『ラブリィ・ダーリン2』

○第8話○ 告白3〜親友・沙耶の場合〜(その4)








「ふぁ・・・っ」
「でっかい欠伸だねぇ・・・」
「・・・う〜ん」

 優吾に感心されるほど大きな欠伸をして、目を擦る。

 寝過ぎて眠いっていうことだろうか。
 沙耶が帰ってから、華はぼぅっとする頭をどうすることも出来ずにいた。


「夕べは楽しかった?」
「・・・楽しかったよぉ・・・」

 沙耶とはホント沢山話した気がする。
 今まで話せなかったこととか、お互い山のように。

「・・・パパは寂しかった? ごめんね・・・」
「いいんだよ、そんなの」
「ん、・・・でもさ、昨日はどうしても一緒に寝たかったって言ってたから・・・ホントはちょっと気になってた」
「あ、あれかぁ・・・う〜ん、アレは・・・なんて言うか」

 ちょっと考えて、優吾はチラリ、と華を見やり、未だ眠そうな様子に『なんでもない』と首を横に振り、目を逸らす。

「何でも無いって・・・そんな風には見えなかったけど?」
「エ〜ト・・・そう、だったかなぁ・・・」

 嘘の下手な性格故か、完全に目が泳いでいる。

「パ〜パ? 何でそんな動揺してるの?」
「・・・・・・」


 沈黙の末、俯き、とても言いづらそうにこっちを見て、やがて観念したように小さく息を吐き出す。
 一体何だって言うんだろう?



「あの・・・・・・エ〜ト、華ちゃんの・・・その、首のところ・・・がね、昨日、ヒカルくんのマンションの帰りにちょっと見えてね・・・アレ?・・・って・・・思って・・・・・・」

「・・・? 首・・・のところ?」

 そんなとこに何かあっただろうか。
 華が首を傾げると、優吾はやや焦り、自分の言っていることに自信がないらしく段々声が小さくなっていった。

「だ、だって、赤くなってる・・・みたいに見えて・・・まさかって思ったんだけど・・・」
「・・・え?」
「ヒカルくんに何されたのかな、って・・・ちょっとだけ気になって・・・」


 昨日・・・


 ・・・・・・・・・えっと・・・



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 っ!!!



 急激に昨日の事を思い出した。
 ああいった終わり方をしたという事と、沙耶が来たという事で、ヒカルに襲われそうになった一連の出来事はすっかり頭の中から外されていた・・・。
 いや、外されていたと言うよりも、無意識に忘れようとしていたのかもしれない。

 痕・・・ついてるの・・・?

 華は首筋を押さえ身を固くしたが、黙っているとヒカルにされた事一つ一つが頭の中に蘇ってくる気がして、弾けるように顔を上げた。

「これはなんでも無いんだよ!? ホントだよ!? 何にもなかったんだからっ!」


 そうだよ、何にもなかった何にもなかったっ!



 なのに、

 ヒカルが覆い被さってきて、首筋にキスされたこと、
 両手を捻りあげられて、彼の口と自分のものが重なったこと。

 それらが克明に、憎らしいほど鮮やかに思い出されて・・・

 違う、アレは違う。
 私の気持ちは少しも入ってなかった。
 あんなのなんでもない、キスでも何でも。


「・・・・・・っ、なんでも、アレはなんでもないんだよ・・・」

 変な誤解はして欲しくない。
 適当に言葉を並べ、何でもなかったのだと、この場をやり過ごしてしまいたいのに、同じ言葉ばかり繰り返して、何をやってるんだろう。


 明らかに優吾の顔色が変わっていく。
 疑惑から核心へ、そして、動揺していた瞳は少し怒りを孕んだ色へと姿を変えて。


「ふぅん・・・」
「ちっ、ちがうよぉっ! だから何も無かったって、ホントだからっ」
「口にもキスされたの?」
「されてないっ!!」
「じゃあ、何で首と口を手で押さえているの?」

