『ラブリィ・ダーリン2』

○第4話○ 告白1〜兄・秀一の場合〜(その1)







 次の日も、ヒカルは校門の前で華を待っていた。

 彼は華を見つけるとニヤリ、と不敵な笑いを浮かべ、歩み寄ってくる。
 何となく、昨日の極めて直接的で間接的な告白を思い出して赤くなってしまう。


「なに照れてんだよ」
「て、照れてないもん、変なこと言わないで」
「だけどそんな真っ赤な顔じゃ説得力ないぞ?」
「うっ」

 彼は益々嬉しそうに笑って、華の顔を覗き込む。
 そんな事をするから余計こうなってしまうのだけなのに。

 だめだよ、ヒカルくんのペースに乗せられちゃ。

 華は口をキュッと結んで気持ちを落ち着ける。
 そして、言うべき事はちゃんと伝えようと、彼に向き直った。


「・・・あのね、もうここに来ないで欲しいの」

 彼女の言葉にヒカルの眉がピクリ、と動き、怪訝そうな顔になった。

「なんで?」

「・・・す、好きな人いるから」

「・・・」

「だから、ヒカルくんのことは好きにならない」


 それを聞いたヒカルの表情は、先程の楽しそうな顔とは打って変わって硬く強張っている。
 だが、華から目を逸らす事なく真っ直ぐぶつけてくる視線に変わりはなかった。


「オレのこと、キライ?」

「キライじゃないよ。でも、そういう事じゃなくて」

「じゃあオレを好きになる可能性だってある筈だろう?」

「だからね」

「オレ以外に好きな奴がいても知った事じゃない。だから何だって言うんだ? もし、つき合っているヤローがいるんなら奪ってやる」

「やっ、やだよ」

 あまりの言葉に華の声に怯えが混じっている。
 そんな風に激しく返されるなんて夢にも思わなくて、どうしたらいいのかわからなくて恐かった。

 流石に華の反応を見て、少し言い過ぎたか、と思ったヒカルは、それ以上思うままに口にすることを止め、少し間を置いてから悔しそうに呟いた。


「・・・そういう顔すんな、いじめてるみたいじゃん」

「・・・・・・」

「ただ、オレのこと拒絶しないで欲しいってだけだよ」

「拒絶・・・って・・・そういうんじゃ・・・・・・でも、何をどう考えても思い当たらないし、信じられなくて・・・。だって私たちが会ったの、つい最近だよ? いくらなんでもそれは・・・」


 そんなの、信じられるわけがない。
 からかわれてるって思った方が真実味がある。

 華が困惑していると、彼はそこでやっと表情を崩し、小さく笑った後、陽に透けそうな茶色い髪を無造作に掻き上げた。


「まぁ・・・そりゃそうか」


「・・・え?」

「オレのやってること、順番がメチャクチャだもんな」


 お互いを知って、
 仲良くなって、

 少なくともそれから告白というのが普通だろうし。


 そうぼやきながら、しかし、彼は自分のやっている事がしっかり分かっていた。
 ある意味突発的な行動かもしれないが、それは自分を止められずに目的に向かってしまった結果だった。


「・・・オレ、今まで女とつき合ったことないわけじゃないけど、好きだとか、相手に夢中になるとか、そんなんとは全然違ってた。そういうのが欠落してんのかなって思えるくらい、それがどう言うことかよく分からなかった。・・・だから、凄くわかるんだよ。今のオレが普通じゃないって事が」

「・・・・・・」


「オレ、・・・華のこと、気になって仕方ない」


「・・・でも、それは・・・」


 私とヒカルくんの血が繋がってるからじゃないのかな?


 そう思ったけれど、すんでの所で口に出すことをとどめた。
 うっかり本当の事を言ってしまいそうになる。

 けれど、
 その考えは結構当たっているような気がする。

 彼が興味を持ったのは、知らないまでも無意識のうちに見抜いた血の繋がり。
 そういうものなんじゃないだろうか。


「オレは今まで誰かに特別興味を持ったり、何か打ち込めることとか、そういうの、一個も見つけられなかった。・・・周りにテキトーに合わせて、フリだけは随分うまくなったけど」


 誰かに興味を持ったことがない───

 そんなことってあるんだろうか。
 華にはわからなかった。


「だから・・・オレは、一つでもそんなものが見つかったら、どれだけ毎日楽しいだろうって思ってた」


「・・・い、今、は・・・楽しい、の?」


「・・・そんなん・・・聞かなくても分かれよ」


 くしゃ、と頭を撫でられた。
 きっと一生懸命自分の気持ちを言葉にしたんだろう。

 もしかしたら、こんな事を言うのは彼の性格上極めて珍しいことだったのかもしれない。
 言った後の彼はかなり照れくさそうに耳まで真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。



