『ラブリィ・ダーリン2』

○第7話○ 暴挙(その4)








「で? 決闘とかってよく分かんないんだけど」


 屋上で優吾と対峙したヒカルが問いかける。
 彼はやや緊張したような面もちだ。

 ・・・・・・・・・初めての決闘だから・・・・だろうか・・・・・・


「う〜ん、僕も分かんない」
「殴り合いとかするんじゃないのか?」
「そうなのかなぁ? 痛そうだねぇ」
「確かに」
「決闘なんてはじめて♪ 僕、ケンカとかした記憶が殆どなくって」
「・・・なんかわかる。あんたとじゃケンカにならなそうだ」
「そうかなぁ〜」

 ・・・・・・何を呑気な掛け合いをしてるんだろう。
 本当にやる気があるのか、と思わず聞きたくなる。

 華は今、自分に置かれた状況がとんでもないものの筈なのに、目の前の二人のバカみたいな様子に緊張感は欠片も生まれなかった。



「じゃ、どこからでもど〜ぞ」

 にっこり、と微笑みを浮かべ、しかし、優吾は構えもなにも無いまま、突っ立っているだけ・・・
 それには流石の華もギョッとした。


 ち、ちょっとちょっとぉ〜〜〜!!!

 どこからでもって、パパ何言ってるのぉ!?
 決闘なんだから『お先にどうぞ』みたいに譲ってどうするのよぉッ!??!?!??

 この場に於いてもいつも通りの優吾に、頭を抱えたくなる。

 その上・・・


「いくぞっ!」

 ヒカルは遠慮もなく優吾の襟首を掴んで、拳を振り下ろす。


 やだぁっ!!!───














 どすん。












「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」






 ・・・・・・え?





「・・・・・・あれ?」



 呆然とした顔のヒカル。


 ───地面に大の字に寝転がって。

 それと、そんな彼を覗き込んでいる優吾。


「もう一回やる?」

 ワクワクした顔でヒカルを抱き起こす。
 訳の分からないヒカルはブンブンと首を振り、

「お、おうっ」

 もう一度、拳を思いきり振り上げた。




 ───が。






 どすん。







「・・・・・・・・・・・・」




 やはり・・・・・・地面に大の字に寝転がっているのはヒカルの方だった。
 そして、優吾はしゃがんで彼の顔を楽しそうに覗き込んでいて・・・・・・



「・・・・・・なん・・・で」


 何でこんなに呆気なく地面に横たわって・・・・・・?



 ───もしかして

 今のは負けた・・・

 ・・・・・・・・・とか?



 だが、結論を出すには、闘ったという気がしなくてどうしても腑に落ちない。



「もう一回やる?」

「・・・・・・・・・っていうか・・・おい!」

「ん?」


 だけど、まさか・・・

 いや、そのまさか、だけど。


「あんたって・・・強い、のか?」


 この雰囲気に騙された?
 だって、どう考えたってこんなのはおかしい。


「おい、笑ってないでちゃんと答えろよ」
「う〜ん、どう思う?」

 首を傾げて、逆に聞いてくる。

「だって、あんなアッサリ普通じゃないだろ」
「・・・そうだねぇ」

 うんうん真面目な顔して、頷いている。
 一体どこまで本気なのかさっぱり掴めない。


 すると、


「でもさ」


 優吾は何か思いついたかのように顔をあげた。


「一度でも分かりやすい形で『負けた』っていうのを知ると強くなれるよね、きっと」

「?」

「例えば由比のこととかさ、・・・なんていうか、いない相手に勝つのは難しいよね」
「・・・・・・」

「僕は由比を知ってるから、顔が似てるっていう意味でヒカルくんを由比と重ねた事があるのは認めるよ。ごめんね。でも、今はヒカルくんを知ったからそう言うことはない・・・カズ兄ちゃんだってそうなんじゃないかなぁ」

「そんなわけあるかよ、オヤジ、口癖のように言うくらいなんだぞ? それに、アイツの写真ならオレだって見てる。不気味なくらい似てるよ、そうやってアイツを知ってるヤツは”オレ”を認めないんだ」


 優吾はふわりと微笑み、ヒカルを見つめた。


「・・・ヒカルくんはもっと自分に自信持っていいんじゃないかな?」

 そんな目を向けられ、戸惑ったヒカルは返答に詰まってしまう。

「由比は由比にしかなれないし、ヒカルくんはヒカルくんしかなれないんだから」
「・・・・?」
「それにさっきの、勝てなくて拗ねてる顔なんかカワイかったよ」
「なっ!?」
「そう、その顔とかね」
「っ!?」

 そう言われたらどんな顔をしたらいいのか分からない。
 ヒカルは顔を真っ赤に染めて俯くことしかできなかった。

 戦意喪失ってきっとこう言うことだ。
 何というか、同じ土俵で闘ってる気がしない、別の次元にいるような。


「・・・聞くけどさ」
「うん」


「決闘なんて言って、華を手放す気なんて最初からないだろ」


 優吾は、目をパチパチさせながら驚いた顔で見ていたが、やがて楽しそうに笑いながらヒカルの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「どうかなぁ」
「・・・な、なにすんッ!?」

「じゃあ、一つだけ教えてあげる」

 真っ赤な顔で頭を撫でられているのを拒絶するヒカルに、まるで小さな子供をあやすかのような眼を向ける。


「僕から華ちゃんを取ったら何も残らないんだよ」


 そして、彼は華の元にやってきて何の躊躇もなく彼女を抱き寄せるのだった。


「パっ、パパッ?」

 こんなに堂々と抱きつかれて、顔を紅潮させながら、慌ててその腕の中から逃れようとしたが、逆に強く引き寄せられてしまった。
 優吾は目を瞑り、華の肩に顔を埋める。


「だから、絶対手放せないんだ」

「・・・・・・パパ・・・」


 そんな様子を見て、ヒカルは力が抜け、大きく溜息を一つ吐いた。

 多分、これが失恋というものなのだ。
 けれど不思議と後味は悪くない。

 華の相手が優吾だったからかもしれない。
 彼を憎む対象として見ることなど到底出来そうもなかった。


 そして、二人でいる姿がとても自然だと・・・




「ごめん」


 酷い言葉を投げつけ、傷つけた。

 華にも、優吾にも。

 一連のことを今更ながら後悔し、謝罪した真摯な態度のヒカルに、優吾は小さく頷いて微笑みかける。
 その笑顔にはきっと誰も勝てないと思った。


 だから、コレは当然の結果。

 そう思ったら、・・・・・・少しは楽になるような気がした。





第8話へつづく


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