【その3】
6.出会いは突然やってくる
華がエレベーターに乗り込み、扉を閉めようと『閉』ボタンを押そうとしたときだった。
「ちょ、っ、まってまって、乗りまーーーっす!!!」
と、猛ダッシュでエレベーターの中へ駆け込む若い男性が。
彼はぜはぜは言って息を切らせながら、礼を述べた。
「ありがとう」
「どういたしまして、何階ですか?」
笑顔で返され、目の前の少女の顔を見ると、男性はいささか目を丸くした。
彼の目の前にいたのは、驚くほど愛らしい少女で・・・・・・というか、つまり、思いっきり彼の描く好みのタイプにストレートのど真ん中の直球だったのだ。
不躾なくらい彼女の顔を凝視して・・・。
「あ、・・・、・・・君と同じ所で」
ホントは2階だったのだが。
急いでいた癖に何やってんだという気持ちもあったが、つい口から出てしまった。
華はそんな様子に首を傾げたが、さほど疑問にも思わず、彼に話しかけた。
「お仕事忙しそうですね」
「・・・・・・っ」
───なんてカワイイ声だ・・・っ
彼は感動すら憶え、自分の年齢も忘れ、目の前の少女に対して持てる限りの興味を注いだ。
「あ、え〜と、オレ、まだここに来て日が浅いからイロイロとね、慣れない事もあって」
「そうなんですか、新入社員さん?」
僅かに首を傾げて見上げる姿に、一瞬クラッと目眩を起こしそうになる。
彼は邪念を吹き飛ばそうと、ふるふると首を振って何とか平静を保った。
「いや、支店からの異動でここに来たんだ。一応栄転ってヤツだと思うけど」
「へぇ、がんばったんですね!」
ニコッと微笑まれて思わず顔が紅潮する。
そうそう、オレがんばったんだよ!
支店じゃ頑張って頑張って死ぬほど働いて、本社に栄転!!
しかも、29歳にして営業課長!
なのに周りの反応ときたら、親のコネだの七光りだのいつまで経っても落ち着きがないだの・・・っ、くそ〜!!
ところがどうだよ、目の前の少女はっ!。
なんていい子なんだ・・・。
それにしても・・・・・・
目の前の少女はどう見てもここの社員ではない。
というか、まだ学生だろう。
だとしたら、一体何の用事でこんな所に・・・?
「キミは? 今日は何しに来たの?」
「パパが忘れ物しちゃって、届けに来たの」
「そうなんだぁ〜」
パパだって・・・カワイイなぁ。
ヤバイよ、こういう子ってホントにいるんだ。
あ・・・ってことは、父親はオレも知ってる可能性ありか?
この子が高校生として、40代そこそこから後半あたり・・・・・・当てはまる社員が多すぎて絞りきれないな・・・
いや、待てよ。
今日は土曜日で本来会社は休みなんだ。
オレの課だって数えるほどしかいないし、・・・つっても殆どが独身で、あとは部長も来てたっけ? でも、全然似てないし年齢があわないよな。
う〜ん、誰だろう・・・
「あのぉ・・・ひとつ、聞いてもいいですか?」
「えっ、あぁ、どうぞ」
少女は幾分頬を赤らめて上目遣いで見上げてくる。
コレはクる・・・っ!!!
「ここの会社の上の方の人ってちゃんと仕事してますか?」
「・・・へっ!?」
「・・・・・・例えば、社長とか専務とか・・・専務とか専務とか・・・」
何が聞きたいんだかよく分からなかったが、彼は一拍おいて頷いて見せた。
「あぁ、スゴイよね。社長なんて仕事の鬼ってカンジで、いつも忙しそうだし、ただただスゴイって尊敬する。専務は・・・」
「専務は・・・?」
「・・・・・・オレの・・・目標」
「えっ」
そうなんだよ。
営業やってると、専務のことは嫌でも耳に入ってくるし、実際に会う機会だってあって。
そんで、オレ達が回ってる会社とのパイプづくりをしてるのが専務なんだって聞いて・・・いや、ホント驚いた。
中にはどうやって入り込んだんだろうと思うような難しい企業だってあるから。
実際会った人柄は温厚そのもので、最初は『この人が・・・?』って、ビックリしたけど。
それに、女子社員からのあの人気・・・羨ましい・・・
───チン
・・・・・・っと、そうこうしているうちにエレベーターの扉が開いた。
どうやら誰にも邪魔されることなく彼女のパパのいる階に着いたらしい。
「お先にどうぞ」
彼女はにっこり笑って先に出るよう促した。
「あ、ありがとう」
同じ階だって言った手前、ここで降りないわけにはいかない・・・
先に出て、彼女が降りてくるのを待った。
それにしても、ここで別れるにはあまりに忍びない。
もうちょっと話したい・・・そんな気持ちがうまれていた。
「あの、キミ、名前は・・・」
「華さん」
名前を聞こうと話しかけたとき、後方から低い男の声が。
もしかして、彼女の父親か?
