『ラブリィ・ダーリン2』
○第9話○ きっかけは小さな箱(中編) その夜の優吾の様子は一言で言って『変』だった。 華が学校から帰って来ると、既に優吾は会社から帰宅していて・・・ 『今日は早いね、どうしたの?』 と聞いても、曖昧に頷くだけで何だかよく分からない。 食事中もソワソワしてて、どこか上の空。 しかし、時折見せる、もの言いたげな視線─── 華は首を傾げるばかりだった。 「・・・さて、と」 華がソファから立ち上がった途端、優吾はビクッとして意味もなく勢い良く立ち上がる。 「はっ、華ちゃんっ」 「えっ? なに?」 「どっ、どこ、行くのっ!?」 どこ・・・って、言われても・・・ この家の中にいる限りたかが知れてると思うんだけど・・・ 「・・・お風呂だけど」 「そっ、そう・・・っ」 「うん」 「あのっ!!!」 「なに?」 普通に返事をして優吾を見ただけなのに、彼は言葉に詰まったらしく、口をパクパクさせている。 それでも何かを言おうと、必死で考えているようだった。 そして・・・ 「僕も、一緒に入っていいっ!?」 「・・・えぇ!?」 驚いた華は一歩後ずさり、その拍子でソファの足にぶつかってしまい、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。 「わっ」 「うわぁあぁあああぁあっっ、華ちゃぁああんっっ!!!!!」 悲鳴のような声をあげ、優吾は倒れ込んだ華を抱きかかえた。 「大丈夫っ!? ごめんね、ごめんね、どうしようっ、大丈夫!?」 「ウン、ぜんぜん・・・、ソファの上だったから」 「ホント? 平気? 痛いところない?」 まるで階段から落ちたような慌てぶり。 いくら華にとことん甘い性格だと言っても、何かがおかしい、と流石の彼女でも疑問に思った。 「・・・・・・何か今日のパパ、変じゃない?」 「そっ、そそそんなこと・・・っ、僕はいつも通りだよ!?」 「・・・そう?」 「うっ、うんっ」 「・・・お風呂、入りたいなら先に入ってきて良いよ?」 優吾はそういうつもりで言ったわけではないのだが、華にとっては優吾に先を譲ったつもりだった。 幼い頃はともかくとして、ある程度の年齢になってからは一緒に入ったことはない。 それは二人が両想いになった今でも変わらない事だった。 つまり、『一緒に風呂に入る』という選択肢は、華の中ではなかったのだ。 「そうじゃなくてっ・・・」 「うん?」 「一緒に、入りたいって言ってるんだけど」 単刀直入しかないと思った優吾は、誤解しようのない言葉で伝える。 「なんで?」 「・・・えっと、・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・じ、じゃあ僕二人分のお着替え持ってくから! 華ちゃんは先に入ってていいよ!!」 華の言葉に対する返答はなく、彼はそのままリビングからそそくさと出ていってしまった。 ・・・そう言われても・・・。 様子が変だな、とは思っていたが、まさかこれを言いたかったのだろうか。 少々考え込んでいたが、別に一緒に風呂に入ることが嫌なわけではない。 躊躇いはあったが、『まぁいいか』と考え直し、素直にお風呂場へと直行することにした。 ───だが。 いざ入ってみると、非常に落ち着かない。 身体を洗っていても、お湯に浸かっていてもあからさまに感じる優吾の視線が。 ちょっと、コレは恥ずかしいかもしれない。 「・・・ねぇ、パパ・・・あんま見ないで欲しいんだけど」 「えっ!? どうして?」 どうしてって・・・言われても。 「そうジロジロ見られると何かやりづらいっていうか、落ち着けないっていうか・・・」 「・・・そうなの? 僕の事は透明人間だと思ってくれていいんだよ?」 「・・・・・・・・・」 ・・・・・・思えないって・・・ こうして目の前にいてどうやったら透明人間に思えるんだろうか。 「パパだって、私にジロジロ見られたら恥ずかしいと思わない?」 「え? ・・・う〜ん、・・・華ちゃんに見られるんなら僕は別に・・・」 ちょっと頬を赤らめたりして・・・全く話にならない。 華はガクリ、と諦めに似たような気持ちで、もう何も言うまい、と無言で湯船に浸かった。 「ねぇ華ちゃん、最近身体の調子、どう?」 今度は優吾が湯船から上がり、自分の頭をシャカシャカと洗いながら何とはなしに聞いてきた。 「調子? うん、普通だけど」 「気持ち悪くなったり、酸っぱいものが食べたくなったりとかない?」 「ないよ」 「じゃあ、妙にイライラしたり味覚が変わったりとか・・・」 「ないけど? ねぇ、やっぱり今日のパパすっごく変だよ? どうしちゃったの!?」 