『ラブリィ・ダーリン2』番外編・1

【その5】








8.強き味方


 電話を切ってからずっと華は不機嫌だった。
 耳を塞がれていた所為で大事な部分を聞けなかったことと、ああいう女性が優吾に言い寄っているんだという事実を知ってショックを受けたのと。


「華ちゃん・・・っっ」

 呼びかけるも、華は口を尖らせて俯き、口を利いてくれない。
 電話を切った直後から今の今まで一言も喋ってくれないので、優吾はいっそ泣きたい気分だった。

 しかも、彼が近寄ろうものなら、あろう事か華は高辻に抱きつくのだ。
 高辻も高辻で、華を窘めるとかすれば良いものを、あの無表情で鋭い目つきをやわらげたりして、優吾にはそれがちょっと嬉しそうに見えて非常におもしろくない。


 くっ、高辻くんめ・・・っ、
 さり気なく華ちゃんの背中に手を回してるっ!!!


 優吾は二人をベリッと引き剥がしたくて仕方がなかった。
 ・・・だが、もっと華がヘソを曲げてしまうんじゃないかと思って、ググッと我慢した。


「・・・・・・ねぇ、華ちゃん、こっちおいでよ」


 華が高辻にギュッとしている。

 それを、高辻は嬉しそうに受け入れている(ように見える)


 だが、高辻は華にギュッとされて、やましい気持ちがムクムクと沸き上がっちゃった、というわけではない。
 彼は華が小学生の頃から知っているのだ。
 その延長線上に思っているだけであり、抱きつくという幼い仕草が単純に可愛いと思えて、ウッカリ表情筋が緩んでしまっただけなのだ。



 ただ、優吾にも限界というものがあって。
 華が絡んだ場合、優吾の限界というものは普段の数千倍のスピードでやってくるのだ。

 そして、その矛先は、華ではなく高辻に向けられる・・・。


「高辻くん、華ちゃんを離してよ! なにさっ、そのデレデレした顔っ、奥さんいる癖にっ、言いつけてやるっ!!」

 いや、寧ろくっついて離れないのは華だし、デレデレなどしてはいない。
 能面顔をちょっぴり穏やかにしてみただけだ。
 だが、優吾は子供でもやらないような低レベルな攻撃を与え、高辻を翻弄させてやるつもりらしい。
 当然ながらそんなもので高辻が動じるはずもなく・・・

「そう言われましても、最後の最後で華さんの耳を塞いだ専務がこうなった原因を作ったのです」
「〜〜〜っっっ、・・・・・・とっ、とにかくさっ、その、華ちゃんの背中に回ってる腕、やめてよっ!! 高辻くんのむっつりすけべ!!」
「・・・あぁ、失礼、ついうっかりしました」
「うっかりじゃないよっ!! 僕たちのこと知ってる癖にっ!」


 ───えっ!?

 華は何と下らない会話だと殆ど聞き流していたのだが、今の一言で驚きのあまり自分の耳を疑う思いがした。

『僕たちのこと知ってる癖に』?

 ・・・・・・って、


「パパっ、それどういうこと!?」
「どうもこうも、僕たちは親子を飛び越えてるって・・・・・・・・・っ、・・・・・・・・・あ、華ちゃんに言ってなかったっけ? 高辻くん知ってるんだよ」
「・・・・・・・・・えぇええええええっっ!?」
「なのに華ちゃんにくっつくなんて信じらんない! 高辻くんってサイテーだよね!」

 怒る優吾はさておき・・・
 華は目をまんまるにして高辻を見上げた。
 見下ろす高辻の顔は全くもっていつも通り・・・何にも変わらない。


「・・・・・・ホント?」
「・・・はい」


 何か・・・

 泣きそうかも・・・っ
 すごいっ、知ってて側にいてくれる人がここにもいたんだっ!

