『ラブリィ・ダーリン2』

○第9話○ きっかけは小さな箱(後編)







 寝室に入って直ぐのことだった。


「これがさっき言ってたやつだよ」


 鞄の中から優吾がおもむろに取り出したのは妊娠判定薬だった。
 だが、それがどういう物なのか一見しただけではよくわからなかった華は、優吾が持っているその箱を何となく眺めているだけ。
 彼は箱を握りしめると、意味ありげに大きく頷いた。

 そして。

「僕が思うにコレは尿検査みたいなものだと思うんだ。ただ、使う時期っていうのがあって、生理予定日より7日後から判定可能って説明書には書いてあった。あ、でもね、会社にそう言うのが詳しそうな子がいてさり気なく聞いてみたんだけど、大体予定日より2、3日後に使えば殆ど間違いなく判定できるんだって。だから華ちゃんの場合は今日で3日遅れてるから丁度いいかもしれないなぁ。いつ使っても問題はないみたいだよ? 朝でも昼でも夜でも」

「・・・・・・・・・・・・」

 いきなりの事で、優吾が何を言っているのか理解するのに暫し時間がかかった。
 だが、バスルームでの会話から今の彼の台詞までを順をおって繋げてみると、段々と優吾の言っている意味をおぼろげながら掴みはじめる。

 華は、理解すればするほど何とも言えない気持ちになり、顔を引きつらせた。

 しかし、残念ながら優吾がそんな彼女に気づくことはなく・・・。
 むしろ他にも何か言いたいことがあるようで、更に話を続けていくのだった。


「それとね、もしも陽性の場合はマークがでてくるんだって。その時は僕にちゃんと言うんだよ? ホントなら僕が試してみたいトコなんだけど、僕じゃどうしたって陰性しか出ないと思うし、ていうか陽性が出たら大変、僕が病院に行かなきゃいけないし・・・あ、とにかくそんなに難しいものじゃないみたいだから大丈夫!! でも、不安だったら僕も一緒に・・・」


「パパのばかあぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」


 華の怒声が寝室に響き渡った。
 顔を真っ赤にして、これ以上ないくらい大きな声を張り上げて。

 何なの何なの、パパ何言ってるのよおぉおおっっ!!!!

 華はワナワナと身体を震わせ、ワケが分からないといった顔をした優吾を追いつめるように目をつり上げた。


「パパが陽性だったらそれこそ大変だよっ! 赤ちゃんどこから産まれてくるっていうの!?」

「う、うん、そうだよね」

「〜〜〜〜っっっ、そんなことあるわけないでしょおぉっっっ!!! あのねぇ、私が言いたいのはそんなことじゃないのっ!! 大体!! さり気なく会社の子に聞いたって何? パパがさり気なく出来るわけないじゃないっ、断言してもいいよっ、その人絶対変に思ったよ!」

「・・・・・・そう、かなぁ」

 優吾はその時の事を思い出しているらしい。
 だが、華は呑気にそれにつき合うつもりはなかった。

「話が脱線しそうだから言うけどね、私は怒ってるんだよ!? ねぇパパ、私が初潮を迎える前もこんな事してたの憶えてる? まさか忘れたなんて言わないよねっ!!!」

「・・・・・え・・・」

 どう見ても分かってない!
 だけど忘れたとは言わせないんだからっ!!

「じゃあ教えてあげる!! あの時私がどれだけ恥ずかしかったか・・・っ!!!! そろそろ生理が来るかもしれないって、ナプキンいっぱい買ってきて、どうやって使うのかソレは細かく説明してくれたよね! 実演までして!!! 実演だよ!? フツーそこまでする!? アレが私にとってどれだけ恥ずかしい事だったか・・・っ!!!」
「・・・・・・あ」
「思い出した? あの時3日間口きかなかったよね。お祖母ちゃんがその事を知ってパパ怒られてたじゃない、忘れたって言うの!? 今の私、あの時と同じ心境だよ!」


 思い出としてはある意味笑い話になるかもしれない。
 でも、あの時は恥ずかしいのと、ショックなのとで。

 今だってそう。

 彼女は年頃の女の子なのだ。
 同性に聞かされるならまだしも、父親に、まして好きな人に説明されたい内容ではなかった。それこそさり気なく渡してくれればそれで良かったのに・・・


 ───じゃ、じゃあ・・・後でやろうねっ!


