『ラブリィ・ダーリン2』番外編・1

【その2】










4.代表取締役社長命令



 そのころ、社長室にいた優吾は・・・


「え〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?」


 悲鳴にも似た声で叫んでいた。
 一応防音されているので、こんな声が外の人間に聞こえないというのは、ここに優吾を呼んだ秀一にとっては幸いだったと言えよう。


「別に驚くような事でもないだろう」
「驚くよっ、秀一くん何を血迷ってるの!?」

 珍しく動揺を見せる弟を楽しそうに眺め、秀一は至って真面目に口を開く。

「血迷う? 俺は正気だが」

 優吾は目を見開き、どうやらショックを隠しきれないらしく、呆然と秀一を見る。

「・・・・・・でも・・・僕・・・そんな大した仕事してないし・・・これからだってきっと同じだと思うし・・・」
「何を言う、今のままでも充分会社に貢献していると俺は思っている」
「だけど、別に僕じゃなくても・・・・・・」
「俺は優吾がいいと言ってるんだ」
「考え直してよ秀一くん!」

 押し問答のようなやりとりと、優吾の言葉があまりに心外で、秀一の眉がピクリとひくつく。

 何故喜ばない?
 こんなにいい話を。

 ・・・だとしても、

「この事は一応優吾に報せただけで、決定事項と言っていい話だ」
「そんなっ、酷いよ!!」
「いい年して駄々をこねるな」
「駄々だってっ!? そんなのいくらだってこねてやるよっ!! 横暴だ暴君だ秀一くんのあんぽんたん!!!」
「・・・おい」
「だってだって、そんなの引き受けたら華ちゃんといられる時間が減っちゃうよっ、僕は秀一くんみたいにいつでもどこでも仕事のために動き回るなんて出来ないし、そのかわりに華ちゃんの為ならいつでもどこでも動き回っちゃうような男だよっ!? 絶対無理だよ!」
「生憎だが、そんなのは百も承知で言ってるんだ。別に俺と同じである必要はない。優吾には優吾のスタンスがあるだろう、それでいい」

「だけどっ、秀一くん」

「悪かったな休みの日に時間をとらせて。俺の話はそれだけだ」

「秀一くん!」

「頼むぞ」



 ・・・全然話を聞いてくれない。


 優吾は、その後も暫く粘りに粘って秀一にしつこく付きまとってみた。
 だが聞き入れる余地など全く与えられず・・・
 程なくして、秀一は腕時計に目をやると、『これから打ち合わせがあるんだ』と言って、優吾を残して社長室から颯爽と出ていってしまった。




「・・・・・・う〜〜〜〜〜〜〜〜っ・・・」




 ───困ったことになった・・・


 そう思いながら、暫しの間ボ〜っとその場に突っ立ったまま天を仰ぐ。
 秀一のあの態度はきっと・・・いや、絶対覆らない・・・
 兄弟だからこそ、その辺りの秀一の性格は嫌と言うほど熟知しているし、抵抗を見せるだけ体力の無駄だと言うことも分かっている。


 つまり、僕に選択権はやらないぞって事だよね・・・。



 さっきの話じゃ、別に今までどうり、僕の思う通りにやればいいってカンジだったけど・・・




 でも、でもさ、




「僕が・・・・・・副社長なんて・・・どうかしてるよ・・・っ・・・」




 そう、秀一から言い渡されたのは『代表取締役副社長』への異動命令。

 今まで飯島にはこのポストは無かった。いや、敢えて置かなかった。
 だが、ここへきて大きな事業拡大に伴って人事異動が行われ、役員もかなり入れ替わっている。
 優吾は長い間専務取締役というポストに居座っていたが、今までの優吾を見ていた秀一は、もっと自分に近いところに彼を置いて動かしてみたい、という密かな気持ちと、いつでも自分は優吾に追い抜かれる可能性がある、ということを背負わす為に、『副社長』という椅子を用意することにした。
 勿論先程の優吾を見れば、彼に出世欲など皆無であると言うことは明らかなのだが、この際そんなものは秀一にとってはどうでも良いらしい。もしかしたら、ライバルのような存在が欲しかっただけかも知れない。

 そして優吾を副社長へ推薦した際、多少の反対意見があった。
 が、会長である浩介の口添えもあり、優吾の知らないところで周囲の了承を得てしまったという経緯があったりする。




