パパは昔からあんまり変わらない。
変わらないって言うのは、顔も、体型も、性格も全部ってこと。
それってウレシイって思う一方、時々不安になっちゃうんだよね。
パパが沢山私に『ダイスキだよ』って幸せをくれても、
パパのこと、好きになっちゃうヒト、
きっといるんだろうなって、思うもん。
1.飯島家のある朝の風景
「は〜な〜ちゃん」
パパの・・・声。
・・・わかってるよ、起きてって言ってるんだよね。
「ねぇ、起きて〜、僕今日会社なんだよ〜」
・・・知ってる。
昨日言ってたの憶えてるよ。
土曜日なのに会社だって、華ちゃんといられないって膨れてたよね。
それで、何だか分からないウチに“そういうコト”になっちゃって・・・・・・
身体が・・・・・・動かな・・・
「華ちゃ〜ん、少しだけ眼、開けて?」
「・・・・・・ぅ・・・ん」
華が無理矢理瞼を持ち上げると、既にスーツ姿の優吾が至近距離で覗き込んでいたのが目に飛び込んでくる。
・・・スーツ姿のパパ、かっこいいんだよね。
「おはよ♪」
「おぁよ〜・・・・・・・・・っ、ん・・・」
不意に唇が降ってきて、チュって音を鳴らして唇に重なる。
華はぼぅっとしながらそれを受け止めていた。
「今日は早く帰れる筈なんだけど、一応帰る前に連絡するからね」
「ん」
「身体ダルい?」
「ん〜・・・」
「じゃあゆっくり寝て休んでね。それから・・・」
「・・・ん、それから・・・?」
優吾はニコッと笑い、華の耳元で囁いた。
「大好きだよ」
ボッてカンジで顔が真っ赤になる。
耳元でそんな甘い声で言われたら〜〜〜っ
「じゃあ、行ってくるね」
そう言うと、もう一回キスして、優吾は名残惜しそうな顔しながら華から離れていく。
「いってらっしゃい」
赤い顔で小さく手を振って見送ると、彼はふんわり笑って彼女の頭を撫でてから部屋を出ていった。
頭に触れた優吾の温もりは暫く残ったままで。
華はその余韻を感じながら、瞼を閉じて、再び眠りに落ちたのだった。
2.とある専務室にて
優吾は専務室の自分のデスクで頬杖をつきながら、朝の華の様子を思い浮かべていた。
華ちゃんかわいかったな・・・・・・
ちょっと声をかけただけでは起きられないくらい熟睡して、漸く起きたと思ったら、開いた目はトロンとしてイマイチ焦点があってなくて、・・・・・・それが堪らなく可愛かった。
すこ〜し無茶させちゃった罪悪感より、あんなにクッタリした無防備な華ちゃんを見られたことがウレシイなんて・・・僕ってちょっと人でなしかも。
そう思いつつ、時々暴走してしまう自分が抑えられない時がある。
前よりセーブがきかなくなっている、というのは、自分自身何となく気づいていた。
だって、華ちゃんってホントにめちゃくちゃカワイくてさ・・・っ!
「専務、仕事するのがそんなに楽しいんですか? それはいい傾向ですね」
優吾の楽しい想像を一刀両断するような抑揚のない、秘書、高辻の声・・・。
彼は相変わらず無表情な能面のような顔で、優吾に話しかけてくる。
「・・・・・・僕、楽しそう?」
「はい、随分楽しそうに笑ってました」
「そっかぁ・・・」
華ちゃんの事考えてるとどうしても顔が笑っちゃう。
笑うってとっても良いことだし、これだけは止められないし、しかたないよね、うん。
そんな事を考えていると、高辻は時計に目をやり、優吾を促した。
「そろそろ時間ですので・・・」
「あぁ、そうだね」
優吾はゆっくり立ち上がって小さく溜息を吐きだした。
どうやら楽しい事だけ考えている時間は終わったようだ。
彼が休み返上で会社に来たのには理由がある。
代表取締役社長である兄の秀一が、重要な話があると言って今日を指定してきたからだ。
優吾は何も休みの日にしなくても、と思ったが、多忙な秀一が平日に時間を空ける事は難しいらしく、今日になった。
───秀一くんが僕に大事な仕事の話って・・・
優吾は何となく嫌な予感がしていた。
こんな時は、本当に滅茶苦茶重要な仕事の話が多いのだ。
・・・とても気が乗らない。
前にもあったのだ。
あの時は2週間ず〜〜っと午前様で朝も6時には仕事をしていた。
その間華とまともに会うことも話すことも出来なくて。
今思い出しても涙が出てきそう・・・・・・っっ!