 先程の優吾の台詞の意味がやっと分かったが、分からなければ良かったと思った。
 まさか、妊娠判定薬を用意して、その概要をイチから教えようだなんて・・・


「もういいっ、貸して!! コレは後でちゃんと説明書読んで試すからっ、それでイイでしょ!? この話はおしまい!!」

「・・・・・・う、うん・・・」

 どうやらあの時の『3日間口をきいてもらえなかった事件』を思い出したらしく、優吾は自分の失態に愕然としていた。
 彼にとってもそれはそれは苦い思い出なのだ。


 優吾はもう何も言えないらしく、力無く頷くばかり・・・


「ごめん・・・ね」

 ・・・・・・・・・うっ・・・


 か細い声に加え、悲しそうな暗い顔で項垂れた姿を目に留め、思わず華の勢いが止まった。


 それは勿論・・・優吾に悪気があってやっているわけじゃないことは分かっているけれど。
 むしろ、華を想うばかりにとってしまった行動だということも。
 だけど、どうしても抑えられずにきつく怒鳴ってしまったのは・・・


 ばつが悪そうにチラリと優吾を盗み見る。

 彼は激しく落ち込み、自分を責めているようだ。
 そんな様子は華にも当然ながら伝わっていて・・・

 彼女の視線に気づき、見上げるように見つめてきた視線は、彼にとっては謝罪のつもりだったのだが、華には『もしかしたら自分が悪いのではないか』という罪悪感を呼び覚ませた。


「・・・別に、もういい」

 思わずつっけんどんに言い放ってしまう。
 それを受けて泣きそうな顔になった優吾を見て、何だかまずい方向に向かっているような気がしてきた。

「・・・僕のこと嫌いになった?」
「な、なってないよ」
「じゃあ、口、きいてくれる? 一緒にいても怒らない?」
「お、怒らないってば」

 優吾は、はぁ、と更に落ち込んだように深い溜息を吐く。
 華の胸がズキリと痛んだ。

 それを誤魔化すように、

「もういいよ、ねよう」

 自分が考えていたより、言い方が少しぶっきらぼうになってしまった・・・
 優吾は『やっぱり怒ってるんだ・・・』とガックリと肩を落とし、小さく頷いてから華の言葉に従うように、のそのそと布団に潜っていった。
 華も隣に入り込んだが、悲しそうな目でジッと見られて罪悪感が更に膨れあがる。

 彼女自身、自分が悪いことをしたわけではないとは思うのだが、段々自信がなくなってきた。

「ねぇ、・・・もう怒ってないよ?」
「・・・・・・」
「ホントだよ?」
「・・・・・・ぅん」

 うぅ・・・っ
 信じてないし。

 ホントにもう怒ってない。
 っていうか、その目を見てたらそんな気、すっかり失せちゃったよ? ホントだよ?


「あの・・・、パパ・・・」

 どうしよう。
 パパだって良かれと思ってやったことなんだし・・・
 私だってあんなに怒ることなかったかもしれない。

 あぁ、完璧立場逆転してる。

 ・・・・・・私、滅茶苦茶パパに弱いなぁ・・・



「・・・・・・怒ってないよ、ホントだよ・・・・・・パパ・・・私の方こそ言い過ぎだった、ゴメンね」

「・・・華ちゃんはちっとも悪くないよ。ごめんね」

「もう、このお話は終わりにしよ? ね?」
「・・・・・・ん」

 なんでパパを慰めてんだろ・・・

 そう思いつつも、このぎくしゃくした状態はとってもイヤで彼との距離を縮めたかった。

 少し考えた後、華は決心したようにむくりと起きあがり、優吾の額にキスをした。
 それから、瞼や頬や鼻にも同じ事をして・・・

「・・・華ちゃん?」
「・・・・・・パパは動かないでね」
「・・・うん」

 最後に唇にもキスをした。


 優吾に覆い被さるような体勢は、いつもとはまるで逆だなと思った。

 唇を離すと上から彼を見下ろしてみた。
 ぼうっとした様子で見上げる彼がとても無防備で、心臓が掴まれるように苦しくなる。


「・・・パパ・・・いつもこんな風に私を見てるんだ」
「・・・?」


 ちょっとした好奇心だった。
 優吾がいつも自分にしてくれることをやったらどんなだろうと。

 彼の首筋にキスをして、
 その間にパジャマのボタンを何個か外していく。
 優吾は戸惑い気味にしていたが、抵抗することはなく、とりあえず華に身を任せているようだ。


「・・・・・・っ」

 華は思わず息をのんだ。

 胸をはだけさせ、下から覗く肌が色っぽくて。
 無性に彼が欲しいと思ってしまった。


「華ちゃ、ん・・・どうした・・・の?」
「パパって自覚ない」
「・・・なんの?」
「私今スゴイどきどきしてる。パパがそういう顔するから」
「・・・どんな顔?」
「わかんない、でも、どきどきさせる顔」

