一歩ゼンシン!(前編)







 志穂(しほ)はどうして僕のカノジョになったんだっけ。


 つき合いだして既に半年が経過してるっていうのに、未だに実感が湧かなくて、ふとそんなことを思う。


 ホントに僕でいいのかな?


 側にいると、そんなことばかり考えてた───












「ジローちゃん、帰る?」

「うん、志穂は?」

「私も。一緒に帰ろ♪」

 ニコリと微笑んで、腕を組んでくるのはカノジョの志穂。
 僕はそんな仕草をされただけだって、胸の奥が騒々しくなるくらいどきどきして、どうしようって思う。

 志穂は性格だって素直だし、顔だって僕の好みで。
 ホントに、彼女は僕にはもったいないって自分でもわかる。



「・・・・・・ぁ」

 突然、志穂が隣で小さく呟く。

 僕は何気に彼女の視線の先を追いかけて、その先に何があるのか瞬時に理解した。
 それからちょっと考えて、志穂の視線の先へと歩いていく。

 彼女の視線の先。
 それは・・・

「愁、昼から登校してきた癖にまだ眠いの?」
「ん〜・・・昨日の夜遅かったからさ」

 大あくびをしているクラスメートの海藤愁。
 愁は、目に涙を溜めて、首をコキコキ鳴らしてる。

「ふぅん、バイトか何かやってたっけ?」
「んや、彼女がいるとイロイロあるだろ〜?」

 言って顔をこっちに向けてにやりと笑う。

 それがちょっとエロイ笑いだったから、愁が何を考えてるのか分かってしまうあたり、なんだかな。

 つまり、彼女と過ごしてたって事だと思う。
 愁には半年前からつき合ってる彼女がいて、それはもうゾッコンっていうのが一目瞭然。
 もともと分かりやすい性格だったから、それが如実に現れてる。


 でも、今の彼女とつき合う以前の愁はホントに凄かったんだ。
 学校でも有名な女たらしで、手をつけた女の子がどれくらいなんて計り知れない。
 女の子の方も、愁が本気じゃないって分かってて、それでも近寄ってく。
 まるで愁っていう引力に引き込まれるみたいだった。

 でもさ、

 確かに顔は良いよ?
 けど、スッゴイがさつで、我が侭な性格なのになぁ・・・
 女の子からすればそれが母性本能をくすぐるってやつなのかな?

 まぁ、そんな愁を更生させたのが今の彼女だったんだろう。
 全部の女の子とアッサリ手を切っちゃって。

 本気で泣いてた子もいた。



「あ〜ぁ、オレも帰ろ。・・・ジロ〜、じゃ〜な」
「うん、じゃね」
「志穂も、じゃ〜な〜」

 急に話しかけられた志穂は、ちょっと驚いてて。
 そして、嬉しそうにニッコリ笑った。

「うん、バイバイ愁」

 手を小さく振る。
 僕はそれを見てちょっとだけ寂しくなった。



 志穂も・・・・・・

 愁にフラれた中の1人だった・・・
 やっぱり忘れられないのかなって思ってしまう。


 どうしても気になって。
 色んな事が。

 だから、つき合ってても、
 僕の彼女の筈なんだけど・・・・・・僕でいいのかなって思っちゃって。


 一歩前へ踏み出せないんだ。







▽  ▽  ▽  ▽


「今日、ジローちゃんち、寄ってっていい?」

 俯き加減で志穂が言う。
 繋いでた手に力を込めて。


「・・・え?」

 聞き間違いかなって思って聞き返した。

「・・・・・・ジローちゃんの家に・・・・・・行っちゃ、だめかな?」

 今度は僕の目を見て。
 聞き間違えじゃなかったみたいだ。

「・・・・僕の家・・・? ・・・あ〜・・・、でも今日は親が帰ってくるの遅くて・・・だから、また今度・・・」

「行きたい」

「へ?」

 言葉の途中で遮られるように言われて、面食らった。

「・・・・・・ダメ?」

「・・・あ、うん。イイ・・・けど」


 予想外の勢いに押され、僕が頷くと、ホッとしたように志穂が微笑む。



 どうしてそんな顔見せるんだろう?
 僕にはわからなかった。






「ハイ、ウーロン茶。適当に座って、何か変なもんでも見つかった?」

 志穂を僕の部屋へ連れて行き、ウーロン茶を用意して持っていくと、彼女は立ったままボンヤリと辺りを見回している。
 エロ本はベッドの下だし、まさかそんな所見ないだろうから大丈夫なハズ・・・。