 華の顔は一気に紅潮して、目にはジワリと涙が。


「高辻さんっ!!」
「はい」

「大好きっっ!!!!」


 ぎゅっっっっ、と、ありがとうの意味を込めて抱きついた。



 ・・・・・・優吾はその光景に、卒倒しそうだったけれど。









9.二人の関係


 再起不能と化した優吾が正気に戻ったころ───


 華はまだ優吾と栗田真奈美の関係について気にしていた。
 それはそうだろう。
 どう聞いても彼女が優吾に気があることは明白だったし、挙げ句の果てに電話の途中で耳を塞がれて、これでは誤解しないでくれと言う方がどうかしている。

 だけど、優吾にいくら聞いても教えてくれないものだから余計に頭にくるのだ。


 こうなったら・・・・・・っ!!


「じゃあ、高辻さんが教えてっ! 電話で最後に何言ってたかっていうのと、あと“あんな事”がどんな事なのかっ!!」

「・・・は、華ちゃんっ」

「パパは黙って! 私は高辻さんに聞いてるのっ! パパは言いたくないんでしょ!? でもね、こんな気持ちのままじゃやだよっ、やましいことが無いなら何で言えないの? それともやっぱり何かあるの? 私には教えられないの?」

 言ってる間に涙が溢れてきた。
 優吾は華を抱きしめてやりたかったが、近づこうとすればやっぱり高辻にギュッとしがみつくから何も出来ない。

「・・・華ちゃ」
「では、私がお話ししましょう」

 迷いなど感じさせない声音で高辻が言い放つ。

「ええっ!? ちょっと高辻くん」
「専務の気持ちは分かります、男として。しかし、そんなプライドが大事な人を傷つけてしまう時もあるのではないでしょうか?」
「・・・・・・・・・っ」
「現に華さんが泣いているのは何故でしょう」

「・・・・・・っっっっ」

「それに、私にも責任はあります。ですから、私にお任せいただけないでしょうか・・・」


 優吾は黙り込んだ。

 こう言うことを誰かに説明してもらうというのは、あまり気が進まない。
 だけど、今の優吾では上手な説明も出来ず、結局華の気持ちを解決させることは出来ないだろう。
 高辻の方が冷静な分、納得のいく説明が出来るのかも知れない。
 そもそも、こんなことを華に話すつもりは微塵も無かったわけで・・・

 その所為で華ちゃんを泣かせたのは・・・・・・僕自身・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・わかった。・・・高辻くんに任せるよ」

「畏まりました」


 僅かに頷き、抱きつく華に目を向け、高辻は彼が見た出来事を客観的に述べることにした。



「アート・クォーツとは1年ほど前に専務が契約を結んだ会社で、栗田様はそこの代表で、私の高校の時の同級生でした」










10.真相


「彼女から私の家に突然電話が掛かってきたのが事の始まりでした。
彼女は私が飯島の専務秘書をしているとどこかで知ったらしく、自分が今、会社を作ってどんな事業展開をしているかを熱心に話した後、是非飯島と取引をしたいと持ちかけてきました。
直ぐにアート・クォーツの事を調べ、決して悪くはないと思ったので専務に話して、専務も私の同級生と言うことで気に掛けてくださり、直ぐに契約という段階になったのですが・・・
よく考えれば、最初から彼女の専務に対する行動は積極的過ぎたのです。
何というか・・・私に対するものとは明らかに違い、自分が女だと言うことを最大限に意識させるような・・・服装や化粧、それから目つき、言葉の端々、全てに於いて・・・
妙に引っかかり、彼女に聞いてみたことがありました。

『最初は雑誌で社長の記事を見て、興味が沸いて何とか仕事が出来ないかなって思って高辻くんに電話したんだけど、実際優吾くんに会ったら一瞬で気に入っちゃった。もう何が何でも自分のものにしたいってカンジ♪ え? 娘? ・・・あぁ、確かにカワイがってるみたいね、よく子供の話してるし。でも、そんなの知らないわ、コレって私にとっては最高のチャンスなのよ』

───やはりそうだったかと思い、専務に注意する旨は伝えましたが、元々華さんしか目に入っていない方ですので、大丈夫だと笑い飛ばされてしまい、私も専務にその気が無ければ気にする必要もないと、それ以上は何もしませんでした。

