『ラブリィ・ダーリン2』

○第7話○ 暴挙(その1)








 次の日の放課後。
 校門前には・・・ヒカルの姿があった。

 華は幾分顔を強張らせたものの、ヒカルの前まで来ると立ち止まった。


「もう・・・来ないで欲しいの」

 その言葉に、やや傷ついた顔をして、だが、直ぐに不敵な笑みを浮かべる。

「昨日言ったとおり、諦めるつもりはないから」

「・・・・・・困るよ・・・」

 小さく呟き、俯く華を見て、ヒカルは眉を寄せる。
 そんな言葉しかもらえない自分が悲しかった。


 唇を噛み締め、しかし、次の瞬間、苛立たしげに荒く息を吐き出した彼は・・・


「だからさ・・・目を覚ませよっ!」

「・・・えっ」

 彼に思いきり腕を引っ張られ、前のめりに倒れ込みそうになった。
 けれど、倒れることはなく、そのまま身体はヒカルの思うままに移動して。

 不意をついた引力には、とても逆らえなかった。





 バタンッ


「・・・なっ?」


 何が起きたのかよく分からなかった。
 いつの間にかヒカルの車の助手席に座っている。
 驚きと同時に抗議の声をあげようとした。


「何する・・・」

「オレが教えてやるよ」


「───っ!?」





 ───見えたのはヒカルの大きな掌。



 そのまま、
 彼の手が華の口を塞いだ。


「・・・んんっ!? ん〜〜っ・・・!」

 逃れようと藻掻いたのもつかの間、急激に意識が朦朧として、次第に目を開けていられなくなる。


「・・・ん〜・・・・・・ぅ・・・・・・っ・・・」


「・・・・・・オレがお前の目を覚ましてやるから」



 そのまま、ヒカルの顔が近づいて、おでこにキスをされた。

 それからフワリと体を包み込まれて・・・
 もしかしたら、彼に抱きしめられたのかもしれない。







 ───・・・・・・あぁ、




 そう、だった・・・・・・



 すっかり忘れてたよ。



 ヒカルくんと初めて会ったときにかすかに感じたものを。



 一瞬だったけど、何をするか分からない目をしてて・・・






 それが、ちょっと怖かったんだ。






 車のエンジン音がして、動き出したあたりで、華の意識は完全に途絶えた───












▽  ▽  ▽  ▽


「専務、何か良いことでも?」

 高辻が訝しげな瞳で、今日一日上機嫌な優吾を流し見る。
 優吾は鼻歌などを歌いながら書類に目を通していた。

「別にぃ〜、そう見える?」
「ハイ、明らかに」

「そ?」

 しかし、何があったかは話そうとせず、ニコニコするだけだった。


 と、


 プルルルルル


 内線が鳴り響き、1度目のコールで高辻が受話器を取った。


「はい・・・あ、こんにちは。・・・はい、少々お待ち下さい・・・・・・専務、怜二さんから外線です」

「怜クン?」

 怜二という言葉に反応した優吾は、不思議そうにして、机の上の受話器を手に取った。

「もしもし怜クン? 珍しいね、どうしたの?」

『・・・あ、優兄・・・、・・・・・・あのさ、あの、優兄』

 優吾の呑気な声とは相違して、怜二は非常に焦ったような、助けを求めるような声を発していた。

「どうしたの? 落ち着いて?」

『うん・・・オレよりさ、優兄が落ち着かなきゃなんだけどさ』

 怜二の様子があまりに普段とかけ離れている。
 それには首を傾げざるを得なかった。

「僕はしっかりしてるよ?」

『・・・うん・・・あの・・・さ、華なんだけど、・・・華が、さ・・・』

「?」


 華・・・?

 華ちゃんに・・・何かあったんだろうか・・・


 怜二の混乱している様子。
 その原因が華だと言うのだろうか。

 優吾の表情が、瞬時に硬いものへと変化していく。


「・・・怜クン・・・落ち着いて、ちゃんと説明して」

『・・・っ』

 静かな声に受話器の向こうの怜二が息を呑んだ。
 そして・・・


『・・・・・・・・・華が・・・連れ去られた・・・らしいんだ』


 ようやくその一言を絞り出すことが出来た・・・



「・・・どこに?」

『まだ・・・わからない。でも、とにかく報せなきゃと思って』
「そう・・・」
『連れ去ったのは大学生くらいの男、車に押し込まれたらしいんだ』

「・・・・・・どうして怜クンがそれを知ってるの?」

『華の学校の生徒が何人も目撃してるんだよ。丁度下校時刻だったらしいし、最近毎日のように校門で華を待っていたっていうのも噂になってる。・・・・・・っていうのを、華の学校の生徒がわざわざオレに教えに来てくれたんだよ』