 そんな事を思いながら、ウーロン茶を手渡した。

「ありがと。ウウン、何かね、新鮮♪」

「新鮮?」

「男の人の部屋なんて初めて。それに、ジローちゃんの部屋、キレイだし感心しちゃった」

 男の部屋が初めて。
 その部分が何度もリフレインする。

「どうしたの? ジローちゃん」

「愁の部屋には行ったことないの?」

「えっ」

「・・・あっ、・・・あ〜・・・と、何でもない・・・」


 サイアク。
 口に出しちゃった・・・


「・・・・・・愁の家は行ったことないよ」

 小さな声で目線を落として呟く志穂。
 こんな顔させて、僕は何をしているんだ。

 本当に自分が小さくてイヤになる。


「───ごめん、変なこと聞いた」

「・・・ううん」


 沈黙が生まれる。

 こんな自分に自信のない男なんて、ちっとも格好良くない。

 志穂に・・・いや、誰かに選ばれる価値なんてあるだろうか。



「・・・ね、ジローちゃん」

「・・・なに?」

「ジローちゃんが私に触れようとしないのは、やっぱり私が不潔だから?」

「えぇっ!? 不潔って何!?」

 突拍子もない質問に思わず声が裏返ってしまった。

「愁とのこと・・・知ってるもんね。他の人とそういうコトがあった女には触れたくない・・・よね」
「・・・志穂?」
「でも私は、ジローちゃんが好き、本当だよ」

 真っ直ぐ目を見られて、だけど僕の中では憤っていた感情が少しずつ溢れてくる。
 これ以上ないってくらい志穂の後ろに愁を感じてしまう。

「・・・僕にそんな価値ないって。志穂とつき合ってる事自体不思議で仕方ないくらいなのに。どうして僕を選んでくれたのか全然分からないし、好きって言われても・・・何だか自分に言われてるって実感が・・・なくってさ」


 志穂は目を見開いている。
 僕の言葉にショックを受けているのが素直に見て取れた。


「・・・・・・ごめん」

 別れを切り出されるだろうか。
 だって、いやだよね・・・
 こんな男が彼氏なんて。


「ジローちゃんの気持ちは・・・わかったよ」

 少しの沈黙を経て、ちょっと怒ったように志穂が立ち上がる。
 このまま彼女が帰ったら、二人の関係は終わっちゃうのかもしれないと思った。




「でもね、わかってても、もう引き返せないのっ!!!」

「・・・・・・はぇ?」



 ───その時の僕は、ものすごいまぬけな顔だったと思う。

 それもその筈。
 聞き返すと同時に、僕の身体はいつの間にか天井を向いてたんだ。




「・・・あ、れ?」


 何故か上に乗っている志穂がいた。
 怒った顔のままで、僕のYシャツのボタンを外して・・・?

「志穂っ!? なに、なにしてるのっっ!?」

「ジローちゃんを抱いてあげる」

「ええぇ!? なっ、なっ、それは男が言う言葉じゃ・・・っ」

「だって、そうでもしなきゃ、私の本気なんてジローちゃんには伝わりそうもないもの」

 志穂の本気ってなに・・・っ!?

 混乱中の最中、ズボンのベルトに手をかけられた。

「うぎゃあぁっ!? そっ、そそそそそれはちょっとマズいんじゃ」
「ジローちゃん、ウルサイ」

 呆気なくベルトを外されて、チャックを降ろされる。

「ぅうわあぁっ、やっ、やめ・・・っ! ・・・んぁっ、や・・・っ、し・・・ほ・・・っ」

 トランクスの上から撫でられて・・・
 志穂のやわらかい手の感触がたまらなかった。

 反応していく自分の身体に気づき、羞恥で顔が熱くて仕方がない。

「志穂・・・っ、女の子の方から・・・こんなっ、ダメだよ・・・っ」
「じゃあジローちゃんから迫る?」
「えぇっ!? ・・・・・・い、いや、だけど・・・こういうのはまだ早いって思」
「そんなの誰が決めたのよ」
「それは・・・でも、志穂っ、・・・んぁあっ」


 何だか・・・・・・・・・もの凄く格好悪い事になってない?


