『ラブリィ・ダーリン2』

○第6話○ 真実と傷(その3)







 怜二が立ち去るのを見届けると、あおいはのんびり欠伸をしながら、華に向き直る。

「じゃ、オレらも帰るか」
「うん、やった〜、バイク♪」
「・・・今日はチャリ」
「え〜〜〜っ!? どうしてぇ!?」
「走りが悪くて修理に出してるんだよ」

 華はガックリと肩を落とした。
 あおいは大学に入ってからバイクの免許をとった。
 それで、時折彼の後ろに乗せてもらって、直接受ける風やスピード感にすっかり魅了されてしまって、大興奮してしまうのだ。
 だから、実は密かに楽しみだったのだが・・・


 ・・・うぅ、でも、修理中じゃ仕方ないよね・・・


「そんな顔すんなよ。オレだって今日はママチャリで憂鬱なんだから」
「え? マウンテンバイクは?」
「・・・そう思ってたんだけど、久々に乗ろうとしたらパンクしてやんの。乗らないとタイヤってダメになるみたいだな」
「そうなんだぁ」
「だからじい様のトコでチャリ借りてきた。今日はそれでガマンな」
「ん・・・わかった。ね、湯河のおじいちゃん、元気?」
「相変わらずだよ、たまには来てんだろ?」
「ウン、おじいちゃんの家って楽しいよねぇ」

 彼の所には華も月に一度は出かけていく。
 最低でもそれくらいは顔を見せないと電話の嵐がやってくるから。
 元気か? とか、ちゃんと食べてるか? とか。
 他愛もない事だが、ただ単に声を聞きたいだけというのは華もちゃんと分かっている。
 祖母のジュリアに至っては、華が次に来るまでには大量の洋服やら、髪を結うリボンやら、あらゆるものを用意して待っているくらいだ。
 しかし、それらの何点かは彼女の手作りで、毎回華を驚かせるほどの器用さを見せる。



「行くぞ」
「レッツゴ〜」
「はいはい」

 あおいの後ろに乗り込み、既にテンションの高い華の様子に苦笑する。

 結局、バイクだってチャリだって楽しんでるじゃないか。


 だが、華とこうしていることを面倒だとは思わない。
 むしろ楽しんでいる気がする。



「ねぇ、あおちゃんって背中おっきいね〜」
「お前が小さすぎるんだよ、高1の時から殆ど背が伸びてないだろ」
「ふ〜んだ、これでも3cm伸びたんだから」
「3cmっ!! ぶはははっ」
「ヒドイあおちゃん、153cmになったんだよ? 後2cmで155cmなんだから、そしたら」
「なんだよ」
「・・・四捨五入で160cmなの」
「あっははははっ、身長って四捨五入するもんなのかよ〜っ!」

 つまり、現在は四捨五入で150cm。

 華は自分で言ったその事に結局自爆したようなものだ。
 あおいはそれを思うと可笑しくて仕方がない。
 後ろで恐らくむくれているだろうと思われる華が想像出来て余計に笑いが込み上げてくる。

「イジワル。何よ、自分はおっきいからってさ。パパなんか小さい方がカワイイんだから気にしなくて良いんだよって誉めてくれるんだから」

 笑いがとまらない。

 絶対誉めてない、慰めてるだけだって!


「わかったわかった、ホラ、もう着くぞ」
「え〜? あ、ホントだ〜、あおちゃん自転車漕ぐの相変わらず速いね〜」
「お前の家が近すぎるだけ」

 別に大したスピードは出していない。
 華を乗せている手前、どうしてもゆっくり安全運転になる上、徒歩でもそんなに距離はないのだ。



 ところが、


「・・・なぁ、ちょっと聞いて良いか?」

 あと少しで到着、というところであおいが呟くように話しかけてきた。

「ん?」
「こっち向いて睨んでるオトコがいるんだけど、知り合いか?」
「・・・えぇ!?」
「・・・・・・な、わけないか」

 ドキリとしてあおいの視線の先を確認しようと身を乗り出す。

 ま、まさか、
 校門で会わなかったからってこっちにいるわけ・・・


「・・・あっ!!」

 華の小さな叫びにあおいが気付き、スピードを落とす。


 あおちゃん・・・、出来ればUターンして欲しい・・・


 そんな思いなど、あおいに届くはずもなく、心の準備も何もないまま、よりによって二人の乗った自転車は、刺すような視線を投げかけているヒカルの目の前で停車したのだった・・・・・・



 ヒカルは華を見て、彼女が後ろからしがみついている相手、あおいを見て、第一声、

「そのオトコ、何? コイツが華のつき合ってるヤツ?」

 初対面で明らかに敵意を向けられていると分かり、あおいは少しムッとしたように眉を寄せたが、その事については特に何も言い返さなかった。

「オマエこそ何?」
「・・・ふ〜ん、こういうのが好きなんだ。オンナ、放っておかなそう。苦労するよ? 華」
「オマエ、ケンカうってんの?」
「当たり」
「なんだとぉっ!?」
「だ、ダメ!! ケンカはいけないよ!」

 華は大慌てで険悪なムードの間に立つ。
 まさかいきなりケンカを始めるとは思いもよらなかった。

 とにかくあおいを巻き込んではいけない。
 じゃあどうしたらいい?


 こんな時、優吾との事を言えないもどかしさを痛感する。

 言えない・・・


 ───でも、

 私、悪いことしてるの?


 沙耶だって言ってたじゃない。
 好きになっちゃいけない人なんていないって・・・


 私もそう思うよ。
 だけど・・・だからって、ヒカルくんに言ったらどうなる?