 ・・・どうしたらいいのか、本当にわからなくなってしまった。

 だって、ヒカルの気持ちがわかるのだ。


 自分だってそう。
 優吾といると楽しくて幸せで・・・
 恐らくヒカルもそういうことを言ってるんだろう。

 それに、優吾に気持ちを受け入れられなかった事だってあった。


 ───私はそういう気持ち、知ってる・・・

 好きな人に拒否されることがどれだけ辛くて苦しいことか・・・


 けれど、ヒカルの気持ちを受け入れることも出来ない。
 それには華の気持ちなんて少しも入っていない。
 そんなのは絶対に違う。

 同情以外の何ものでもない。


「でも、無理だよ・・・私、その人がホントに好きなの、・・・だから・・・」


「オレのこと少しも見てないのに? どうして好きにならないって断言出来るんだ?」

「・・・それは・・・だって」

「もっとオレを知ってから言われるんならともかく、今そんな答えをもらっても納得いかない」

「・・・・・・・・・」


 そんな言い方されたらなにも言い返せない。

 だって、私は確かにヒカルくんのこと何にも知らないし。
 知らないで好きにならないって言ってる。

 じゃあ、私、パパが好きなんだって、それを言ったら納得してくれるのかな。
 それともやっぱり同じように納得いかないって言うのかな。


「オレの気持ち、迷惑?」

「・・・・・でも、だって・・・私・・・」


 ズルイよ、ヒカルくん・・・


 どうしてそんな悲しそうな顔するの?
 さっきまであんなに強気だったのに。

 そんな風に真っ直ぐに見られたら、どうしたらいいかわかんないよ・・・
















▽  ▽  ▽  ▽


「ねぇ、高辻くん、僕今日は早めに帰りたいんだけど」
「・・・・・・」

 優吾は椅子に座りながら頬杖をつき、つまらなそうな顔をして先程からそのような事ばかり言っていた。

 専務専属秘書である高辻は、優吾の仕事に関する全てと言っていいほどのサポートをしている。
 能面のようなその顔からは愛嬌というものが全く窺えないが、完璧なまでの彼の仕事ぶりは評価に価するもので、現に優吾の秘書は彼一人いれば充分であった。
 ・・・というよりも、他の者に手出しさせないと言うような彼の態度も秘書一人という状況を作っていたりする。


「・・・早く帰りたいのでしたら、残りの仕事を終わらせてからにしてください」
「そんな堅いこと言わないでさぁ、たまには高辻くんも早く帰って家族団欒っていうのも大切だと思うよ〜」

「私へのお気遣いは無用です。妻は只今実家に帰省中ですし、子供も一緒についていきましたので」

「ええぇ〜〜〜っ!? 奥さん出てっちゃったのぉ!? 大変じゃないっ、連れ戻さなきゃダメだよっ、早く行かないと、何のんびりしてるの!」

 優吾は慌てて高辻を帰宅させようとするが、当の本人は表情一つ崩さない。

「単なる里帰りです。子供が産まれるまでそう遠くないので」

「えっ」

 ピタッと動きが止まり、きょとんとしながら目をパチパチしている。
 子供・・・里帰り。

「え〜っ、ホント? おめでと〜〜〜っ♪」
「ありがとうございます」
「わぁっ、赤ちゃん産まれるんだぁっ、かわいいだろうね〜」
「そうですね」
「いいなぁっ、お父さんだねぇ」
「・・・」
「う〜ん、パパになるんだね〜」

 そういう自分も父親だろうに、と思う高辻だったが、そこで何を突っ込んでもあまり効き目がないと考え、適当に流すことにした。

「それでしたら、専務も子供を作ればいいじゃないですか。まだお若いんですから」

「そうだね〜、頑張っちゃおっかなぁ・・・」

 ニコニコしながら・・・
 一体どこまでが本気なんだかさっぱりわからない。

 結婚する気など全くない癖に。

 高辻は一つ溜息を吐き、優吾の机の上に書類の束をドサリ、と置く。

「これが明日の契約に必要な書類です。死んでも目を通して置いてください、それで本日は終了です」

「・・・・・・・・・・・・」


 目の前の書類に泣きそうな顔を見せつつ、優吾は力無く椅子に座り直し、ブツブツと何やら文句を言いながらそれらに目を通していく。
 その傍らでは、満足そうな顔をした高辻が、明日の日程を組み立てていたが、それから十分もしないうちに内線電話が入った。


