『ラブリィ・ダーリン2』

○第6話○ 真実と傷(その4)







「何か、今日は面白い組み合わせだよね〜」

 優吾がにこにこしながら、キッチンからオレンジジュースを持ってくる。
 それを余所に、華もあおいもいささか緊張していた。

「お、面白いって?」
「だってあおいくんと華ちゃんが二人でウチに来るなんて」
「そっ、それは・・・でも、あおちゃんと私は仲良いんだから、しょっちゅう二人だよ、ねっ、ねっ、あおちゃんっ」
「あ・・・あぁ・・・そうだな、そうそう」

 明らかに動揺の色を見せる二人の様子に、優吾は不思議そうにしている。
 先程までの、まるで三角関係のようなヒカルとの会話を聞いていたわけではない彼が、二人の話に合わせられるわけもないことはわかっているけれど。

「ふぅん、華ちゃんとあおいくんってそんなに仲がいいんだ」

 ちょっとだけ拗ねたような口調。
 華は更に動揺してしまう。

 私、今パパに誤解させるような事言ってる。
 絶対これって良くない・・・・・・・・・・・・・・・よね。

「うっ、仲がいいって言うか・・・っ、ね、それはだって」
「オレ達つき合ってるんだから、そんなの当然じゃないですか」

「・・・・・・え?」

 しれっとした顔で、どうやら開き直ったらしいあおいの言葉に、優吾の目が見開く。
 それがあまりに正直な反応で、ヒカルに嘘がばれてしまうんじゃないかと緊張が走った。

 ・・・・・・だが、


「・・・・・・あぁ・・・そっか」

 優吾はそれだけ呟き、華とあおいを交互に見つめた後、テーブルに肘を乗せ、行儀悪く頬杖をつきながら、オレンジジュースをコクリと一口飲んだだけで何も言うことはなかった。

 もしかしたら、ヒカルの手前、嘘をついているということを理解したのかも知れない。

 彼の顔はいつも通りに見えるし別段変わった様子もない。
 ヒカルも特に変な顔はしていないから大丈夫だろう。
 華は安心して小さく息を吐いた。




「あ、そうだ。ヒカルくん」
「ハイ、なんすか?」

 優吾が突然思いついたようにヒカルに話しかける。

「ヒカルくんに謝らなきゃって思ってたことがあってね」
「ハイ」
「ごめんね」
「・・・・・・? なにがですか?」

 いきなり謝られても何のことだか分からない。

 眉を寄せて困惑しているヒカルを見て、優吾はふっと表情を崩し、少し眩しそうに目を細めた。


「初めてヒカルくんを見たとき、由比に見えちゃった。イヤなんだよね、そういうの。だから、ごめんね」

 ヒカルくんはヒカルくんだもんね。

 そう付け足してにっこりと微笑む。
 言われた方は、そんな事で今まで謝罪された事など一度もなかったので、どうしていいのかよくわからないといった顔をしている。


「・・・・・・何か・・・変な気分」
「うん?」

「・・・イヤ、華にも同じような事言われたから」

「そうなんだ」

 優吾は嬉しそうに相槌をうつ。

「・・・多分、オレはそれで華を好きになったんだと思うから、あなたにも同じ事言われると変な気分」
「あはは、ヒカルくん正直だね」
「そう、かな。そんなの言われたことない・・・」
「正直だよ、いい子だね」
「・・・・・いい子って歳じゃないんだけど」

 少し赤くなり、照れ隠しに仏頂面で膨れている。



 一方、華はそんな二人の会話を聞きながら、罪悪感に苛まれていた。


 ヒカルくん、パパの言うとおり、とっても正直な人だ。

 それに引き替え私はどうだろう・・・
 ウソがばれてないとか、そんな事ばっかりで。

 スゴク狡い。

 パパは何も言わないでいてくれてるけど、きっと私のこと呆れてる。
 あおちゃん巻き込んでウソついて。
 最低だって思ってる。


「どうしたの? 華ちゃん」

 沈んだ様子の華を見て、優吾が問いかける。

 その声色はいつもどおりだけど。
 パパがどう思ってるかわからないけど。

 この気持ちは、嘘をつくような後ろめたいものじゃなかったはず。
 純粋に本気の気持ちだったのに。

 私は、それを自ら汚そうしていたんじゃないの?



 そう思ったら、このままじっとなんてしていられなくて、


「ヒカルくん、あおちゃん、ごめんね」


 突然の謝罪。
 あおいもヒカルも驚いている。

 華は一呼吸おいて、優吾を見つめた。

 彼はきょとんとした顔でこちらを見ている。
 これから自分が言おうとしていることを、彼は許してくれるだろうか。
 不安は消えない。

 でも、・・・



「あの・・・ね、さっきの取り消し。あおちゃんとつき合ってるっていうの」

「華っ!?」

 予想外の撤回に、あおいは酷く驚いた。
 『そんなこと言っていいのか?』と目で彼女に訴えかけながら。

 華はあおいを見て、小さく頷いた後、

「ウソついてごめんなさい」

 もう一度謝罪した。
 だが、苦しそうに頭を下げる華にヒカルは戸惑うばかりだ。

「・・・何でウソって・・・そんなにオレがイヤだったのか?」

 ・・・・・・あぁ、
 そう受け止められても仕方ないんだ。

「イヤじゃないよ。・・・ただ、あんな風に気持ちをぶつけられたのは初めてだったから・・・私のこと、ヒカルくんに何をどう話せばいいのか、よく分からなくて・・・逃げようとしてた・・・・・・でも、それって間違ってるよね」

「・・・・・・」

 真っ直ぐな気持ちには誠実じゃなきゃいけなかったのに・・・

 誤魔化しちゃいけない。
 例えこの先どうなっても・・・自分たちさえ良ければなんて思っちゃいけないんだ。


 ───だから。


「私には、好きな人がいるって言ったよね」
「あぁ」
「アレは、本当だよ」
「・・・」


 押さえ込んでいた言葉を吐き出すために、優吾に視線を移した。


 彼は穏やかに微笑んでいた。
 華が何を言おうとしているのか、もう気付いたに違いない。

 その上で、彼は笑ってくれたのだ。


 それに勇気をもらい、大きく息を吐き出す。



「私は、パパが好きなの」





その5へつづく


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