 ヒカルくんは、カズ兄ちゃんに言うかな?
 そしたらどうなるかな。

 わかんない・・・

 でも、じゃあ、どうしたらいい?
 このままじゃ絶対納得してくれない。


「オレの女に勝手に近づいてんじゃねぇぞ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」




 ・・・・・・・・・・・・・・・え?


 い、今のって、・・・



「あおちゃんっ!?」

 あおいは・・・チラッとこっちを見て、一瞬ニヤっと笑う。


 う、うわぁ、
 あおちゃん、何てコトを!?


「オレの女、ね。・・・でも、それって単に今アンタが華とつき合ってるってだけの話だろ?」

 射るようにあおいを睨みつける。
 一見静かに喋っているが、目だけが別物で、彼の心情がどれほどのものか、それだけでも窺うことが出来た。

「違う」

 あおいは不敵な笑みを浮かべてそんな事を言い出す。
 それにはヒカルだけではなく華までもがきょとんとした。

 え?
 違う?

 違うってあおちゃん、他に何があるの?


「オレら、将来結婚すんの。親同士の承諾も貰ってるし、当然婚約も済ませてる」

「ははっ、バカか? 一体何時代だよ、そんなの誰が信じる・・・」
「アンタこそバカだな。オレらの通ってる学校のヤツらにとっちゃそんなの珍しくもない。みんなどこぞの会社の御曹司とかお嬢様とかだから、生まれた時から相手が決められてる場合だってある。オレ達がそうじゃないってどうして言い切れる?」
「・・・まさか」
「華が高校卒業したら直ぐに式をあげる。それはもう決まってることだ。なぁ、華?」

「・・・・・・へっ!? あ、う、うんっ!!!」

 急に話をふられて思わず力いっぱい返事をしてしまった・・・


 ───それにしても、とんでもない嘘八百。
 よくそれだけの言葉が瞬時に出てくるものだ。


「そういうことだから諦めるんだな、行くぞ、華」

「う、うん」

 腕を引っ張られてあおいの後ろについていく。
 ヒカルの横を通りすぎる時、ジッと見られてるのが分かったけれど、当然ながら華には何も言えなかった。





 マンションの建物内に入った途端、一気に緊張がとける。

「あおちゃん、なんでっ!?」

 華はあおいの腕を掴んでぶんぶん振り回した。

「その場で考えたにしちゃ上出来だろ? ああいうヤツにはアレくらいやらないと分かんないんだから、多少オーバーだっていいんだよ」

 多少じゃないと思う、絶対。

「でも・・・そっか、ありがと」
「何が」
「助け船」
「まぁ、な。・・・だけど、オマエもあんなオトコの一人や二人、適当にあしらっとけよ」
「・・・・・・う〜・・・ん。・・・でも、・・・ヒカルくんはちょっと特別なんだ」
「は?」
「彼ね、本当のパパのお兄さんの子供で、私にとっては従兄弟にあたる人みたいなの」
「・・・なん」
「勿論ヒカルくんはそんな事知らない。だけど、知らなくても何か感じるんだと思うの、私もそうだから」

 華が困ったように微笑むと、あおいは不思議そうに首を傾げた。

「あおちゃんやまりえさんに感じるのと同じにね、親近感っていうのかな。初めて会った時懐かしいって気持ちになったんだ」

「・・・・・・あぁ」

 こう言うことは事情を知っている者の方が飲み込みが早い。
 彼は華の言っていることが分かり、『そうか』と小さく呟いて難しい顔になる。

「優吾さんとの事、言える・・・・・・わけないか。オレに言った時とは事情が違うもんな」
「・・・・・・ん」

 迷いはあったとしても、結局結論はそうなってしまう。
 堂々巡りなのだ。


「・・・けどね、ホントは言いたい。ヒカルくんだけじゃなくて、誰にだって。・・・だって、私とパパってそんな悪いことしてるのかな? ただ、ママが死んじゃっただけで、本当の子供じゃない私をパパが養子にしてくれて、それだけでしょ? もうわかんないんだ、何がいいのか、いけないのか、どうして区別されちゃうの?」

 その疑問に答える術をあおいが知らないのはわかってる。
 ただ、憤りをぶつけているだけ。

 どうして、って思うことなんていくらでもある。
 その一つが自分たちの関係だというだけ。




「それなら言えばいいじゃん」

「え?」

 いとも容易くあおいは言う。
 そんなの言えるわけないのに・・・


「多くの人に言えない分、オレに言えばいい。全部聞いてやるから」

「・・・・・・・・・あおちゃん」

「・・・オマエ、一人で結構悩んでんだな」

 華の頭をくしゃくしゃっと撫でて。
 その手は乱暴なんだけど、あったかくって優しくて。

 涙が零れた。

 そんな華を見て、あおいは辛そうに顔を歪めた。
 目の前の存在はいつもはとても無邪気で。
 無邪気さはあおいの心を和ませ、守護したいという気分にさせる。
 小さな妹を兄が助ける、そんな感じだった。


「・・・・・・優吾さんは、どう考えてるんだろうな」

 華の父親であり、それ以上であり・・・
 誰よりも温かく見守って大切に育ててきた人。

 その人はどう思ってるんだろうか。
 あの笑顔の下では同じように悩んでるんだろうか。










「あれ? 華ちゃんにあおいくん?」

 不意に陽気な声が後ろからして同時に振り返る。


「そんなところで立ち話?」

 そこには噂の当人、優吾が立っていて。

 その隣には・・・・・・・・・
 ヒカルがいた。


「そこで会ってね、無理矢理連れて来ちゃった」

 にっこり。

「エレベーター乗らないの? 折角だからあおいくんもおいで」
「え、・・・・・・でも」
「遠慮しないの♪ ね、おいで」


 もの凄く気まずい雰囲気を察知すること無く、優吾は彼らを家に招き入れたのだった・・・・・・・・・





その4へつづく


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