『ラブリィ・ダーリン2』

○第8話○ 告白3〜親友・沙耶の場合〜(その1)








 ヒカルのマンションを出て、帰りの車中、二人は自然と笑みがこぼれていた。


 それは、彼が別れ際に、

『・・・本当の事が何であろうと、オレからオヤジには言うつもりないから。自分たちの好きなようにしろよ』

 と、照れくさそうに発した一言が大きく起因していた。

 ヒカルが和宏に本当の事を話したとしても、それは仕方のないことだと思っていた。
 そうなっても、優吾と華の関係が変わる訳ではないし、引き離される理由にはならないんじゃないか、と。

 『甘い』と言われるかも知れないが、何が起きても優吾が大丈夫だと言うことなら信じられると思ったから。
 それに、まだ起きてないことを一々心配してたらキリがない。

 何より、今はヒカルに認めてもらえたことが嬉しかった。




 だけど・・・


「ね、パパ。どうして決闘なんて言いだしたの?」
「え? ・・・えっと・・・」
「もし負けたらどうするつもりだったの?」
「・・・あ・・・う〜んと」

 優吾はしどろもどろになりながら目をキョロキョロと泳がせている。

 ホント、どうするつもりだったんだろ。


「僕の方が強いかな・・・なんて、・・・思った・・・んだけど・・・」

「・・・はぁ・・・」


 確かに・・・パパはビックリするくらいの早業でヒカルくんを倒してた。
 でもね、まさかパパが強いなんて少しも予想してなかったから、実はちゃんと見てなくて・・・その瞬間は目を瞑ってた・・・・・・
 だから、パパには悪いけど、何が起こったのか分からなくて、スゴイかどうかなんてよくわからなかったんだよね。


 華が黙り込んでしまうと、優吾は彼女の様子を窺いながら、言いずらそうにぼそぼそと話し始めた。


「一応・・・さ、僕も飯島家の次男ってことで・・・小さな頃から・・・その・・・一通りの事はやってたから・・・柔道とか空手とか・・・護身術みたいなものも沢山」

「・・・何のために?」

「・・・え〜と・・・昔、秀一くんにね、誘拐未遂みたいな事が一度だけあって、・・・それからね。やっぱ子供はターゲットにされやすいし、いざという時自分を守る力が必要だって。でも、自分の腕がどの程度かなんて、試合に出た事なかったから分からなかった。だから今日は驚いちゃったよ。こんな所で役にたっちゃうなんてね♪」

「へ、へぇ〜」


 誘拐・・・?

 うそぉ・・・
 ・・・で、でも、飯島の規模を考えたらあり得る・・・のかな。
 パパがそんな『習い事』をしてたなんて驚きだけど。

 でも、実際にそういう未遂事件が起きたなら・・・強いっていうのも頷ける・・・ような・・・気もする・・・・・・

 ・・・・・・じゃあ。
 そしたら秀一伯父さんも強いって事?

 信じられないなぁ・・・・・・

 でも、まぁ・・・

 結果的になんとかなったし。



「・・・あっふ・・・・・・」



 なんか・・・・・・



 ねむ・・・ぃ・・・













 ───数分後。



「・・・華ちゃん?」


 優吾が運転しながら助手席を見やる。
 急に静かになったな、と思っていたらすっかり気持ちよさそうにして・・・


「・・・・・・・・・」


 彼はちょっと考えて、そのまま道路脇に停車した。

 そして、暫く黙って華の寝顔を見つめ続ける。

 優吾は確認するように何度も頭を撫でた。
 それから、頬を撫で、瞼を、鼻を、唇を、思いつくままに撫でて・・・


 そこで初めて安心したかのように、この上なく穏やかな微笑みを浮かべた。



「無事で良かった」



 それしか思い浮かばない。






 ───ヒカルの部屋の玄関に入った時、

 もし華がいつも通りの瞳を自分に向けていなかったなら、あんな風に穏やかでいられなかった。
 そんな生易しいもので済ますつもりは全くなかったのだ。

 華が自分を見て嬉しそうに笑ったから、それまでの自分の思考をねじ伏せる事が出来た・・・






 彼はふと、

 恐らく何かしらの報告を待っているであろう怜二と高辻の事を思い出した。
 そして、自分の一連の行動を苦笑した後、携帯電話を取り出した。



「さて、何て言おうかな・・・・・・」


 あの二人を適当に誤魔化すのは大変そうだと思いながら───















▽  ▽  ▽  ▽


 その日の夜だった。




 ぴんぽ〜ん




 うぅ〜ん・・・

 誰か、・・・・・・・・・来たのかな?





