『ラブリィ・ダーリン2』

○第6話○ 真実と傷(その2)







 華の通う高校と同じ敷地内の大学の構内。


「華〜、こっちだよ、おいで」

 客観的に見ても、そうじゃなくても、かなり整った容姿の持ち主が、慣れたように華を手招きして自分の元に呼び寄せる。

「怜く〜ん!」

 華は満面の笑みで優吾の弟、怜二に駆け寄り、嬉しそうに彼の腕にしがみついた。
 そんな様子を普通に受け入れ、華の頭を優しく撫でると、怜二は彼女を近くの椅子に座らせる。

 二人の関係が叔父と姪という事は、ある一件により、周囲にはかなり知れ渡ってしまった。
 その上、華は飯島グループの専務取締役の娘として、怜二は会長の御曹司として有名だった為、かなりの視線を集めている。
 華の方は全く自覚がないので気付いていないようだが、怜二の方はそんな視線を分かっていながら全てを無視しているようだった。


「今日はどうした、突然」
「ん〜・・・あ、まりえさん、元気?」
「華に会いたいって時々言ってる。また会いに来れば?」
「うん、今度行く! ・・・ね、相変わらずラブラブ?」
「当たり前」
「そっかぁ」

 大学生3年になる怜二は実は既に結婚している。
 彼が大学1年生の頃に籍を入れたから、もう3年になるのだが、未だにラブラブな状態のままで、熱の冷める気配の欠片もない二人の様子に周囲はいい加減慣れてしまった。

 華にとっては、怜二の結婚相手というのが、自分の従姉妹にあたる女性で、全てが自分の憧れの対象として絶対の存在だったから、そんな二人の様子を羨望の眼差しで見ていた。

「華だって優兄と相変わらずだろ?」
「う〜ん、そうだねぇ。でも、最近のパパはちょっと変わったかも」
「どんなふうに?」
「うまく言えないんだけどね。・・・カッコイイというか、逞しいというか」
「・・・・・・・・・ノロケかよ」

 言いかえれば怜二の言うことはズバリである。
 しかし、華が唸っているのには、それとは別に何かあるらしく、チラッと怜二を見て恥ずかしそうに俯く。
 その様子に怜二は片眉をピクンとつり上げ、口端を持ち上げ、ニヤリと笑った。

「何赤くなってんの? オレってそんないい男?」
「そうじゃないもんっ・・・・・・た、ただ・・・ちょっと疑問というか・・・不思議に思ったことが・・・あって」
「うん」

 怜二がわけがわからないといった様に首を傾げると、華は彼の耳元まで顔を近づけ、小声で囁いた。

「あのね」
「うん」

「怜くんとまりえさん、えっちたくさんする?」



 ・・・・・・・・・・・・



「あとね、・・・えっち、するとき、・・・避妊、する?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・はぁ?



 驚きいっぱいの顔で華を見る。

 彼女は、何で答えてくれないの? とでも言いたげに、不思議そうにこちらの様子を窺って・・・

 その瞳はまだ何も知らない子犬のように無垢で、今の言葉が華から出てきたなんて思えない。


「は、華・・・」
「なんかね、こういうのって聞ける人いなくって」

 だからってオレに聞いてくるか!?

 そう思いつつ、怜二は華が何を知りたいのか、その本意を掴みかねていたので、とりあえず一つずつ疑問を解決していこうと思い直した。

「それって答えなきゃいけないのか?」
「・・・別に、答えなくてもいいけど・・・・・・」

 あからさまにしょんぼりとした華の様子に、怜二は少し慌てる。

「いや、答えないってわけじゃないけど。・・・何でそんなこと聞きたいんだ?」
「だって・・・私、他の人がどうなのか知りたくって」
「は?」

 ちょっとだけ不安そうな顔をした華は、何か心配事でもあるようにも見える。
 怜二はひとまず彼女に何があったのか問いかけることにした。

「華、人にものを尋ねる時には自分からだろ? 何か悩みでもあるのか?」
「・・・悩みっていうほどの事じゃないけど・・・・・・」
「言ってみな?」
「・・・・・・怜くん、笑わない?」
「なんで」
「だって、きっと怜くんにしたらあまりにもちっぽけな事だから」
「ふぅん、でも聞かなきゃわからないな」