 優吾の指摘で、自分の手が首筋と口元を隠すようにしていた事に愕然として慌てて外す。

「ちっ、ちがっ、これはっ・・・ん〜っ!?」

 突然優吾の唇が華のそれに覆い被さり、彼の舌を差し込まれた。
 激しく息をつかせぬキスに驚き、何の反応も出来ない。
 彼の思うままにされ、息苦しくて喘ぐと、

「こんなふうに? それとも、もっと激しく?」

 ちがう、そんなんじゃない。
 小さく何度も首を横に振るが、優吾は薄く笑いを浮かべただけで、今度は華の鎖骨の辺りに唇を落とすと強く吸い上げた。

「・・・んっ」

「・・・・・・こうやって首筋までしっかりとキスマークつけられて? ・・・それで何もなかったって華ちゃんは言うの?」
「・・・あっ」

 もっともな意見に、それ以上何も言えなくなってしまう。
 自分が逆の立場だったらきっと許せない・・・
 なのに・・・

「華ちゃん」


 低い声音にビクリと身体を震わせる。


「・・・ごめん・・・なさい・・・」

 謝って許してくれるだろうか。
 そんなくらいじゃ許してもらえないだろうか。
 どうしたら・・・

 まるで親犬に叱られた子犬のようにしゅんとして。

「・・・・・・っ」

 そんな様子に優吾は戸惑った。
 自分は今、どんな顔をして華を見ているのだろう・・・と。

「いや・・・華ちゃんが悪いワケじゃないでしょう・・・?」

 そう、華が悪いわけがない。
 自分の意志とは無関係に連れて行かれて、例え抵抗しても男の力に敵うわけがないのだ。
 何をされたとしてもおかしくない状況下で、それだけで済んだと言うことに感謝しなければならないのだろう。

 それでも割り切れない気持ちというのはあって、無理矢理でも納得しなければいけないと思うのに、どうしても悔しさが込み上げるのだ。
 自分以外の男に触れられたという事実と、その場にもっと早く行くことの出来なかった自身への怒りが。


「・・・そんな顔しないで。華ちゃんは悪くないよ。ごめんね、怒ってるわけじゃないんだ」
「・・・・・・ホントに・・・?」
「当たり前でしょ?」
「・・・そ、・・・か」

 優吾にとっては取り繕ったような笑顔だったが、それでも華は少しだけホッとした。
 普段怒ったりする所を殆ど見たことが無いので、ちょっとでもムッとした表情を見てしまうとドキッとしてしまう。

 優吾は自分の髪の毛を掻き上げながら苦笑した。

「・・・まいったなぁ・・・」
「?」
「昨日は沙耶ちゃんが来てくれて良かったのかもね」
「どうして?」
「ん〜・・・僕って結構心が狭いんだなぁって思って」
「なぁに? それ」
「何でもないよ」

 一人で何やら納得して、華の頭をポンと撫でる。
 華には優吾が何を言っているのかさっぱりだった。
 でも、くすくす笑っている彼を見て自然と笑みがこぼれてしまう。

「なぁに?」
「なんだろねぇ」

 他人から見ても自分から見ても穏やかな性格だと思っている彼だが、華の事ではとにかく右往左往してしまい、平常心というものを見失いがちになってしまう。

 優吾はそんな自分が可笑しかったのだ。



「あの・・・・・・ね、パパ。私、沙耶にパパとのこと話しちゃった」
「え?」
「・・・ダメだった、かな?」

 ちょっと不安そうに見上げる瞳。
 そんな顔する必要などどこにもないというのに。

「どうしてダメって思うの? 沙耶ちゃんが華ちゃんにとって大切な人だから言えたんでしょう?」
「・・・う、うん・・・」

 彼には、それが華にとってとても勇気の要る事だったと言うことはちゃんと分かっている。
 きっと沢山悩んで、苦しんだんだろう。

 優吾は目を細め、華を包み込むようにして抱きしめた。


「華ちゃん、大好きだよ」
「・・・・・・パパ、答えになってない」
「そうだね」


 腕の中の存在が、何よりも愛しい。
 一途な眼差しをずっと自分だけに向けて欲しくて、全てを自分のものにしたいと思うことは確かにある。
 でも、それは自己満足以外の何だというのだろう。
 
 壊したいのではなく、護りたいのだ。


「パパ?」

 ゆっくりと、彼の顔が近づいて。
 重なった唇は、先ほどとは比べものにならないほど優しくて、嬉しくてちょっとだけ涙がにじんだ。



「ホントにね・・・大好きなんだよ」



 優吾は、それ以上ヒカルのことについて触れることはなかった───






第9話へつづく


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