 だがしかし、



「副社長って響き・・・・・・裏で悪いことやってそうだよね。秀一くんが御代官様なら僕は越後屋だ・・・・」



 当然ながらそんなものは、優吾が勝手に想像するところの偏ったイメージ像に過ぎない。世で懸命に働く社長及び副社長に全くもって失礼な発言だ。


 ただ・・・

 かなり粘って嫌がった一番の理由がそれだと知ったら、秀一はどんな顔を見せただろうか・・・・・
 ・・・・何となく先が思いやられるような気がしなくもない。














5.いつもの警備員さん



「こらこら、ここは勝手に入っちゃだめだよ!」

 華が飯島の本社ビルに入ろうとしたとき、若い警備員に止められた。
 彼は華の前に立つと、『出て行きなさい』とでも言うような目で、ジッとこっちを見据える。

 困ったな・・・と思い、辺りをキョロキョロするものの、こんな時に都合よく知り合いなんて現れる事は無くて。


「えっと、パパがここで働いてて」
「あぁ、そういうの通しちゃだめだって言われてるんだ」
「でも、いつもの警備のおじさんは通してくれるのに・・・」
「いつもは良くても今日は俺だからね」
「・・・大事な届け物が・・・」
「届け物?」
「うん、携帯電話、忘れてっちゃったの」

 警備員の態度に目を潤ませて見上げると、彼は『うっ』と声を詰まらせた。
 そのまま暫くの沈黙が訪れる。

「・・・・・・・・・で、何課のダレさんに届ければいいの? 受付に言っておくから」

 なんだか急に扱いが優しくなった気がした。
 それでも中に入れてくれる様子は無い。

 いつもならロビーに入ってエレベーター乗ってすぐなのに・・・・・・

 思いも掛けない障害に、華は心細くなって泣きそうになる。
 ただ中に入る事すらできないなんて。



 と、

「おいっ、金田っ!! 何やってんだ!?」

 中から出てきた男が、突然目の前の警備員の肩を掴む。
 ぎょっとした警備員は、急にペコペコとその人に頭を下げた。

「あ、西さんお疲れ様です、休憩終わったんすか?」
「終わったんすかじゃない、何やってるのか聞いてんだ」

 西と呼ばれた男は、同じく警備服を着ている。
 しかし、その表情はやや焦りが混じっていて。

「何って、この子が入ってこようとしたんで、止めてたんです」
「阿呆ゥっ!!!」

 西の怒声が響き渡る。
 華はあっけにとられてポカンとしてしまった。


「すみませんお嬢さん! 彼はまだ新人で・・・知らなかった事とは言え、本当に失礼な事を・・・」

 華は西が誰であるか既にわかっていた。
 だが、怒った姿は初めてで、いつもはにこにこしながら華に笑いかけてくれる優しいおじさん。
 つまり、いつもの警備のおじさん、それが西だったのだ。

「お前も頭下げるんだ!」
「えっ、・・・なんで」
「ばかっ、いいから! お前が追い返そうとしたのは、飯島専務のお嬢さんなんだぞ!!」
「えぇ〜〜〜っっ!!??」

 悲鳴のような声をあげ、金田と呼ばれた男は大慌てで頭を下げた。

「すいませんっ、ホントすいませんっっ!!!」

 しかし、華としては別に通してくれたらそれだけで良いわけで、こんなに大袈裟に頭を下げられてもどうしたら良いものか・・・。
 何度も何度も頭を下げられ、一方的に自分たちが悪いのだと言われ、何だか今度は華の方が罪悪感が膨らんできてしまう。

「えっと・・・私、ここに来るの久々だし・・・何も連絡入れずに来ちゃったから、多分悪いのは私で・・・」

 こんなときどうやって対応したらいいのか・・・そんな風にされる必要なんて全くないのに・・・
 一向に頭を上げない二人に、華は心底困り果ててしまった。









 ───そして、その頃。



 秀一は秘書であるまりえを引き連れ足早にロビーを歩いていた。
 思ったよりも優吾との話に時間が掛かってしまい、彼は少々時間に追われていた。


 優吾のやつ・・・意外にしつこく難色を示していたな・・・
 まぁ、本人に何の相談もせずに決めてしまったのは悪かったとは思う。
 だが、相談したって良い返事が貰えるはずも無いのは分かっているのだから、こうなったのは致し方ない事だと思って、優吾には諦めてもらうしかない。

 多少の陥れた感じが無い訳でもないが、『決まった事だ』と割り切り、彼は歩を進める。


 すると、入口で何やら揉めているような姿が目に入った。
 こんな場所で一体何をやっているんだと、秀一は眉を顰めたが、急いでいることもあって、そのまま出迎えの車が待つ方の別の通用口へと歩き去ろうとした。

 だが、


「・・・華ちゃん?」

 隣を歩いていたまりえがポツリと小さく呟いたのが耳に入る。

「え?」

 なんだと?

 よく目を凝らしてみると、・・・・・・確かに華の姿。

 一体どうしたんだ?

