「あ〜、今日も朝から暑いねぇっ、ジリジリしてるよ〜」
外に出た途端、茹だるような暑さにウンザリした様子の鈴音。
確かに梅雨が明けてからと言うもの、毎日がサウナ状態でじっとしているだけでも汗を掻ける程だ、いくら夏が好きでもここまで暑くては顔を顰めたくもなる。
愁は肩を並べて歩きながら、『暑い』を連発している鈴音をちらりと盗み見た。
なだらかな優しい肩のライン、背中まで伸ばしたくせのない真っ直ぐな髪の毛は色素がやや薄くキレイに輝いている。
小さな背に可愛らしい小さな顔、その顔から作られる表情はどれをとっても愁の心を掴んで離さない。
ずっと彼女を見てきたのだ。
ずっと大切に思ってきた。
なのに、自分のものではない。
智の彼女だとわかっていても、この存在は愁にとってあまりにも特別すぎて、易々と諦められるような簡単なものではなかった。
「リン、手をつなごうか」
「え? ん、いいよ」
暑いと言っていた割には素直に、はい、と手を出し愁の手をとる。
彼女のやわらかくて小さな手に触れるだけで、体中が熱くなる。益々気持ちが加速する。
「リン」
「ん?」
「オレのこと、好き?」
「うん、好き」
あまりにも簡単に返す言葉。
その言葉に含まれる深い意味など無い。
ただ単に好き。
大好きな幼なじみ、それだけだ。
愁はそれを思い知らされる度に暗い気持ちになる。
それでも、時々確認するように聞いてしまうのは・・・・・・
「智と、オレ、どっちが好き?」
「どっちも好きだよ」
「・・・じゃあ、どっちの方がたくさん好き?」
「え〜? わかんないよ」
「・・・・・・」
心底困ったように言うその言葉は恐らく本心だ。
それなのに、鈴音は智とつき合っている。
どちらとも選べないのに、智の彼女だからという理由だけで体をひらく。
それとも、智の前でだけは女の顔を見せるのだろうか?
どんなふうに?
どんな瞳で見つめるんだ?
どんな風に乱れる?
考えたくもない事なのに、想像だけは大きく膨らみ、それだけで欲望が心の中に渦巻く。
愁にはそれを処理する為に、鈴音以外の女性で鈴音を想像しながら発散させる以外に方法が見つからなかった。
例え、寄ってくる女性達が彼の身体だけではなく、心も全て手に入れたいと思っていたとしても、それは、彼にとって紛れもなく自慰そのものの行為で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「ねぇ、愁くん。どうしてたくさんの女の人とつき合うの?」
不意に鈴音の口から飛び出した疑問。
彼女を見ると、少し悲しそうな顔をしている。
「・・・オレのこと好きだって言うから、つき合ってるだけ」
いや、
本当は違う。
鈴音さえ隣にいてくれれば、他の人間などどうでもいいと思ってる。
全部、鈴音の変わり。それだけだ。
けれど、普段あまり感情を隠すことをしない愁が、この事だけは口にしなかった。
なぜなら、口にした時点で、彼の中のリミッターが確実に外れてしまう事が必至だったから。
きっとその時、自分は鈴音をめちゃくちゃにする。
泣かせるだけではすまないだろう、そんなことは分かりきっていた。
「・・・・・・愁くんの気持ちは、そこにはないの?」
「・・・・・・」
「ねぇ、愁くん」
今日はやけにこんな話をしつこく聞いてくる。
恐らく、さっき『やりたい盛りなんだ』と言っていた愁を見てのことなのだろうが。
「じゃあ、リンがオレを慰めてくれるの?」
「えっ」
予想外の言葉だと云わんばかりのビックリした顔。
こんな事言うんじゃなかったと思いつつ、何だか止められない。
「リンがヤらせてくれるんだったら、他の女とつき合うのやめるよ?」
「・・・愁くん・・・」
「・・・・・・出来ない癖にリンは偉そうに言うんだな」
「そんな・・・」
涙を滲ませ、俯く彼女を見て激しく後悔する。
愁は溜息を小さく吐き、繋いだ手に力を込めた。
そして、それに反応して顔をあげた鈴音の顔があまりに無防備で、愁は一瞬目を細め、
その口に軽くキスをする。
「あっ」
「スキあり。ごちそうさん、智には内緒にしといて、オレまだ死にたくないし」
そう言って何事もなかったかのように笑い、他愛もない会話を繰り広げる愁の様子は既にいつも通り。
愁は、鈴音と二人の時、稀に不意打ちでキスをしてくる事がある。
鈴音はその度に困ったような顔をするが、決して拒絶が出来なかった。
いつも突然だったからというのも一つの理由だが、キスをした後の愁の笑顔があまりにも無邪気で、怒ろうにも怒る気が全く起きないのだ。
だが、愁の方はそんな自分の行動を許してしまう彼女を見るたびに、全てがエスカレートして止まらなくなりそうになる。
そういう自分を抑えるのは容易なことではなかったが、今まではそれで済ますことが出来た。
けれど・・・・・・
そろそろ、限界が近い。
愁の中で、それはハッキリと足音を立てて近づいてきていた。
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