 ぴんぽ〜ん・・・




 眠い・・・

 パパ、出てくれないかな・・・




 ・・・・・・・・・






 ───チャイムの音が鳴っていたような気がするのは、何となく憶えている。
 でも夢か現実か、それを問われて答えられるほど意識は曖昧で不確か過ぎた。





 だが、それからどれほどの時が経ったのか。






「・・・・・・あっはっはっはっ・・・きゃ〜ん♪」


 ん?


 楽しそうな、というかキャピキャピした笑い声が向こうの方から聞こえ、華の意識は急激に覚醒を始めた。



「・・・・・・あ・・・れ・・・?」

 うっすらと眼を開け、ぼんやりしたままで辺りを見渡す。
 毎日のように見ている風景だ。
 それが殊の外華を安心させた。

 ・・・いつの間にか寝ちゃったんだ。
 パパ、ここまで運んできてくれたのかなぁ・・・

 車からここまで運んでくるのは相当大変だったろうな、と思うとちょっと恥ずかしい。


 目を擦りながら欠伸をひとつ。
 その間もずっとリビングの方から聞こえる笑い声。



「・・・なんだろう・・・」


 しかも、聞き覚えのある声。
 更に言うと毎日のように聞いているような笑い声。
 もっと言っちゃうと、テンション高いときの声のトーンで。


 戸惑いつつも、そっとベッドから起きあがり、部屋を出ていく。
 リビングに近づくに連れて大きくなる声。
 それはもう確信に近い状態。

 華は恐る恐るドアノブに手をかけ、扉をゆっくりと開いた。



「や〜ん、もう最高〜〜〜♪♪ カワイすぎですよぉっ♪」
「え〜? オジサンにカワイイはないでしょ〜」
「オジサンにみえないっ!! ウッソみたい!!! 華がうらやましいいいいッ」
「沙耶ちゃんいい子だね〜」
「やぁんウレシ〜、優吾さんって呼んでイイですか〜♪」
「いいよ〜」
「優吾さんッ♪」
「はぁい? 沙耶ちゃん♪」


 ・・・・・・

 なんて言う会話。

 ・・・・・・沙耶ったら悶えてる。
 目はウルウルしてすっかり女の子っぽくしちゃって。

 華は来客が誰であるか、目で確認するまでもなくわかってしまったため、大きな動揺は無かったが、沙耶の目が『ハートマーク』になっているような気がして、二人が気付くようにドアを閉めるときに、ちょっとだけ大きな音が出るようにして部屋に入っていった。


「あ、華ちゃん、起きた? お友達が来てるよ〜」

 優吾がいち早く気付き、沙耶も続いて上機嫌な顔をして華の元に駆け寄った。

「華〜っ、お邪魔してるよ〜♪」

「・・・ど、どうしたの? 突然?」
「ん〜、ちょっとプチ家出。華の家初めてだし迷ったんだけど来ちゃった」

 プチ家出。
 ・・・って、家出は家出じゃ・・・

 驚いた顔をした華を見て、沙耶は照れくさそうに笑う。

「そんなわけで、さ。泊めてもらえないかなぁって思ったんだけど。ダメ?」
「ダメもなにも、追い出せるわけないよ。でも、家出って・・・」
「ん〜、大した事じゃないけど、ケンカしちゃって」
「・・・」

 一瞬沙耶の瞳が曇る。
 でも、それを打ち消すかのように優吾をチラッと見て、華の耳元に囁きかけた。

「華のパパ、スッゴイヤバイんだけど♪ 若すぎっ! しかも、滅茶苦茶好みの顔なの!!!」

 ・・・かなり複雑な気分だ。
 優吾を誉められるのは嬉しい。
 それに、若くてカッコイイって言われるのも昔から・・・

 でも、胸の奥がざわざわするのだ。


「沙耶ちゃん、ゴハン食べた?」

 優吾がエプロンを着けながらキッチンに立っている。

「え? ・・・っと、食べてません」
「じゃあ、一緒に食べようね〜」
「え〜〜!? 優吾さんのお手製ですかぁ!?」
「ウン」
「きゃ〜〜♪」
「パッ、パパ、私やるよぉ?」