 女の子に上に乗られて、口では駄目だなんて言っておきながら、身体の方は・・・思いっきりスイッチ入ってるし・・・


「ジローちゃんは初めて?」
「・・・んっ、・・・な、なに・・・がっ」
「だから、誰かとしたことある?」
「・・・っ、そ、んな・・・あるわけ・・・っ・・・」
「そ・・・か」

 潤んだ瞳が近づいて、彼女の唇が僕のに重なった。
 それから、やわらかい舌が入り込んできて。
 しかも、ソレが滅茶苦茶気持ちよくて・・・・・・うっとりしてしまった・・・

「・・・ジローちゃん、そうやってぼうっとしてるから女の子に主導権握られちゃうんだよ」

 言った志穂の顔はどことなく悲しげな気がした。
 でも、その思考を奪い去るかのように、志穂は僕の身体を反応させていく。
 その手の動きだけで変な声が出てくるし、羞恥と快感が入り混じって、ホント汗が噴き出しそうだ。


「ね、ねぇ、こういうの、良くない・・・よ? 僕は志穂がちゃんと好きだし、確かに自分に自信が無いのは認めるけど、あの・・・だから」

「だから、なに? 私の気持ちは信じてくれないんでしょ? そんなの何の解決にもならないじゃない」

「・・・っ」


 だからってどうしてこんな事・・・


 うぅ、ヤバイ。

 上に乗ってる志穂の柔らかい感触に健康な男子が無反応でいられる筈もなく、ましてや好きな子にこんなにされたら・・・五割り増しくらいで過剰に反応しちゃうんじゃないだろうか。


 このままじゃホントにマジでヤバイんだって・・・っ!!!


「やめっ、おねがいっ、だめだってっっっ!!」


 急激な射精感を感じて流石の僕もこのカッコ悪さはやだったって言うか。
 自分の声がどう聞いても喘ぎ声混じりだった気もするけど、そこは根性見せてなけなしの理性を優先、志穂の手を掴んで行為を止めさせた。


 すると、志穂は顔をくしゃくしゃにして。


「・・・・・・ジローちゃぁん・・・」


 ビックリするくらい弱々しい声色。
 先程とは打って変わって力無く頭を垂れて泣き崩れた。


「・・・今私が好きなのはジローちゃんだよ・・・愁じゃないんだよ・・・・・・」

「・・・・・・」

 だが、志穂の言葉を聞いて、マイナス方向にばかり働く僕の感情が沸々と沸き出してくる。

「嘘だ」

「・・・え?」

「愁に話しかけられて、随分ぎこちなかったように見えたけど?」

「何言って・・・っ」

「それに、愁に笑いかけたときだって僕には見せたこと無い顔だったし!」

「そんなわけ・・・っ」

 僕はキッと志穂を睨んだ。
 感情が暴走するってこういうことなんだ。

「そうなんだよ! 志穂の自覚がないだけでッ! もうさ、気になってるのは愁とのことばっかりなんだ。愁に声をかけられたときとか、もっと前の・・・つき合ってた頃のこととか・・・そんなのばっかり考えて・・・だから、僕は未だに志穂が愁を忘れられないんじゃないかって思っちゃうんだよッ!! それにさ、僕なんて童貞だし!? こんなことしたって、僕は愁と違うんだ、テクニックも何もあったもんじゃない、志穂を気持ちよくさせられるわけないじゃないか!!!」



 ゼエ、ゼエ、ゼエ・・・




 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・あれ?




 僕・・・・・・今、


 ・・・・・・・・・・・・・・・何を、言った・・・?





 絶対に言うまいと思っていた事を・・・
 こんな大きな声で・・・っ





「・・・・・・・・・・・・・・・」


 いくら何でもコレはカッコ悪すぎじゃないか・・・?



「ジローちゃん」


「・・・・・・・・・・・・は、はい」



 ・・・こんな事考えてたなんて、そんなの聞いてどう思う?


 ───時間・・・巻き戻ってくれないだろうか。





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