『ラブリィ・ダーリン2』

○第7話○ 暴挙(その3)







 優吾は和浩に電話をかけ、適当な理由を言ってヒカルの住むマンションの住所を教えてもらい、普段の彼の運転からは想像できないくらいの勢いで車を飛ばした。

 早々に到着し、マンションの前に立って建物を見上げる。
 ヒカルは、大学生の一人暮らしにしては高級なマンションに住んでいるようだった。

「・・・和兄ちゃん、お医者さんだっけ」

 口の中で呟き、一人納得する。


 中に入り、インターホンの前に立ち、和浩から聞き出した部屋番号を入力する。
 この場所にいない方の確率の方が高いと考えるのが通常だろうが、何故か優吾は迷うことなくここだと思った。


 そして、彼は運転中とは打って変わって、落ち着きを取り戻していた。
 確信があるかのように。





『・・・・・・はい』


「ヒカル、くん?」


 ハッというような、息を呑む音がインターホン越しに聞こえた。
 ヒカルは相手が誰か分かったようで、一瞬言葉を詰まらせたが、数瞬して小さく溜息を吐きだし、


『・・・・・・そうだよ』

「・・・華ちゃん、来てるよね?」

『・・・・・・・・・・・あぁ』

「返して」


 ヒカルは優吾の言い方に苦笑した。

 『返して』

 つまり、華はキミのものじゃないから、そう言っているような気がしたのだ。


『・・・上がってくれば?』

 言葉と同時にオートロックのキーを解除する。
 優吾は言われるままに、ウィンドウを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。








▽  ▽  ▽  ▽


「聞いてただろ? 来るってさ」

「ウン」

 ヒカルはつまらなそうに華を横目で見やる。
 インターホン越しとは言え、優吾の声を聞いた途端、嬉しそうな顔をした彼女が視界の隅を掠めてガックリと落ち込んだ。
 そうでなくても色々な意味でショックを受けてるというのに・・・

 まさかあれだけ二人に浴びせた台詞が、ことごとく自分に返ってくるなんて。



「オレ、あの人に殴られると思うか?」

 多分殴られるな、などと小さくぼやくヒカル。
 先程までの彼とはまるで別人だ。


「・・・・・『由比』がオマエの父親なんて・・・・・・そんな結末アリかよ・・・・・」

 その場に座り込み、がっくりと項垂れて、随分と落ち込んでいるようだ。

「ママね、彼が亡くなった後に妊娠してるって分かったんだって。・・・それで」
「放っておけなくて華の母親と結婚したって?」
「うん、よく分かったね」
「・・・わかんねーよ。人のためにそこまでやろうとする気持ちなんて、・・・わかんねぇ」

 ヒカルの言葉に華は俯き、小さく頷いた。

「うん、・・・パパは由比の子供だから、彼の残した子供だからだよって言うんだけど・・・私も実はよくわかんない。だから・・・パパはママのことが好きだったからそんなことが出来たんだって、私は勝手に思ってる」


 そうなんだ。
 その時のこと、私は殆ど知らない。
 私が産まれるまでにどれだけの事があったのか、パパも深くは語ろうとしないし、私自身も何となく聞けないでいる。

 もしかしたら、聞くのが恐かったのかもしれない。
 パパがママのことを本当に大好きで、その時、二人がどれだけ幸せだったのかを───

 私のいない世界での二人は、もしかしたら今よりも幸せで、きっと私よりもママの方がお似合いなんだろうなとか、もし、ママが生きてたらどうなっただろうとか、考えたって仕方のないことに押し潰されそうになる事がある。
 ホント、ちっぽけだなって、我ながら思うよ。


「ヒカルくん」

「なんだ?」

「あの・・・ね、どう考えてる?」
「どう、・・・って、なにが」
「カズ兄ちゃんに言う? 私のこと」
「・・・・・・」

 そうなれば・・・どうなるんだろう。
 わからないけど、きっと彼は放っておかないだろう。


「・・・・・・それは・・・」


 ピンポーン


「・・・来たみたいだな・・・華も来いよ」
「ん」

 ヒカルの後について、玄関前まで一緒に行く。
 彼はフウ〜っと大きく息を吐き出すとドアを開けた。

 そこにはちょっとだけ怒ったような顔をした優吾が立っていた。
 優吾はヒカルの後ろに立っている華を目に留めて、一瞬目を細めたが、やはり表情は堅い。


「入っていいかな?」

「・・・・・・どうぞ」

「おじゃまします」


 何だか空気がぴりぴりしている気がする。
 中に通された優吾はソファに座るよう促されたが、それを拒否した。
 ヒカルは、優吾から漂う空気が怒りを孕んでいるように思えて、真っ直ぐに彼を見ることが出来なかった。

「・・・・・・」

 ここで殴られたとしても、黙って受け入れるしかない。
 冷静になってみればよく分かる。

 一歩間違えば本当に取り返しのつかないことをする所だったのだ。



「ヒカルくん・・・」


 優吾がポツリと呟く。


「華ちゃんのこと好き?」

「・・・え?」


 彼にそれを聞かれるのは2度目だ。
 あれからそれ程経っていないのに、どうしてこんなにも響きが違うんだろうか。

 オレは華の事を・・・
 確かに好きだ。

 だけど、付け焼き刃のような気がして。
 歴史が違う、重みが違う、何もかも足りない。

 優吾の気持ちに勝てるとは到底思えなかった。


「好きって聞いてるだけなんだけどな」

「・・・あぁ、好き・・・だよ」


 とても勝てない。
 これ程『負け』を感じるのは初めてだと思えるほどに、敗北感が全身を支配している。


 優吾はヒカルの言葉を聞くと、ふっと表情を崩し、


「じゃあ、決闘しよっか」


 ニッコリと微笑んでいた。



「「・・・・・・・・・・・・え!?」」


 驚いたのはヒカルだけである筈もなく、華も一緒になって優吾を凝視する。



 ───決闘?



 ・・・・・・この人は何を考えているんだろうか。



「勿論華ちゃんを賭けて、なんてどう?」

「パッ、パパッ!? 何言って・・・っ!?」
「そうだよ、あんた変だぞ!?」
「なんで? 動物社会では雄が雌を手に入れるために身体を張るのは当然のことじゃない」


 雄が雌を・・・なんだか違う気がする。
 絶対間違ってる・・・。


 なのに・・・・・・


「分かった」

 ヒカルも頷き、にやりと笑う。
 何で同意するんだと思いつつも、それより優吾の闘う姿などとても想像できなくて、華は不安になった。


「場所は? 僕はどこでもいいよ」
「マンションの屋上なら誰もいないし、うってつけだと思う」
「じゃあ行こう」


 ・・・・・・・・・ウソッ!?

 妙な展開になってきた。
 決闘なんてものをこのご時世にやるなんて。


「・・・パパぁ・・・・・・」

 訴えるような目を向けると、優吾はのんびりした顔で華の頭をポンと撫でた。

「応援してね」


 あぁ・・・パパ。

 とても強そうには・・・・・・


 そう思ったけど、それを言ったらお終いだと思い、ぐっと言葉を飲み込んで、無理矢理笑ってみた。



 ───でも、絶対顔がひきつってたと思う・・・







その4へつづく


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