『TWINS』

○第7話○ クロスロード【その2】







「あ〜、またボロボロこぼしてるっ」
「う〜ん、しかし今日は暑いよなぁ」
「話をすり替えないのっ、ホラ、ハンカチ膝に敷いて」

 二人は昼時なので、水族館の中のレストランで食事を摂っていた。
 だが、食べ方の汚い愁を見ていられず、先程から鈴音が甲斐甲斐しく世話を焼いている。当の愁本人はそんな事は全く気にならないらしく、ボ〜ッと窓の外を見て少し眠そうな顔をしているのだが。

「も〜、そうやってボケッとしながら食べるからこぼすんだよ。愁くんの場合は気合入れて食事しなきゃダメなんだから」
「なんだそれ?」
「どうして食事中になると眠そうな顔になるの!?」
「ん〜、今日朝早かったからかなぁ」

 大きくひとつ欠伸をして、鈴音を見る。

 彼女は愁の口の周りを拭いてくれたり、好き嫌いはいけないなどと母親のような小言を言って、手際よく自分の食事も片づけていく。
 それらの行動など昔から繰り返されてきた当たり前のことなのに、今日は妙にそれが新鮮だ。
 彼女とデートをしていると思うからだろうか。

 愁は何だか可笑しくなってきてふっと表情を崩した。

「どうしたの?」
「別に。リン、そのポテトちょうだい」
「じゃあ、愁くんのにんじんちょうだい」
「にんじん? ど〜ぞ」

 二人ともミックスステーキと言うランチメニューを注文していたが、添えられているポテトと人参を物々交換した。

「何でにんじんなんか欲しいの?」
「甘くて美味しいから。それに愁くん残すでしょ?」
「ふ〜ん、残飯処理か」
「ちがうもんっ! 好きなんだもん!」

 パクリ、と人参を口に放り込み、鈴音が膨れる。
 いつも彼女はそうだった。
 好き嫌いはいけないと言いつつ、愁の嫌いなものは彼女が処理してくれる。それに甘えてしまうから、彼はなかなか嫌いなものを克服できないのかもしれない。

「リン、あ〜んして」
「?」
「食べさせてあげる」
「いっ、いらないっ!!!」

 顔を真っ赤にして愁の皿から人参を全てフォークで刺して、バクバクっと勢い良く口に入れて一生懸命照れ隠しをしている。
 やがて、全部食べ終わると彼女は頬をふくらませて愁を見た。

「い、いつも女の子にそんなことしてあげるの?」
「なにを?」
「・・・食べさせたり、とか」
「あぁ、ヤキモチ?」

 ニヤニヤ笑う愁に真っ赤になりながら黙り込んでしまう鈴音。
 そんな様子を意外に思いながら愁は彼女の頭を小突いた。

「そんなめんどくせ〜ことやるかよ。リンだからだろ?」
「・・・・・・」

 益々頬を赤らめて俯き、あまりにも可愛らしいその姿に愁の理性が吹き飛びそうになった。だが、勘違いしてはいけないと自分に言い聞かせ、落ち着けるために水を一気飲みする。
 それにしても、やはり彼女はカワイイと思った。姿形とかではなく、つくり出す表情や性格がとても素直なのだ。

 だが、明日になればまた智の彼女で・・・

 愁は小さく息を吐き、考えても仕方のないことだと気持ちを切り替えることにした。

「なぁ、まだ魚見んの?」
「当然〜」
「ペンギンとかいねぇの? オレ、あの短い足にふかふかの腹が好きなんだよなぁ」
「確かに可愛いけど、ここにはいないよ〜。それよりマンボウ見たい♪」

「マンボウか・・・全然わからね〜・・・」


 鈴音の魚好きの気持ちは、正直愁にはあまり理解できなかったが、彼女の楽しそうな姿を見ているのは嬉しかった。

 それに、薄暗い水族館というのは体を密着したり手を繋いだりしても不自然ではないうえに、彼女は観賞する事に夢中で警戒心をすっかり解いてしまっているのだ。
 目の前で楽しそうに喋っている鈴音に相づちを打ちながら、愁は内心、午後も結構楽しめそうだと思った。








▽  ▽  ▽  ▽


「ただいま」

 玄関の方から落ち着いたやわらかい声が聞こえると、何秒もしないうちにリビングに制服姿の智が入ってきた。
 沙耶は一瞬我が目を疑い、彼に問いかける。

「智、あんたいつ制服に着替えたの?」
「え? 朝からだけど」

 意味が分からないといったように少し眉を寄せ、首を傾げる智を見て、沙耶は狐にでもつままれたような気持ちになった。

「・・・じゃあ、アレは愁だったのねぇ・・・智って呼んでも否定しないもんだから」
「どういうこと?」
「いやぁね、母親失格だわ〜。あんまりそっくりなもんだったからてっきり」
「だから、どういうこと?」
「愁ったら、あんたの服着て出かけていったのよ。リンちゃんと遊んでくるって。仲直りしたみたいねぇ、全く私ったらイヤだわぁ。あ、智、お昼食べる? お腹空いてるなら冷蔵庫の中に・・・」
「あ・・・いや、オレちょっとこれから用事があるから・・・直ぐにでかける」
「そうなの? 忙しい子ねぇ」

 肩を竦ませて笑っている母親を余所に、智はかなり動揺していた。


 愁が、智の服を着て鈴音に会いに行った。

 顔こそ似ているが、性格が正反対なだけでなく、雰囲気などは全くの別物なのだ。

 普段の彼らを見分けられない人間はあまりいない。
 それを母親が気づかぬほど智に似せたのなら、鈴音だってもしかしたら・・・
 そう思うといても立ってもいられない。

 智はどこへ行けばいいのか見当もつかなかったが、鞄を放り出し、制服のまま無言で家を飛び出した。






その3につづく


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