そして、あの夜・・・
大事な仕事の話があると、彼女は泊まっているホテルから電話を掛けてきたのです。
彼女と会うとき、専務は必ず私を同行させていたので、待ち合わせの部屋に私も行きました。
最初は3人で話していたのですが、彼女が専務と二人で話があるというので、私は席を外しラウンジで待っていることにしました。
しかし、待っている間、私は妙な胸騒ぎがしてきたのです。彼女が待ち合わせの部屋に私も同行したと知った途端、一瞬見せた嫌そうな顔、そして専務を見る目つきが普段よりもどこか違ったように見えた・・・あれは何だったのか。
もし勘違いならとても失礼な行動だとは思いましたが、理由など後でいくらでも付ければよいと、部屋へ引き返したのです。
ルームキーを所持していなかったので、万一の為にフロントの係りの方からマスターキーを借りていったことが、事態を未遂に終わらせた大きな理由と言えたかも知れません。

───私が部屋に入ったとき、専務はすっかり熟睡中でした。
そして、彼女は殆ど半裸状態でうっとりした顔をして、専務のYシャツのボタンを外している最中・・・。
見ればテーブルの上にはワイングラス・・・しかし、それが原因で寝てしまう程気を許す相手ではない。
問いつめると彼女は『薬を少量入れた』と。

以来、アート・クォーツに関する担当を別の者に一任しました。本当ならば取引そのものを中止したかったのですが、既に多額の金額が動いていた為やむをえず・・・
彼女からの電話は相変わらずありましたが、担当者に回して一切専務に繋ぐことはありませんでした。
勿論そういう女性ですから、会社に押し掛けるという強行にも出てきましたが、全て不在で通しています。
少なくとも学生時代の彼女はこんな事をするような女性ではなかったのですが・・・・・・
お二人に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」



 高辻は真摯に頭を下げ、謝罪した。

 華は何と言っていいのか・・・まるで言葉が見つからない。
 大人の事情とか、そういうのは分からない。

 だけど、自分以外の誰かが優吾に触れたいと思って、それを行使しようとした事が凄く恐いと思った。
 誰かに優吾を奪われることもあるんだと思ったら、恐くて仕方がなかった・・・


「ごめん、華ちゃん。あれは僕の不注意だったんだよ、高辻くんはちゃんと忠告してくれたんだから。何を言ったって言い訳なんだけど、・・・本当に仕事の話だと思ったんだ。お酒も断ったんだけど、あんまり勧めるものだから・・・」

 彼は自分が酒に弱いのを良く知っているし、あまり好きではないから自ら好んで飲むはずがない。
 きっと何度も勧められて、仕方なくほんの少しつき合い程度に口をつけただけで。
 だけど、それこそが彼女の狙いで。

 まるでその場面が目に浮かんでくるようだった。


「・・・ね、じゃぁ・・・さっき・・・電話の最後何て言って切ったの? 私の耳塞いだの・・・どうして?」

 潤んだ目を向けられ、優吾はグッと胸が詰まる。
 これ以上こんな顔をさせておくことは自分自身が許せない。
 それに、自分以外・・・しかも信頼する秘書とは言え、別の男の腕の中で彼女が泣いていることに、もう堪えられそうもなく・・・

「言うよ、・・・だから、こっちにおいで? ね? 華ちゃん」

 出来うる限り優しく、諭すように、でも心の中は必死。

 そんな彼の心中を察してか、高辻は僅かに目を細めた。
 トン、と、華の両肩を優吾の方へ押しだし、いとも簡単に優吾の腕の中に舞い戻る。


「高辻くん・・・」
「それでは、私は先に失礼させていただきます」


 小さく頭を下げ、驚く優吾の腕の中で高辻を振り返る華に僅かに笑いかける。
 もしかしたら、彼が笑ったなんて誰も気がつかないかもしれないくらい、本当に少しだけ目元が柔らかくなって、口元が緩んだだけなのだが・・・
 だが、長年一緒にいる優吾には分かったようで、更に驚きの顔を浮かべている。


 高辻は静かに部屋から退出し、カツカツと靴音を機敏に鳴らし、エレベーターへ乗り込んだ。

 扉を閉めるなり、高辻は自分の携帯電話を取り出し、アドレス帳を検索していく。
 少しして、目的の相手を選択すると、彼は画面を無感動に眺めた。

 そして、エレベーターが1階に着いたと同時に、通話ボタンを押す。
 相手は3回目のコールで電話に出た。


「・・・栗田か? 高辻だ」







その6に続く


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