「ちがうもん、わたし、愁くん好きだもんっ!」
愁が叫んだ言葉に対して、彼女から発せられたのは真逆の答えだった。
だが、それすらも今の愁には虚しく響くだけだ。
「・・・同情なんか、してほしくない」
「同情じゃないよっ」
「じゃあ、聞くけど、オレと、智、どっちが好き?」
「・・・ど、どっちも好きだけど・・・わたし、智くんとは違う意味で愁くんが好きだもの」
「へぇ、違う意味。・・・智には恋愛感情、オレには親愛の情って? バカにするのもいい加減にしてくれよ」
「ちがうよっ!!」
とん、
と勢い良く飛び込んで来る鈴音。
それがまるでスローモーションのように・・・・・・
そして、
気がつけば、何故か鈴音は腕の中。
小さな体で一生懸命抱きついて、愁の胸に顔を埋めている。
「なにやって・・・」
あまりに近すぎるその身体は小刻みに震えて、それなのに何で抱きついてくるのか全く理解できない。
一体何がどうしてこうなっているのか。
「愁くん、好きだよ」
「・・・・・・・・・」
あんなに酷い言い方をしたのに・・・・・・好き?
そんな事を言われてこれ以上どう我慢しろって言うんだ?
嫌って欲しいのに、アンタなんか最低だと罵ればいいじゃないか。
そうすれば・・・・・・・・・
───心臓が五月蠅い。
だけど、これ以上彼女を困らせるのも自分自身許せない。
いつまでも女々しくしているからこうなるんだ。
だから・・・・・・・・・
「リン」
先程までの愁の激情が嘘のように落ち着いた低い声。
しっかりと抱きついたまま彼の顔を見上げると、辛そうに、でも鈴音の全てを絡め取ってしまうかもしれないほどの光を讃えた目つきをして。
息を呑んで彼の表情を見つめることしかできない。
「最後に一回だけ、ちゃんとキスさせて」
「・・・んっ」
返事をする間もなく、言い終わると同時に愁の両手で頬を包み込まれ、唇を塞がれて彼の舌に口膣を犯される。
激しく舌を絡め取られ、呼吸もままならない。
「ん、・・・んっ・・・」
彼の感情をそのまま現したかのようなキス。
鈴音はそれに応えるように一生懸命愁に抱きついた。
彼の体に回している腕を小さく奮わせながら。
離れないように、離されないようにと・・・・・・
やがて、
愁の力が弱まり、惜しむように唇が離れていく。
十分にも1時間にも感じられた時間だったが、実際にはそんなに長くはなかっただろう。
「・・・はぁ・・・・・・っ・・・」
ぎゅうっと思い切り抱きしめられ、彼の胸の中に全てが埋まってしまいそうになる。
目眩を起こしそうなくらいそれが幸せだと思った。
だが、
「ごめん」
「・・・・・・えっ?」
突如、目の前あった温もりがなくなる。
今まで愁がいた場所に何もなくなった。
驚いて見渡すと愁の背中、遠ざかる愁の背中。
「愁くんっ!?」
愁は・・・
一度も振り返ることはなく、
ただ、彼の家のドアが、パタンと閉まる音だけが虚しく鳴り響いただけ。
「・・・どうして?」
しかし、
そこでやっと気がついた。
彼が『最後』と言っていたことを。
あれが、最後?
まさか・・・・・・っ
「・・・・・・・・・っ・・・」
通じなかった?
わたしの気持ち。
好きって信じてもらえなかった・・・・・・
愁くんに言えたのに、やっと言えたのに
全然信じてもらえなかったっ
愕然とする事実。
彼は最後まで彼女の心の声が聞こえなかった。
鈴音はその場にうずくまり、声を押し殺してただ泣くことしかできなかった。
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