そう思って振り返った。
すると・・・そこには専務取締役秘書の高辻が。
・・・うわ・・・オレ、この人苦手・・・
一瞬で及び腰になる。
「あ〜、高辻さん♪」
オレの反応とは180°違う彼女の声。
・・・ん? ってことは彼女の名前を高辻は呼んでたってのか?
ハナちゃんか、カワイイ名前だな〜
あれ?
何で彼女が高辻の事知ってるんだ?
・・・・・・ていうか、ここって何階?
「お久しぶりです、話は社長から伺ってます」
「あ、聞いたんだ? 相変わらず秀一伯父さんってやること速いねぇ」
「わざわざ届けていただいて・・・お手数おかけしてすみません」
「もう〜、高辻さんが謝る事じゃないよ〜、パパが悪いんだもん」
高辻が彼女に謝ってる!?
・・・どういうことだ?
・・・・・・しかも、話は社長から伺ってるって・・・・・・・・・彼女、秀一伯父さんって言ったか?
社長って・・・飯島秀一って言ったっけ?
───お、伯父さん?
「あなたは確か・・・月島営業課長でしたね」
不意に向けられた高辻の視線。
何でこんな無表情な顔でいられるんだ・・・だから、みんなに能面みたいだとか陰口叩かれるのに・・・
「華さんをここまで連れてきてくれたのですか?」
「・・・えっ、いえ、そういうわけでは・・・」
「では、何の用でここに来たのですか?」
「へっ」
何か・・・一瞬高辻の目が底光りした気がした・・・
・・・凄い恐ぇ・・・
オレが何したっつ〜んだっ
「ここは重役が使用するフロアですが」
「えっ!?」
背筋が凍った気がした。
ハナちゃんに気を取られて、自分が何処に向かってるかなんて全く眼中になくて。
「ねぇねぇ、高辻さん。・・・えっと、月島さんは急いでたみたいだから、きっと用があるんだよ。もしかしてパパに用があったのかもしれないじゃん」
ハナちゃんは、嬉しいことに、もうオレの名前を覚えてくれたみたいだ!
でも、こんな所に用なんてあるわけないしね!!
「・・・えっと、キミは・・・」
なけなしの勇気を振り絞ってハナちゃんに聞いてみる。
もう何となく答えは出てるんだけど、オレの知ってるあの人がパパだとしたら・・・
っていうか、あの人どう見てもオレとそんなに年齢が変わらないようにも見えるし、むしろオレより年下に見えるし、だからだから、こんなハナちゃんみたいな子の父親の訳はないんじゃないかって・・・
「あ、私、飯島華って言います。パパはここの専務さんで飯島優吾です。さっきはパパを誉めてくれてありがとう!」
にこにこにこ〜!! と眩しいばかりの笑顔が・・・っ
オレのちっさな希望は費えたようだ・・・
・・・・・・っていうか、目標なんて・・・もの凄く大それた事を・・・っ
「華さん、専務はまだ社長室にいるようです。社長が出てから随分経ちますが、部屋から出てこないんです」
「ふぅん。秀一伯父さんもそんな事言ってたなぁ・・・じゃあ、私行ってくるね!」
そして彼女、ハナちゃんは、最後にオレに向かってにこっと笑ってお辞儀してから、社長室の方へ行ってしまった。
オレは追いかけたい気持ちを必死で堪えて、彼女の後ろ姿を目で追うことしかできなかった。
高辻は、そんな月島の様子を品定めするような眼で見やり、
「自分の身が大事と思うなら、これ以上華さんに興味を持つのはやめた方が賢明ですよ」
抑揚の無い声で言い放った。
月島はギョッとして高辻を見る。
高辻はいつもと変わりないように見えるが・・・明らかに牽制されているのだと分かった。
「彼女はとてもいい子ですが・・・あなたの手の負えるような子ではないですから」
「・・・オレは別にそういうつもりじゃ・・・っ」
「そうですか? では、私の気のせいだったようです。気を悪くしたなら申し訳ない」
「・・・いえ・・・・・・」
「それでは、用も済んだようですので、2階へお戻りください。お急ぎだったんじゃないですか?」
ハッとした。
高辻に読まれていたということと、自分が急いでいたと言うことに。
月島は慌ててエレベーターに乗り込み、2階のボタンを押した。
扉が閉まる瞬間、高辻と目が合ってしまったのだが、それが異様に恐かったのが忘れられない・・・・・・
ちょっと、かわいいなって思っただけだよっ
専務の娘じゃ手を出せないだろ。
───月島はその後、優吾の娘に対する溺愛ぶりを女子社員から教えてもらって知る事となった。
その話題を耳にする度、高辻のあの異様なまでに冷たい底冷えする瞳を思いだし、あれは何だったんだろうと寒くなるのだった・・・
その4に続く
Copyright 2006 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.