 優吾は首を傾げ、華の頬に手を伸ばした。
 華は目を閉じてそれを受け止め、そのまま唇を重ねる。
 ついばむようなキスを繰り返し、それは次第に深くなっていく。

 優吾は少しだけ唇が離れた瞬間、華に小さく囁いた。

「・・・僕もどきどきしてるよ。華ちゃんが欲しくて」

 彼の言葉に華は恥ずかしそうに小さく頷いた。
 優吾はホッとしたように顔を緩ませ、もう一度唇を重ねると、華を抱きしめたままの体制で身体を反転させた。

 つまり下にいた筈の優吾が、いつの間にか華を組み敷いて・・・

 今度は華の首筋に噛みつくようにキスをする。


「ぅ・・・んんっ、パパ・・・っ」

 そのままパジャマの下から手が滑り込んで、器用にブラジャーを外された。


「・・・ふ・・・あ・・・・・・っ」
「華ちゃんこそ自覚が足りない」
「えっ・・・あん」

 優吾の手が、舌が、華の事ならばなんだって知り尽くしているとでも言いたげに動き回る。
 左の手の平で胸の頂を転がされ、残った右手が下腹部へと伸びる。
 その間も彼の口が身体のあちこちに自分の痕を付けて、その度に身体が跳ねた。


「僕以外の前でそんな顔見せちゃダメだよ」
「・・・ぁっ」

 いつもよりも性急で強引なほどの愛撫は、華を直ぐさま溺れさせる。

「・・・はぅ・・・く・・・っあ」

 くちゅり、という音をたてて、指が華の中を出入りする。
 もう片方の手は、未だ胸を刺激し続けた。
 彼に唇を塞がれ、その間、目を閉じてそれらの快感を堪えた。

「華ちゃん、ちゃんとカンジてる?」
「・・・あぁっん・・・!」

 突如指を増やされ、また身体が跳ねた。
 何度も差し込まれ、その度に締め付けがきつくなり、今更聞かれるまでもない状態だった。
 それなのに、優吾は分かっているのかいないのか、目を潤ませ何度も華に問いかけた。

「どう・・・?」
「・・・あっやぁん・・・あっ・・・くぅっ・・・っ、やめっ」

 こんなに中で滅茶苦茶に動かされて、まともな言葉なんて発せるわけがない。

 ガクガクと身体を奮わせ、浅く息を吐き出すだけで精一杯。
 そんな華に漸く気づき、優吾は自分自身に苦笑した後、少しだけ手を緩めた。

「・・・あ・・・はっ、あ・・・・・・はっはぁ・・・んっ」
「ごめん、大丈夫?」

 言いながらも手を緩めただけで行為を止めているわけではないのだが。

「・・・ん・・・っ、ぅ・・・ん」

 きつく閉じたままだった華の瞳がゆっくりと開いていく。
 頬を染め、トロンとして・・・


「・・・気持ち・・・イイ・・・・・・・よ」

 小さく頷き、目を潤ませ胸を上下させる姿を見せられ、堪らない気持ちが膨れあがり、どうしようもないほど自分が高ぶっていくのがわかった。





「パパ・・・・・・おねがい・・・」


「・・・・・・っ」


 ───もう我慢なんて出来るわけがない。


「・・・っああっ!」

 一気に貫き、弓なりに反り返った華の身体をきつく抱きしめた。
 そして、殆ど間を置かずの抽挿が始まり、高ぶった精神は己を抑制することも出来ずに、激しく、真っ直ぐに華にぶつけられた。


「華ちゃ・・・んっ」

 彼に呼ばれた名前はどこか遠くで言われたような気がした。
 それなのに、彼を近くに感じているのは確かで。

「パパっ・・・、パパッ・・・」

 もっと近くに・・・と思って彼に触れようと腕を伸ばした。
 その腕は、優吾の頬に触れた途端、彼の熱い手にしっかりと握られて指を絡ませるとベッドに沈んでいく。

 繰り返す動きは激しさを増し、同時に快感を増幅させ、呼吸する事すらままならなかった。
 更に追いつめるかのように唇を激しく塞がれ、くぐもった喘ぎ声を漏らしながら、彼の手をめいいっぱい握る。
 そうしていても、次々送り込まれる強い快感に堪えるのは限界に挑戦しているようなもので・・・。