「別に変なんかじゃ・・・」 「ウソばっかり! パパはね、何か隠してると挙動不審になるし、何より目が泳ぐんだよっ、ホラ、今だって」 「う・・・」 言われている側から目を泳がせていた優吾は、頭の上にシャンプーの泡をこんもりとつけたまま固まってしまい、ややするとチラリと華を見て、直ぐさま目を逸らした。 「パパ〜? 何か隠してるでしょ」 「そっ、そういうわけじゃ・・・」 「じゃあ何なの? 明らかにオカシイよ!?」 「・・・・・・」 不審な目つきで優吾を見やる。 慌てた優吾は暫し逡巡したものの、華の疑念の籠もった視線に堪えられなくなったのか、ようやく観念したらしく、おずおずと話し出した。 「隠してるとかじゃなくてっ、・・・僕は、華ちゃんがどうなっちゃってるのか知りたくて・・・、だから、もし兆候が現れてたら病院行った方がいいし、判定薬より確実かなぁ・・・ナンテ」 ・・・はんていやく? 何だろ、ソレ? 「何の話?」 「あっ、えっと、・・・赤ちゃん・・・の話」 「・・・っ、えっ!?」 華の目はまんまるに見開かれ、しどろもどろになりながら言葉を選びつつ話す優吾を凝視した。 「あの、だからね、・・・その、実際・・・いつ出来ても不思議じゃない状況だし・・・・・・僕も、出来たらいいなぁ、なんて・・・」 「・・・ホント?」 「当たり前だよっ! それでねっ、もし何も変わったこととかなくても一度簡単にチェックしてみたらどうかなって・・・っ」 「うん、いいけど?」 「じゃ、じゃあ・・・後でやろうねっ!」 「・・・・・・うん?」 後で・・・? なにを? パパ、何言ってるんだろ よくわかんないなぁと思いながら、『よかったぁ〜』と言いながら上機嫌でシャンプーを洗い流している優吾の様子を首を傾げながら見ていた。 当の優吾はすっかり安心したらしく、身体もキレイに洗ってしまうと嬉しそうに湯船に入ってきた。 ちょっと大きめの作りをしているバスタブだが、お湯がザブザブと流れ落ち、一人の時よりも確実に狭く感じる。 「華ちゃんっ♪ 抱っこしてあげる♪♪」 「赤ちゃんじゃないもん」 「遠慮しなくていいんだよ〜、ハイおいで〜」 「あ、ちょっ・・・」 半ば強引に華を抱き寄せ、彼の腕の中に収めてしまう。 普段の時ならまだしも、お風呂の中でのこの行為には流石に・・・。 「私もうお風呂出ようかな・・・」 「なんでぇ? もっとこうしていようよ」 「う・・・」 だ、だって、パパはその気じゃないって分かってても・・・ お尻に当たるんだもん〜!!! 「華ちゃん」 「ん・・・」 「カワイイッ、あむっ」 「やんっ」 首筋のあたりをぱくりと噛む真似をしてから華の身体をぎゅうっと抱きしめてくる。 ちょっと苦しいくらいだったけれど、嫌ではなかったので優吾のしたいようにさせていた。 「・・・僕・・・ずっと思ってたんだけど」 少しして、大人しくなった優吾が華の肩に顎を乗せながら話し出した。 「うん」 「華ちゃんを縛っているのかもしれないなって。僕は、華ちゃんが広い世界を見渡す目を奪っているのかもしれないんだよね。・・・例えば、僕の他に恋愛感情を持てる筈の男の人がいたとしても、僕がいることによってそれが見えなくなって、縛り付けているのかもしれないって・・・」 「えぇ?」 「だって僕は世の中の誰よりも華ちゃんを知ってて、誰よりも優位に立ってて、それが出来る立場にあるから」 「・・・うん」 すぐ側で響いてくる優吾の声は、ゆっくりと落ち着いてて、そして時折キュッと抱きしめるかのように力の入る腕の中、華は目を閉じてそれを聞いていた。 華はわかっていた。 例え優吾がそう思っていても、彼がそれを行使するような人間ではないこと。 ずっと、自分は自由だったし、周りを見渡す目はしっかり与えられていた。 「・・・でもさ。僕は、この先もずっと華ちゃんをこんな風にしていたいって思っちゃうんだよね」 「・・・うん、イイよ」 そんなもの華にとっては当たり前の事だった。 なのに、優吾は返事をした途端黙り込んでしまった。 「・・・パパ?」 「・・・お風呂、でよっか」 「ん?」 振り返ってみると、ちゅっとキスをされた。 「お話の続きは後にしよう。この体勢、ガマンするの結構タイヘン」 「えっ」 ・・・ガマン、してたのか。 てっきり、そういう気はないんだと思ってた。 だったらむやみにくっついてこなければいいのに・・・ はふっと息を吐き出し、優吾は苦笑しながら湯船から出ていき、華もその後に続いて一緒に出ていった。 パジャマに着替えているとき、 「もうちょっと抱っこしてたかったのになぁ・・・僕ってガマンが足りない・・・・・・」 拗ねたようにぽつりと呟いた優吾の独り言があまりに子供っぽくて、思わず顔が笑ってしまった。 この後、そんな華の笑顔も吹っ飛ぶような優吾の行動など、全く予想だにせず─── 後編へつづく Copyright 2005 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |