初めて鈴音と愁が関係を持ってから、鈴音は彼と二人きりになることを避けるようになった。
彼女が家にやってくるのは愁の他に誰かいるときだけ。
絶対に二人にはならないようにしているようだ。
愁はそんなことをとっくに気づいていたが、智や母親の前で彼女に何かをするわけにもいかないし、聞くことも出来ない。
けれど、相変わらず智に笑いかける彼女の笑顔を見ると、何だか無性に憤りを感じる。
これでは結局何も変わらない。
むしろ、前よりも後退しているくらいだ。
咄嗟に沸き起こった欲望を我慢できずに、勢いで彼女を抱いてしまったのは自分だ。
だけど、鈴音だって反応してくれたし、愁を求めたはず。
全て、自分の勘違いだったのだろうかと思うとやるせなさで気持ちが沈む。
「愁くん、ジュース飲む?」
突然現れた鈴音の顔。
だが、彼女の瞳からは何かよそよそしさを感じ、一歩線を引かれたような感じがする。
愁は一瞬眉をひそめたものの、いつも通り彼女を見つめると、すっと目を逸らされてしまう。
「・・・・・・いらね」
ボソリと小さく呟き、立ち上がると同時に彼の携帯が鳴り響いた。
「ぁん? お〜、元気だよ。ん? 今から? いいけど、暇だし。・・・わかった、じゃな」
簡潔な電話。
だが、彼の携帯からかすかに漏れる声は女性のものだった。
最近は女性からの誘いを断っているようだったのに、再び始まった今まで通りの彼の行動に、母親の沙耶も智もさして気にもとめず普通に過ごしている。
だが、鈴音だけがそんな愁の姿を悲しそうに見つめ、俯いた顔に涙が浮かんでいたことは誰も気づかなかった。
リンは、オレを避けてる
オレを、拒絶する
この気持ちの行き場をどうしろと?
愁の中ではごちゃごちゃな感情が四方から沸き起こり、収拾がつかなかった。
オレに抱かれたあとも、智に抱かれるのか?
あんな風に乱れるのか?
あんな顔で見つめて、声を出して鳴くのか?
オレでは満足できない?
それとも、もう二度と触れて欲しくない?
確かに二人になったらオレは必ず同じ事をするだろう。
だから、リンは二人にならない
それは、オレではダメだということ?
何も言わない彼女の感情がわからず、自分の中で勝手に想像を膨らませるしかなかった。
けれど、考えれば考えるほどいい答えなど導き出せず、それは絶望的なものでしかない。
愁は大きく溜息を漏らすと、自分の家から逃げるように足早に出ていった。
「リン、どうかした?」
俯く彼女に気づいた智が声をかける。
ハッとして、顔をあげ、なんでもないと首を振り、笑顔を作る。
そんな彼女に智は微笑み、頭を撫でた。
「リンちゃん、お昼なに食べたい?」
沙耶の問いかけに、鈴音は彼女の方に駆け寄り満面の笑みで微笑んだ。
「沙耶さん、今日はわたしが作る」
「まぁ、嬉しい♪ じゃあお任せしようかな」
「は〜い」
にこにことして冷蔵庫を開け食材を物色する後ろ姿に、智も沙耶も心を和まされて微笑みを浮かべていた。
「ナポリタンでいっか〜」
そんな独り言を言いながらタマネギを取りだし、包丁で刻みながら、時折鈴音の鼻をすするような音が聞こえてきたが、二人とも扱っている食材ゆえに起きた自然現象だと思っている。
彼女の瞳からは、ポロポロと零れる涙がいつまでも止まらなかった。
Copyright 2003 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.