「専務、社長から電話です」

「え? うん、なんだろ?」

 そう言って首を傾げ、不思議そうな顔をしながら、優吾の兄で代表取締役でもある秀一の電話をとる。

「もしもし、僕だけど? どうしたの秀一くん」
『あぁ、まだいたか』
「ウン、高辻くんが帰してくれなくって」
『そうか』
「何かあった?」
『いや、これから少し飲みに行かないかと思ってな。俺の方の仕事はもう終わるから』
「珍しいね、秀一くんから誘ってくるなんて」
『あぁ、ちょっと話したいこともあるしな』
「・・・? うん、わかった。僕の方もそろそろ行けるから大丈夫。じゃあ、後でね」
『わかった』

 電話を切ると、高辻の渋い顔が視界の隅で捉えられた。
 しかし、別段それを気にする訳でもなく、チラリと時計を見てから、再びやる気なさそうにパラパラと書類に目を通していると、高辻が溜息を盛大に吐き出した。

「なに〜? さっきから」
「・・・・・・・・・」

 じとっとした視線を浴びせられ、わけがわからない。



「専務」
「ん?」

「そんな分厚い書類を前にして、どうして”そろそろ行ける”んですか?」


 もっともな意見だ。
 3cmはあろうかという書類など、どう考えても”そろそろ”の量ではない。
 だが、優吾は首を傾げつつ、苦笑するだけだった。

「何が可笑しいんですか?」

 憮然とした顔をする高辻を見て益々可笑しくなってしまったらしい優吾は、よりによってその書類をパタン、と閉じてしまった。


「だって高辻くん」
「はい」

「社長からのお誘いには断れないし」

「・・・・・・・・・」

 社長って言ったって実の兄だ。
 公衆の面前でも平気で『秀一くん』呼ばわりする癖に、こんな時だけ社長などと言う言葉を使うとは・・・


「そんな顔しなくても大丈夫、明日の契約はうまくいくからさ」


 ニコニコした優吾の顔を見て、高辻の片眉がぴくん、と動く。


「それに・・・こんなの、高辻くんの頭の中に入ってるんでしょ?」
「・・・・・・・・・」


 その通りだった。
 実際の話、高辻の頭に書類の内容は入っている。
 それでも、本人の頭の中に叩き込む方が確実だし、大体そんなのは当然の話で、別に優吾に意地悪しているわけではない。


「契約ってさ、取るか取られるかだよね」
「・・・その通りです」

 明日の契約は、他社にも取られる可能性があるのだ。
 いや、明日だけではない。
 是非『飯島』と契約がしたい、と言ってくる企業はともかく、より優れた契約内容を打ち出すことと、時には相手に”気に入られる”という事も重要なのだ。
 同じような内容を打ち出して、相手が迷っている場合、そういう部分での勝利というのは確かに存在する。相手は人間だから。

「僕はね、高辻くん」
「はい」

 微笑む優吾の瞳に一瞬光がちらついたような気がした。

「誰かに取られる気もしないし、渡す気なんか更々ないよ」

「・・・・・・」


 ゾワリ、と背筋が泡立ち、高辻の中の何かが反応する。
 強い意志に引きずり込まれ、飲み込まれそうになるような錯覚を起こす・・・



 ───だが、

「なんてね」

 と、一気に表情を崩し茶目っ気たっぷりに笑い、先程の光はもう見えない。
 その事に安心したような、もう少し見ていたかったような、不思議な気分だった。

「まぁ、僕にも人並み程度の独占欲ってあるんだなぁ、って思うことがあってさ、そう言う風に感じたんだ」

「・・・そう、ですか」


 高辻は本気で優吾の仕事のセンスは天賦の才だと思っていた。
 新事業の展開などは目の付け所が普通ではなく、斬新且つアイディアに満ちている。
 その上、彼を契約に向かわせればまず間違いないと言わせてしまうほどの実績もある。
 先を読む才能と、人を惹きつける才能。
 確かにそれを感じさせるものを持っているのだ。

 なのに、普段が穏和すぎて、
 というより上昇志向というものが全く無い。

 自分の価値など全く分かっていない。
 いや、分かっていたとしてもそんなものはどうでもいいようなのだ。

 詰まるところ、仕事嫌いな彼に、飴と鞭を使い分けつつ、やる気を出させるのにどれほどの苦労を強いられていることか。
 だからこそ、こんな目をする優吾を見ると脳が興奮するのを抑えられなくなる。

 恐らく他の人間は優吾に対して勘違いをしている、いや、見えていないだけなのだ。

 彼は・・・・・・

 そこまで考えて苦笑する。
 そんなことは自分だけが分かっていればいい。



「・・・・・・わかりました。それでは、いってらっしゃいませ」

 その言葉が合図になり、優吾は嬉しそうに席を立ち、帰り支度を始める。


 そして、

「ばいばい、また明日♪」

 上機嫌で部屋を出ていくまでさほど時間を要さなかった。
 そんな様子を見ながら、『自分も彼には相当甘いな』、などと思い、一人苦笑するのだった。







その2へつづく


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