 急に表情を変え、彼は方角を変えて華のいる方へと走った。
 秀一の走る姿など初めて目にしたまりえは、一瞬驚いたものの、彼の後に付いていく。


「華、どうしたんだ!?」
「あっ、秀一伯父さん」

 急にホッとしたような華の表情。


「何をしている」

 突然現れた代表取締役の低い声。
 警備員2人は焦るばかりでただひたすら頭を下げた。


「何にも無いよ〜、今日はいい天気だねって言ってたの」

 にっこりと笑う華に、少しだけ厳しい目つきを和らげ、警備員達に目をやる。
 彼らは華の言葉に驚いたような顔をしていた。

「・・・そうは見えないが」
「あ、まりえさん、久々〜元気だった? ・・・わぁ、秘書さんのカッコ初めてっ、まりえさんすっごいキレイ〜〜っ!!」
「ありがとう、華ちゃんに言われると嬉しいな、華ちゃんも元気そうっ、今日もお人形さんみたいにカワイイっ」

 そう言ってまりえは華をぎゅうぎゅう抱きしめ、華は嬉しそうにまりえに抱きついた。
 秀一は目を細めてそれを見ていたが、直ぐ側で呆然としている警備員に目をやった。

 天気の話をしてこんなに青ざめて謝る奴がいるか。
 ・・・やはり何かがあったのだろうが・・・

「あ、私パパに用事があるの、早く行かなきゃ」
「優吾に? 何かあったのか?」
「お仕事携帯忘れてったの、大事な仕事の電話がかかってきたら大変と思って届けに来たんだ」
「そうか、ありがとうな」
「えへへ」

 秀一が信じられないくらい優しい顔で華の頭を撫でている。
 その様子は、華とまりえを抜かしたこの場にいた全ての人間が初めて目にする顔で、警備員二人も、そして、彼らの様子を興味津々で遠巻きにロビーで見ていた人々も我が目を疑った。

 あのクールな社長が・・・、と。


「伯父さんは? どっか行くの?」
「あぁ、できれば優吾のところまで連れて行ってやりたいが・・・」
「いいよ〜、秀一伯父さんの時間取っちゃ悪いもん」
「・・・すまない、もしかしたら優吾はまだ社長室にいるかもしれない、専務室にいなかったらそっちを覗いてやってくれ」
「うんっ、わかった。じゃあね! あ、警備員さん達もバイバイ!」

 華は何事も無かったかのように手を振って、笑顔を向ける。
 戸惑いは隠せなかったが、華の気持ちに気付き、年配の西の方は穏やかに笑って一礼し、金田の方はポカンとして西にさり気なく背中を叩かれ、慌てて一礼した。



 そして、華も秀一達もそれぞれ目的の場所へ向かうべくいなくなってしまうと、西と金田はホッとしたように盛大に息を吐き出した。


「す、すいませんでした・・・」
「あぁ、もう気にするな。俺もお前に教えてなかったからな。でも、もう憶えただろう?」
「はい、それはもう・・・っ」

 まさか、社長まで登場するなんて・・・こんなの二度と忘れる訳が無い。
 西はふっと華が去った方を眺め、柔らかく表情を崩した。

「それにしても、こんな大企業に勤める専務の娘さんとは思えないくらい優しい子だよなぁ。お嬢さんっていうと、我が儘で気位が高い生意気娘ってイメージがあるけど」
「・・・そうですね、俺、失礼な事したのに」
「専務もいつもにこにこしてていい人だしなぁ」
「でも、飯島専務って俺が見たかんじじゃ随分若かったけど、あんな大きな子供がいたんすね」
「あぁ、18の時の娘だそうだ」
「うへぇ〜やるなぁ」
「彼女を産んで直ぐに奥さん亡くなったらしくて、専務一人で育てたんだそうだ」
「・・・そ、そうだったんですか」
「ま、俺たちにとっては何もかも恵まれたように見える人でも、そういう事があるってことだ」


 だがしかし、それが不幸な事だと思うのは、所詮は周囲の見解だと言えたかも知れない。
 確かに最初は、哀しい始まりだった。

 これからという時に妻を亡くし、その事に優吾がどれほどの傷を負ったかなんて、当人しか分からないことなのだ。
 そして、現在の優吾と華が、どれほどの想いを持って二人でいることを望み、幸せだと感じているかも、それは他の誰にも分からない事。



「ほら、ボサッとしてないで、仕事に戻るぞ!」
「はいっ!」


 金田は西に背中を叩かれ、この仕事に就いて初めて気合いの入った返事を返し、西は満足気に大きく頷いたのだった。













その3に続く


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