「・・・・・・」

『聞いた時、あおいといたんだけどさ、アイツの話じゃ『日向ヒカル』って男らしいけど、そうなの? ソイツ何? ・・・ねぇ、優兄、聞いてる?』

「・・・・・・わかった」

『わかったって、何が! どういうことなんだよっ!』

「・・・怜クン」

『・・・優兄・・・?』

「よくわかったよ・・・ありがとう」


 それきり優吾は受話器を置いた。
 電話の向こうで怜二の声がまだ聞こえていたようだが、それはもう耳には届かなかった。


「専務・・・どうしたんですか」

 ただならない雰囲気を感じ、高辻が目を見張りながら声をかけた。

 優吾は、どこか焦点の定まらないような顔をして、何を考えているのか全く分からない。


「専・・・」
「高辻くん」

「・・・・・・は・・・」


 返事をしようとして、高辻は固まってしまった。

 こちらを見た優吾の目が、とても彼のものとは思えなくて。



「・・・ううん、何でもない」


 何でもないわけがない。

 優吾の瞳に宿る光が、ただならぬ事態だと告げている。
 何かが起きているのか?

「仰ってください」

 強い口調で言うと、優吾は暫し考えるような顔をして沈黙した。
 そして、自分の腕時計を眺めて・・・


 やがて、彼にしてはやや低い声が、呟くように聞こえた。

「・・・・・・例えば、1時間あったらどれだけのことが出来るかな」

 その言葉は高辻に聞いているのか、自分自身に問うているのか定かではなかったが、高辻は自分の思う事を口にした。

「短いようですが、有効に使えば目的を成し遂げるくらい、わけなく出来そうですね」

 優吾は、一瞬だけ眉をひそめ、視線を下に落とした。


「・・・・・・僕もそう思う」


 弱々しい声。
 だから一体何があったと言うんだろう。
 もどかしい事に、優吾の口からはそれを聞けそうにない。





「・・・悪い子じゃ・・・ないと思うんだ」

「・・・?」

「ただ、自分を止める術を知らないだけで・・・」

「専務?」


「・・・ごめん、早退する。何かあった時は連絡するから」


 優吾は声をかける隙も無く、瞬く間に専務室からいなくなってしまった。
 高辻は、この一連のことに、ただ呆然とすることしかできない。


 何かが起きているのは確実。


 なのに、高辻に頼ろうとしないのは、彼のプライベートだからだろう。
 仕事で頼ることはあっても、私生活のことで何かを頼られたことなどは一度だってない。
 逆を返せば自分だってそう。
 当然と言えば当然のことなのかもしれないが・・・

 それでも、あんな優吾を見てしまって、このまま何事もなかったかのように帰宅する気になどなれない。
 かといって何かを調べるにも情報が皆無に等しい。


 怜二に聞けば・・・
 彼からの電話が発端なのだ。

 だが、答えてくれるだろうか?

 ・・・・・・・・・恐らくは・・・・・・・・・答えないだろう。
 怜二は頭のいい人間だ。
 優吾が言わないことを、自分に教えるわけはない。ましてや、怜二にとって自分は単なる優吾の秘書というだけの存在。
 自分が怜二なら教えないだろう。

 電話口での台詞を元に推察すると、華に何かあったということだけは確かだろうが・・・


 途方に暮れる高辻だったが、今出来ることは何か、それを考えても、目の前の書類の山ばかりが存在を主張して、ろくな事も思いつかない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 この書類の山を片づける事くらいしか、自分には出来ないのだろうか・・・
 拳を握りしめ、暫しその場に立ち尽くす。

 少しして、浅く息を吐き出し、高辻は椅子に座り直した。
 彼はチラリと先程まで優吾がいた彼のデスクを一瞥すると、黙々とパソコンのキーボードを叩き出す。
 静かな部屋に規則正しいタイピング音がカタカタと響き渡り、彼はただでさえ表情の乏しい顔を無表情にさせていた。


 だが、彼の真意は別にある。

 真意は、優吾からの連絡を待つべく、残業という口実を作ったのだった・・・







その2へつづく


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