰ることにした。
その間、ヒカルの姿はなく、華はさよならが言えなかった為、少し寂しい気持ちになったが、和浩にその分たくさん別れの挨拶を言っておいた。
「じゃ、かえろっか」
「ん」
優吾の車に乗り込み、エンジンがかかる。
と、同時に『コンコン』とウィンドゥを叩く音。
外を見ると、『窓をあけて』と合図を出しているヒカルがいた。
「ヒカルくん」
「もう帰るんだ」
「ん、今までどこ行ってたの?」
「オレも色々忙しいんだよ」
「ふぅん」
「じゃ、気をつけて帰れよ」
「ウン、ばいばい」
「あぁ」
ヒカルは軽く相槌を打つと、優吾に視線を向け、小さくお辞儀をして車から離れた。
二人の乗った車はゆっくりと走り出し、やがて見えなくなり、エンジン音も聞こえなくなった。
その場で佇んだままだったヒカルは、車の消えていった方向を見据え、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「また、な」
▽ ▽ ▽ ▽
「ねぇ、パパ」
「ん〜?」
運転している優吾の横顔を見ながら、ちょっとだけ不服そうに話しかける。
「やっぱりねぇ、あんな事言ったらダメだと思う」
「あんな事って?」
「・・・だから、僕のお嫁さん、とか・・・いくら冗談としか思われなくてもさ・・・」
「あぁ、アレかぁ」
ニコニコして頷いている。
わかってるのかな?
私が言いたいこと。
「それに、怜くんとか秀一伯父さんとか、・・・まぁ、怜くんは知ってるからいいけど、他の人は知らないんだからね!」
「そうだねぇ」
うんうん、って。
・・・・・・パパってどうしてそんなに呑気なんだろう・・・
「パパは大人だから冗談に出来るかもしれないけど、私はドキッとしちゃうんだから。・・・私は、パパが本当にスキだから、ああいうの、冗談に出来ないんだから・・・っ」
・・・やだ。
何か、涙・・・恥ずかしい。
こんなので泣くなんて、子供みたいだ・・・
・・・・・・ヒカルくんにも子供って言われたけど、これじゃホントに子供だよ
「・・・ねぇ、華ちゃん」
優吾は、前を向きながら、顔はやっぱりニコニコして話しかける。
「僕は本気だったんだけどなぁ」
え?
「僕もね、ああいうの冗談にしたくない。・・・って言っても僕の場合、冗談にしかとられないみたいだけどね」
「・・・パパ」
「ん?」
「・・・だって、そんなの言ったら大変なことになっちゃう」
「どうして?」
「離ればなれはもうイヤだよ、だから言ったらダメなんだよ」
優吾はちょっと黙って、ハザードランプを点滅させるとゆっくりと車を停めた。
それから、彼女の前髪を手で掻き上げて、ふわっと微笑む。
「大丈夫。そんなことにはならないよ」
「どうして? そんなの分かんないのに」
「わかるよ」
パパはそんなクイズみたいな事を言ってニコニコしてるけど・・・
どうしてなのかな?
パパは、色んな事不安になったりしないのかな?
なんでいつも穏やかに笑ってられるんだろう?
「泣かないで。笑った方が幸せになれるよ」
───でも
こういうパパといて幸せになれちゃうのも事実。
うん、そうだね。
笑っていよう。
きっと不安なんてどこかに行っちゃう。
パパと一緒にいるんだから、何もコワイことなんてない。
第3話へつづく
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