 華は怜二の言葉に、ちょっとだけ迷いを見せていたものの、直ぐに気を取り直して、彼の大きな手を彼女の小さな手でギュッと掴んだ。

「あの、ね」
「うん」

「避妊とかしないっていうのは、赤ちゃん欲しいからなのかな」

「・・・はぁ?」

「どう思う?」

「・・・まぁ、中にはそういうの考えないで避妊しないヤツもいるけどな。めんどくさいとか、何もつけない方が気持ちイイとかって」

「・・・そぅ・・・なんだ・・・」

「?」


「じ、じゃあ、いっぱいえっちするのは・・・その女の人が好きだからなの、かな」

「・・・・・・そう、だなぁ・・・・・・身体目的だけってヤツもいるだろうけど」


 なんだろう。
 怜二が答えれば答えるほど、華が泣きそうな顔になっていく。

「何だよ華、どうしてそんな顔するんだ」

「だ、だって・・・パパのことそんな風に考えたことなかったから。怜くんイジワルなんだもん、パパがそんな人だって言ってるみたいで」

「はぁ〜〜!?」

「私はパパの赤ちゃん欲しいからパパが避妊しないの嬉しかったんだけど、パパはホントはどうなのかなってギモンで。・・・そしたら怜くん、避妊しないのめんどくさいとか、何もつけない方が気持ちイイとか・・・挙げ句の果てにえっちたくさんするの身体目的だって言うんだもん」

「・・・は、華?」

「私だってちょっとは不安なんだから。初めての時に避妊具ないから出来ないってパパに言われて。私、どうしてもパパとしたくてパパの子供産むんだからって・・・言ったの。・・・でも、避妊しなかったの最初の時だけで・・・後はちゃんとしてて・・・・・・だけどね、昨日は違ったの、『このままいいかな?』って、どうしてかわからないけど」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってっ!!!!!!」


 矢継ぎ早に華の口から多くの言葉が紡ぎ出されて、その内容についていけない。


 それもそのはず。
 華と優吾がどうなってるかなんて今まで考えても見なかった。
 二人は両思いなのだと理解していただけで、それ以上の事は全く考えなかった・・・・・・



 だけど、つまり───


「華・・・・・・優兄と・・・してる・・・のか?」

「え〜?」


 今更何を聞いてるの? といったような顔。


「・・・っ」

「どうしたの? 怜くん」

「・・・・・・・・・ホント、かよ」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ショックだ。


 いや、好きな女性とそういう関係になるというのは当然の成り行きだとは思う。

 だけど・・・


 相手は優兄だろ〜〜〜!?!?


 どうしてものほほんとしたあの性格からは想像できないのだ。
 華にあんな事やこんな事やそんな事をするなんて。

 しかも、


 ・・・ちょっとまてよ。


 避妊だと!?


「あ〜・・・ちょっと待てちょっと待て! つまり、なんだ? 華、お前、え〜と」
「怜くん、どうしたの?」
「どうしたじゃないって。・・・・・・あ〜、ダメだ。言葉が出てこない」

 頭を抱えて混乱している怜二。
 華はどうして怜二がこんな風になってしまったのかよく分からず、ポカンとしていた。




「よ、よしわかった。オレも質問に答える」

「うん?」

 質問というのは、最初に華が聞いてきたことのようだった。
 そして、怜二は思い切ったように華を見据え、質問に対する回答を始めた。

「・・・答えは、えっちは毎日沢山したい。でも、それはオレの願望。実際はまりえさんの体力考えるとそんなの無理だし、ホドホドってところ、だと思う。多分だけど。・・・あと、避妊については・・・・・・今はしてない、子供が欲しいから。わかったか?」