 けれど少しでも長く優吾と一つになっていたかった。


 でも、


「あっっ、ぁあんっ、パパ、パパぁっ!」


 もう止まりそうもなかった。
 いったん押し上げられた快感は、どこまでも高く昇っていくから。


「・・・はぁ、・・・っ・・・華・・・ちゃ・・・っ!」

「・・・っぅあぁっ、あっあっ、・・・っああぁんっ!」


 深い抽送を繰り返し、部屋の中に響き渡るお互いがぶつかり合う音と、限界を知らせるような華の声で最後の時が近づいていることが容易に想像できた。

 彼女の身体がビクンビクンと痙攣を始め、優吾を強く締め付ける。
 それが刺激となって、彼は自分も限界が近いことを知り、一層深い所に突き上げた。



 瞬間、


「・・・ふぁっ、やぁあ、っ、んあああぁっっ!!」 

「・・・・・・くっ、・・・っ・・・」


「あ、あ、あっ、んああああぁぁっっ!!!」



 ───弾け飛ぶ意識。

 真っ白になって、訳がわからなくなって、
 それでも、未だ身体の中を突き上げられる感覚を手放したくなくて、
 無我夢中で優吾にしがみついた。

 荒い呼吸音と、苦しいくらいにきつく抱きしめられる感触、彼の全てが愛しい。


 ───その少し後、優吾の限界を伝えるような声を漏らし、直後、彼女の体の中に全てを吐き出した。










 ずっとずっと、こうしていたい。

 パパの温もりを、ずっと・・・ずっと




 抱きしめていたいよ・・・









 まどろむ意識の底で、華はただそれだけを願った。














▽  ▽  ▽  ▽


「・・・ね」


 暫く抱きしめあったままの二人だったが、少しして優吾が話しかけてきた。

「なあに?」
「やっぱり話の続きしても、いいかな?」
「・・・?」
「赤ちゃんのこと」
「・・・・・・あ・・・・・・・・・うん、でも、出来てないと思うよ」
「それでも、話しておきたいから」
「・・・うん、わかった」

 華が頷くと優吾はホッと息を吐き、漸く繋げた身体を離すと彼女の横に寝転がり、顔を向けた。

「華ちゃんまだ高校生なんだよね」
「・・・う、ん・・・でも関係ないよ。ずっと欲しいって思ってたし」
「え? ・・・ずっと?」

 きょとんとした顔で首を傾げる優吾に笑いかけ、華は彼の胸に顔を埋めた。

「パパとはじめてしたときから」
「・・・そう、なの?」
「うん」

 優吾は華の肩に腕を回し、ぎゅうっと自分に引き寄せた。

「でもね、華ちゃん。一つの命が産まれるって簡単なことじゃないんだよ? 今更こんな事言うのなんて順番間違ってるけど・・・ホントに僕でいいの?」

 真面目な顔で華を諭す優吾。
 華は優吾がそこまで考えていたという事が嬉しくて。

「パパ、私思うんだけどね。例えば、私の中に命が宿ったとして、最初は実感なんて湧かないと思うよ? それはね、私が大人の女性になったとしてもそうかもしれない。多分、少しずつお腹の中で赤ちゃんが成長して大きくなって、その間に実感してその命が大切になっていくんだって思う」
「華ちゃん」
「それとね・・・」
「うん」
「パパはさっき『僕はずっと華ちゃんを縛っているのかもしれない』って言ってたけど、それは私にも同じ事がいえるんだよ」

 自分ばっかりって思わないで。
 同じなんだよ。

「私は産まれたときからパパを縛ってる。ずっと誰より近くにいたし、ママに負けないくらいパパを愛してる。一生離れるつもりなんてない。それってもの凄く束縛してると思わない? 私の方がずっとパパをがんじがらめにしてる」

 パパを想う気持ちだけは誰にも負けない。
 それだけはスゴク自信があるの。


 優吾は、目を細め、華の唇に触れるだけのキスをした。
 目の前の彼の眼差しはこの上なく優しい。



「僕は幸せだね」




 ───パパ。

 私も幸せだよ。
 タカラモノみたいにパパが大事だよ。

 私はね、パパが安らげる唯一の存在になりたい。
 パパが甘えられる唯一になりたい。



 心からそう思う───









最終話へつづく


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