『TWINS』

○第3話○ 夏休み初日【前編】






 鈴音はいつものように海藤家の門をくぐり、チャイムを鳴らした。

 これは一応礼儀のつもりで、キチンと誰かが出てくれるまで待つ。
 だが、今日に限って一向にドアが開けられる気配がない。
 誰もいないのかと不思議に思ったが、念のためドアノブを回すと簡単に開いてしまった。

 玄関に入り、きょろきょろ見渡すが家の中はシンとして人の気配がない。


「誰もいないの〜? 沙耶さ〜ん、愁くん」


 一体どうしたんだろう
 今日は夏休み初日だ

 まさか誰もいないなんて思わなかった。
 昨日ここに来た時、智が生徒会の用事でいないという事以外は誰も何も言っていなかったのに・・・・・・

 それにしても不用心だ、鍵が開きっぱなしだなんて。

 そう思いながら靴を脱ぎ中に入ってみる。
 リビングを覗くがやはり誰もいない。隣の部屋も静かで、覗いてみたもののやはり誰も見あたらない。


 だが、そこで鈴音はあることを思いつき、一気に二階に駆け上がると愁の部屋の前で立ち止まり、勢い良くドアを開けた。



 と、

 そこには思った通りトランクスだけで気持ちよさそうに眠りを貪る愁の姿があった。


 鈴音はそれだけで理解することが出来た。

 愁は目覚めが悪い。むしろ寝穢いと言った方が良いほどに。
 だから、沙耶は鈴音が来たときにチャイムを鳴らしても聞こえないと踏んでわざわざ玄関を開けておいたのだ。

 もしも、泥棒が入ってきて格闘になったときは息子の力を信じるという何とも豪快な沙耶の考えなのだろう。
 しかも、物色して取られるものなどないといつも自信ありげに彼女は語っている。


「愁く〜ん、遊んで〜」

 無邪気な寝顔で気持ちよさそうに眠る愁の頬をペチペチと叩き、何とか起きてもらおうとする。
 彼の上にダイビングして起こすのは、学校に遅刻しそうなときだけの秘密兵器なのだ。だから、早々毎回使うものではない。

「む〜」

 しかし、一向に起きる気配のない愁。
 鈴音は仕方ないなぁといったような顔をして、彼の鼻をつまみ、暫くそのままでじっと待ってみる。
 すると、愁の眉がぴくぴくと動き始め、次第に眉間にしわを寄せ苦悶の表情を浮かべ始めた。

「おぉ、効果を確認っ!」

 嬉しそうな鈴音の声に愁の目が見開かれ、それを見て彼女はやっと鼻をつまんだ手を離した。

「・・・くっはぁっ、げほっ、げほっ、げほっ、・・・・・・っ、はあっはぁっ、えほっ」

 愁は起きた途端激しくむせかえり、多くの酸素を得ようと深呼吸を何度も繰り返す。
 こんな酷いことを平気でやるのは1人しかいないので確認するまでもないが、折角の安眠をこうも邪魔され、仕返しのひとつもしてやりたいが、相手が鈴音では大した反撃も出来ない。

「・・・リン〜〜〜っ、お前はオレに死んで欲しいのか?」
「遊んで欲しいのです〜、どっか行こうよ〜っ。水族館、すぐ近くのでいいから〜!」
「・・・・・・智に言えよ・・・って、あぁ、生徒会の仕事か・・・・・・アイツ夏休みも殆どないとか言ってたな・・・」
「そうなの、だから愁くんが遊んで♪」

 ニコッと微笑む邪気のない笑顔。

 一瞬くらっとして、思わず抱きしめたくなってしまう。愁は自分自身に激しく渇を入れながら、平常心を保つよう努めた。


「めんどくせぇ・・・、折角の夏休みなんだから寝かせてくれよ」
「やだ〜、そんなこと言って夏休み最終日までずっと寝てる気なんでしょ!」
「・・・オレは三年寝太郎かよ・・・・・・リンこそ、そんなこと言って毎日遊んでって来る気なんだろう?」
「愁くんスルドイ!!」
「・・・じゃあ、今日だけ寝かせて。おやすみ〜」

 ごろんと転がって、再び寝ようとする愁を見て慌てた鈴音は、彼の頬をつねってやろうと試みるが、そんな行動は既に読まれていて簡単に両腕を掴まれてしまう。

「あ〜・・・」
「あ〜じゃない。ホレ、スペースを空けてやるからリンも寝ろ」

 そう言って、愁は身体を奥にずらし鈴音の腕を引っ張る。

「えっ」


 驚いたときには愁の隣で寝転がっている自分がいた。

 愁はまだ寝たりないようで、隣の彼女を見ながら、次第に目がトロンとなり眠りに引きずり込まれていった。


「あぁ・・・・・・愁くんっ」

「・・・ん・・・・・・」


 小さく返事をしたきり、そのまま応答がなくなり、どうやら完全に眠り込んでしまったようだ。
 鈴音は彼の寝顔をじっと見つめ、それから思いついたように指で眉間をぐりぐりと押してみたり、瞼を持ち上げてみたりしたが反応はない。

「愁くんのネボスケッ!」

 言ってみるが当然ながらなんの返答もなく、だが鈴音はあることに気がついた。
 腕を掴む愁の手がしっかりと握られていて起きあがれないのだ。
 困ったことになったと考えを巡らすが、彼の気持ちよさそうな寝顔を見ていたら何だか自分も眠くなってきてしまったみたいだ。


「・・・あっふ・・・」

 鈴音は小さくあくびをして、愁の胸に顔を埋め、ゆっくりとした彼の心音を聞きながら、気持ちよく眠りに吸い込まれていった。






後編につづく


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