愁は、悪夢を見ていた。
暗い影が自分を追い回し、何日も逃げ回る生活。
全ての人間に拒絶され、どこにも行く場所がない。
止まっていると追いかけられ、恐怖から逃げまどう。
なのに、暗い影との差は全く縮まる気配を見せない。
息が苦しい。
もう、これ以上は走れない。
オレは死ぬのか?
誰も、見ているだけで、オレを助けようとはしない。
父さんも、母さんも、智も・・・
みんないるのに
オレは一人なのか?
あの子、あの子はどうだろう?
リン、リン、どこにいる?
酸欠状態の脳で必死にあの子を呼び続ける。
リン、リン、どこにかくれてるの?
叫んでいると突然現れた鈴音の姿。
何故か彼女は怯えたような顔をしている。
どうして?
オレだよ、愁だよ、わからないの?
触れようとすると、恐怖の形相で逃げまどう。
泣き叫んで背中を丸めて震えている。
一体どうしちゃったんだ?
リン、リン・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、
そうか
追いかけてきた暗い影って・・・・・・
「愁くんっ」
「・・・・・・ん・・・」
揺さぶられる感覚に一気に覚醒していく。
目を開けると泣きそうな顔をした鈴音がいた。
あまりにもリアルな夢すぎて、あれは現実なんじゃないかと錯覚を起こす。
あんな事現実で起こるわけがないけれど、掻いた汗があまりにも冷たくて、追いかけられていた自分と泣き叫ぶ鈴音を思い出して、一体自分は今どんな顔をしているんだろうとそんな疑問が頭に浮かんだ。
「大丈夫? スゴイうなされてたよっ、コワイ夢みたの? 大丈夫? 大丈夫?」
「・・・・・・あ、あぁ・・・」
まだ心臓がバクバクと音をたてている。
体を起こすと、全身汗でぐっしょりな事に気がついた。
寝ていたはずなのに、一気に疲れが襲い、本当に何日も走り続けていたんじゃないのかと、そんなバカなことを考えてしまう。
「・・・オレ、シャワー浴びてくる。気持ちわりぃ・・・」
フラフラと立ち上がる愁の身体を支え、鈴音が心配そうにその様子を見つめている。
上半身裸で寝る愁は、直接触れられた鈴音の手の感触にギクリ、とした。
このままでは、また抑えが効かなくなる。
そう思い、足早に階下に降りて脱衣所に駆け込んだ。
あれだけ毎日のように色んな女を抱いて発散させている癖に、これじゃ童貞よりもタチが悪い。
触れられた場所が歓喜で奮えて、今にも射精してしまいそうだ。
「・・・・・・オレ、最悪かも・・・」
───絶望的だ。
何をしても鈴音の身代わりなどにはなれない。
気持ちいいと思えない。
一度でも抱いてしまったゆえに沸き起こる次への欲望。
あまりにも貪欲すぎる自分の汚さに、吐き気さえ催す。
最低で、最悪で、誰に見放されても不思議ではない。
やはり夢で追いかけてきた暗い影は自分自身だったのだ・・・・・・
愁は、簡単に身体を洗い流し、気持ちとは裏腹にサッパリすると、バスルームから出ていった。
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