 朝は優吾が作るけど、夜は華の番、それはずっと前から変わらないこと。
 華が朝に弱いからそうなっているだけだが。

「イイの、華ちゃんは今日疲れちゃったでしょ? 僕なんて仕事早引けしちゃったし力余ってるんだから」

 にこにこしながら冷蔵庫から野菜を取りだして、慣れた手つきでそれらを洗った後に上手に包丁で切っていく。
 沙耶は信じられないといった驚きの顔でその様子を凝視して、益々目が潤んでいくように見えた。

「うそみたい・・・男の人が料理してる・・・・・・」

 沙耶の呟きの意味が分からなかった。
 華は首を傾げながら、そんな事に驚いている沙耶の反応が何だか新鮮だった。


「ん? 沙耶ちゃん、そんなトコに立ってないでソファで休んでてい〜よ? 出来たら呼ぶからね」

 ニコリ、と微笑まれて正にイチコロと言うべきか、真っ赤に頬を染めて・・・
 何となく面白くない気持ちの華は、動かない沙耶を無理矢理ソファへと連れていった。

 沙耶は、キッチンで料理を作っている優吾を横目でチラチラと見ながら、華に耳打ちをする。

「ヤバイ、ヤバすぎっ」
「?」
「華の気持ちわかっちゃうよ」
「??」
「父親って言っても色々いるのねぇ、ウチのなんてハゲで臭くて最悪で近寄りたくもないけど、優吾さんだったらむしろコッチから近寄っちゃう!」
「・・・・・・」

 ウチのって・・・
 しかも、ハゲで臭くて最悪・・・って。


「しかも、あの飯島先輩に顔そっくりでしょ、超サイコー!!! おまけに優しすぎっ、料理まで作ってくれちゃうなんて信じられないっ、完璧〜〜!」

 う、うぅ〜ん・・・・・・
 スゴイ・・・沙耶ってば滅茶苦茶パパを気に入ったみたい。

「・・・まぁ、パパと怜くんは兄弟だから似てるのは認めるし、優しいのも本当だけど・・・料理作るのは別に・・・」
「あり得ないって!!! 私が知る限りは料理の出来る・・・というか、する男なんて見たこと無いよ? ウチの父親なんてそんなの女の仕事とか思ってるし、台所に立ってる姿なんて見たこともないって」

「えぇ〜?」

 今度は華が驚く番だ。
 優吾のように男性が家事をする事など当然のように思っていた華は、沙耶の言う男性像とのギャップに驚いて目を見開いた。

「・・・あ、まぁ、華の所は母親いないからちょっと事情が違うだろうけど。それにしてもレベルが高いと思う」

 そうなのだろうか。
 優吾はそんなに言われるほどなのだろうか。

 でも、そう言われるとそんな気がしてきてしまうから不思議だ。
 余所と比べる事なんて無かったけれど、考えてみれば優吾に対しての不満なんて殆ど思いつかない。
 その時点で凄いことなのかもしれない。

 それに、パパをべた褒めされてウレシイ気持ちもするし・・・


「なぁに笑っちゃってるのよ〜、ファザコンめ〜」
「えへへ、そうだもん」
「うわっ、ホンマもんだよ」

 沙耶曰く華のファザコンは『隠すつもりもないほど重傷』なんだそうだ。
 自分の事がどうやって人に見えているのかよく分からないけれど、少なくとも沙耶にはそういう風に見えるんだろう。
 でも、別にそれはそれでいいのだ。
 実際の自分はそれだけでは終わらない気持ちで優吾を想っている。
 その関係を知っているのは数少ない人間だけ。

 沙耶にも・・・

 そう思う気持ちは強くある。
 でも、沙耶を失うかもしれないと言う思いがあってどうしても言えなかった。


 だけど『失う』ってなんだろう?
 それで沙耶が自分から離れていくのなら、それだけの関係だったと言うことじゃないだろうか?


「は〜い、ゴハンの仕度が出来たよ〜♪」

 陽気な声に我に返り、見ればすっかり夕食の準備が終わった様子だった。
 とりあえず、今はこの美味しそうな食事でお腹一杯にする方が先決だな、と思った。







その2へつづく


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