「・・・た、たぶん」

「・・・っていうか、オレもわかった気がする」
「なにが?」

 首を傾げている華を余所に、怜二は何かを納得したようだ。
 思いきり脱力して、苦笑している。

「・・・・・・お前な〜、質問してる相手が優兄だったらそう言えよ」
「・・・う、ん?」
「わかんないか? 優兄がどれだけ華を大事にしてるか。わからないわけないよな? そんな優兄が避妊・・・しないんなら、それはちゃんとした考えがあっての事だろう? 華の全部を引き受けてるってことだ」

「怜くん」

「ばかだな、信じてればいいんだよ」

「・・・・・・」


 これ程心強い言葉があるだろうか。
 優吾本人に聞くことは容易いかもしれない。

 だけど、こうやって彼の事を別の立場の人間から聞かされると。


「・・・だよね」

「そ〜ゆ〜こと、・・・・・・あ〜、メチャクチャ驚いた」

「どうして?」

「いや別に。・・・・・・と、・・・・・・あれ?」

 怜二は不意に華から視線を外し、足早に構内を歩く人物に目を留めた。
 薄茶のサラサラの髪をしたその人物は、二人に気付くことはなくそのまま通り抜けようとしている。

「お〜〜い、あおい〜〜〜〜っ!」

 怜二が大きな声でその人物に声をかける。
 だが、相手はピクリと肩を振るわせ、嫌そうな顔で振り返り、立ち止まる。
 華はそれが誰であるか分かると、嬉しそうに手を振った。

「あ〜〜っ! あおちゃん、やっほ〜〜〜っ♪」
「・・・あ? 華か、どうしたこんな所で」

 彼は華の存在に気がつくと、険しい表情を解き、幾分柔和な面もちでこちらへ向かってきた。
 彼は湯河あおい。現在大学2年。
 戸籍上は赤の他人だが、血縁関係で言えば華の従兄弟にあたる。
 無愛想なあおいだが、華のことは気に入っているらしく、楽しげに話している様子はよく見かけることが出来た。


「あおい〜、オレは寂しいなぁ、その笑顔、オレにも向けてくれればいいのに」

 怜二は悲しそうな口調でそんな事を言っているが、目が笑っている。
 あおいをこうやってからかうのが楽しくて仕方がないらしい。

「誰が向けるか。それよりそろそろ仕事じゃね〜の? とっとと行けよ」
「うわ〜、つめた〜い。華、こんなあおいだけど、後はヨロシク頼むよ」
「うん」
「そんなの返事すんな」
「だって〜、怜くんに頼まれちゃったら返事しないと」
「そうそう、じゃ、オレは行くけど、あおい」
「なんだよ」
「華を家まで送ってくれない? 一人じゃ帰りたくないんだって」
「あ? い〜けど、別に」
「怜くん? 私そんなこと一言も・・・・・・」

 驚いていると、怜二はとびきり優しい顔で華の頭を撫でた。
 今日華がどうしてここに急に来たのかなんて知るわけがない。
 ヒカルが校門で待ってるからとか、そんな事を怜二が知っている筈はないのに。


 だけど。

 怜二なりに華の信号を感じ取ったらしく、仕事の時間が迫っているにも関わらずこうして時間いっぱいまで側にいてくれた。
 彼は結婚しているから仕事をしているのではない。
 飯島家では大学生になったら、近い将来飯島グループの重役になる道が約束されるかわりに、あらゆる事を仕事で学んでいく。
 だから、怜二はとても忙しい身なのだ。

「・・・・・・ありがと、怜くん」
「じゃあ、また」
「うんっ」

 こうやって笑ってると、パパとそっくりなんだよね。

 何となく怜二を頼もしく思えて、嬉しくなった。
 昔の彼を知っているからこそ、余計そう思うのかもしれない。






その3へつづく


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