「専務、帰りたいなんて仰らないでくださいね」
「・・・・・・・・・」
高辻の目がキラリと光った。
ちょっとだけ『ヤだな〜』と思ったのが顔に出ていたらしい。
優吾は、もう一回、はぁ〜と憂鬱に溜息を吐きだした。
3.携帯電話
ジリリリン、ジリリリン
それは、激しく鳴り響く電話の呼び出し音。
「・・・・・・ん・・・」
ジリリリン、ジリリリン
華は布団の中でもぞもぞ動き、この部屋のどこかで鳴り響いている、聞き覚えのない電話の音で、次第に目が覚めてきた。
「・・・・・・ん、・・・これって・・・??」
家の電話の音ではない。
目を開けて、キョロキョロと辺りを見渡す。
すると・・・、
優吾のノートパソコンの近くで、黒電話の着信音を響かせる彼の携帯電話が目に入った。
「・・・アレって・・・パパのお仕事用の携帯・・・?」
どうしたらいいのか分からなくておろおろしてしまう。
自分が出たって優吾の代わりに話なんて出来ないし、かといって、そのまま放置しておくのも気が引けた。
どうしよう・・・・・・もし、大事な話だったら・・・
パパが携帯忘れたって説明すれば・・・あぁ、でも、急に私が出たら相手のヒトびっくりするよね。
どうしよう、どうしよう
ジリリ・・・
そうこうしているうちに電話の音が止んでしまった。
華は更におろおろして、自分がどうすべきだったのかぐるぐる考える。
優吾は普段家に会社の携帯電話を持って帰ってくることはない。
他の人間はどうだか知らないが、彼はずっとそうしていた。
だが、今目の前にあるのは正に会社用の携帯電話で。
華はハッとした。
プライベートの携帯なら持ち歩いているんじゃないかと。
急いでかけてみる。
しかし・・・
無情にも『只今電話に出ることが出来ません』のアナウンス・・・
仕事中でもいつもなら電話に出てくれるのに、今日はどうやらマナーモードにしているらしい。忙しいのだろうか?
「どうしよう・・・」
ジリリリン、ジリリリン
「・・・わっ」
再び鳴り出した優吾の携帯。
どうしたらいいの?
もし、急ぎの電話だったら・・・困るのはパパだ・・・・・・
「・・・・・・よし」
華は、ぎゅっと唇を噛みしめて、ドキドキしながら意を決して通話ボタンを押した。
「もしもし」
『・・・・・・・・・あら?』
電話の相手は華の声を耳にして、疑問の声を出した。
『私、電話番号間違えたのかしら? そんな筈ないと思ったんだけど』
「あっ、ごめんなさいっ!! パパに電話したのなら間違ってません!」
『パパって・・・あなたは?』
華は説明しなければっ、という使命感から焦りまくり、まともな電話応対が出来ず、更に焦って心臓がバクバクと音を立てて追い込まれていく。
「私、飯島華ですっ、パパ・・・、じゃなくて、飯島優吾の娘ですっ!!」
『優吾くんのお嬢さん?』
「えっ、あ、はい」
優吾くん。
その言い方にどきっとした。
相手の人は、ちょっとハスキーで色っぽい声を出す女の人だった。
取引先の相手の中には女性だっているだろう・・・だけど、こんな親しそうに名前で呼んだりするものなのだろうか、よくわからない。
『優吾くんは?』
「えっと・・・あの、携帯忘れて会社に行っちゃったんです。もし、私で良ければ用件を伝えますけど・・・」
『いいわ、大した用じゃないの。私、栗田真奈美、じゃあね、華ちゃん』
そう言うと、電話は切れた。
クリタマナミ・・・
どきどきした。
今まで感じたことのないくらい・・・
大した用じゃないのに電話?
凄く親しそうだったな。
声だって大人の女性って感じで、すっごく色っぽくって・・・
きっと、私にはないもの、いっぱい持ってるんだろうな・・・
急に不安になる。
パパは私の知らないトコロで、沢山の人と仕事してて。
その中には今みたいな女の人もきっと沢山いるんだ。
電話、でなきゃよかった・・・
だけど・・・・・・また電話鳴ったらどうしよう。
無いと困るのはパパなんだよね。
「・・・・・・・・・」
華は携帯電話をじっと見つめ、
「・・・・・・届けようかな、・・・うん、そうだよね、変な事考えるのやめようっ!」
嫌な思いを吹き飛ばすように力強く頷くと、家を出る準備を早々に済ませ、彼のいる会社へ向かった。
その2に続く
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