『呪縛』
○第2話○ 神子(前編) ───多摩と美濃の出会いはもう随分前のことだった。 彼女は一国の王女として生を受け、後継者争いとなる兄弟もいなかった為に次代の国の女王となるべき大事な存在であった。 だが、美濃の両親・・・つまり王と王妃が彼女を可愛がるあまり、先々の事はもっと大人になってからで、今は伸び伸びと少女時代を過ごせば良いと溺愛した結果、美濃の後継者としての自覚は殆どなかった。 そして、彼女が無邪気に少女時代を過ごしていたある日・・・ 神子(みこ)に行く末を占って貰うため、国王は彼らを宮殿へ呼び寄せた。 神子─── 国の行く末を占い、光の当たる方向への道しるべとなるべき者。 この国に於いて極めて重要な存在である彼らには、特別な力を授かった神に選ばれし者として誰もが敬意を祓う。 その特別な力は神のお告げとも言われ、総称して神託と呼ばれた。 それは吉か凶かなどという曖昧で単純なものではなく、確実に未来を見る力を持ち、悪しきことを良い方へと方向転換させる奇跡の能力者。 ゆえに、彼らを神の子、神子と呼んだ。 将来国を継いでいく美濃も神託を授かるべく、生まれて初めて神子と呼ばれる者達に会うことになったのだ。 ▽ ▽ ▽ ▽ 玉座の前で頭を垂れているのは、背の高い男の神子と、まだ年端のいかない・・・美濃よりも幾分年上に見える少年の神子。 特に少年の方は幼い彼女でも分かるくらい神子特有の気高さを感じさせる雰囲気を纏っていて、その場にいる全てのものが一瞬圧倒され我を忘れた。 「多摩(たま)はまだ若いですが、数千年に一度現れるかどうかの偉大な神子となるでしょう・・・此度の姫様の神託は、この多摩が適任と考えております」 背の高い男性は少年と何らかの血のつながりがあるに違いない、どことなく顔形が似ていた。 多摩と呼ばれた少年は顔をあげ、表情一つ崩さず美濃の方へ視線を向ける。 それに気づいた美濃は満面の笑みを彼に返した。 同じ年頃の子供と話したことがなかった故の行動だったのかもしれない。 彼女は多摩と仲良くしたくて、王達が驚いているのも気にとめることなく椅子から立ち上がり、多摩の目の前まで自ら歩いて行ったのだ。 「私、美濃。これからよろしくね」 「・・・・・・・・ああ」 一国の姫君に対する態度としては、多摩の挨拶は無礼過ぎるものだったかもしれない。 だが、美濃は少しも気にした様子はない。 彼の性格どうこうよりも、ただ嬉しい、それだけだった。 神託を告げられるまでの期間、一つ制限がある。 殆どの時間を、占って貰う神子と一緒に過ごすということだ。 それは占う者占われる者双方の波長を合わせる事で、より正確な神託が告げられるという理由からで、お互いの単独行動は無きに等しい。 こういったことは現王である彼女の父親も経験してきた事で、国を左右する程の彼らの力は一目置かれ、大きな権力も与えられている。 だが、神子になる者は大抵が権力志向が薄く、山奥に籠もり、呼ばれたときだけ宮殿へと赴く。 今回二人の神子が宮殿へ出向いたのも国王直々に呼ばれたからというだけの理由で、十日以上かけての過酷な長旅だった。 彼女はまだそういった事が良く分からず、今回の事もすこしの間多摩と一緒に生活するのだと言われ、素直にそれだけを信じ、偉大な神子になるであろうと有望視されている彼と暫くの間、寝食を共にすることになったのだ。 ▽ ▽ ▽ ▽ 「ねぇ、多摩は何歳? 神子ってどうやってなるの? さっきの男の人は多摩の父さま?」 神託が告げられるまでは四六時中多摩と一緒。 というわけで、自分の部屋へ多摩を招き入れた途端、思いつくままに聞きたいことを並べていった。 多摩は少し眉を寄せて部屋の中を見回した後、静かに口を開く。 「寝る」 無表情なまま、今まで美濃が使ってきたベッドに寝転がると目を閉じた。 美濃は質問が無視されたらしい事に気づき、驚きのあまり固まっていると、多摩が面倒くさそうに手招きをする。 「美濃も寝ろ。こっちへ来い」 「え?」 「早くしろ、・・・・・・聞きたいことがあるなら明日だ」 「あ・・・っ、うんっ!」 もしかして、多摩は疲れてるのかな? そういえば遠いところからやってきたと誰かが言っていた。 よく分からないけどきっと大変だったんだろうと思い、美濃は言われたとおり自分も寝てしまおうと遠慮がちに横に寝ころんだ。 「おやすみなさい」 「あぁ」 それから一分も経たずして、 隣の多摩の規則正しい寝息が聞こえてきた。 ・・・・・本当に疲れてたんだ・・・ 多摩を起こしては悪いと思い、彼女なりに気を遣い、それから暫くの間は大人しく横になっていた。 だが、それで眠れるなら問題はなかったのだが、次第にジッとしていることに飽きてきてしまった。 右に左にとせわしなく寝返りを打ちはじめ・・・・・・ 「・・・・・・う〜〜〜ん、う〜〜〜〜〜ん、う〜〜〜〜〜〜ん・・・」 ちっとも疲れていない美濃に眠気などやってくる筈もなかった。 暇で暇でどうしようもない。 いつも寝る時間よりもずっと早い、早すぎる。 大体まだ夕方に差し掛かったばかりなのだ、無理に寝ようとしたって余計に目が冴えるだけに決まっている。 「そうだっ!」 パンと手を叩き、彼の寝顔をじっくりと観察することを思いつく。 これから一月、殆どの時間を一緒に過ごすのだ。 今のうちに彼の顔を焼き付けておこう、と。 美濃は頬杖をつき、両足をパタパタと忙しなく動かしながら多摩の顔を見つめる。 そして、改めて思った。 見れば見るほど彼は・・・ 「・・・いいなぁ・・・キレイな顔」 少し大人びた顔の作りで、整い過ぎて冷たい印象は受けるものの、とても綺麗な多摩の顔が羨ましかった。 自分の顔はまだこんなに幼いけど、いつか多摩みたいになれるだろうかと、相手が少年だというのも忘れて妙な憧れを抱いてしまう。 まだ会ったばかりでろくに話もしていないから、彼が何を考えてどんな風に思っているのか分からないけれど、彼と友達になりたいと思った。 ───しかし、それから数分・・・ 「・・・・・・はあ〜〜っ・・・・・・・・・眠れないよぅ・・・・・・」 人の寝顔を見ているうちに自分も眠くなるんじゃないかと思っていたのだが、やはり考えが甘かったようだ。 美濃は足をバタバタばたつかせ、やや苛立っている。 「もういいや、起きちゃおうっと」 何も一緒になって寝る必要もないと、あっという間に諦めてベッドから起きあがることにした。 だが、身体を少し起こしたところで・・・ 「仕方ない・・・」 溜息混じりの声。 それが横から聞こえてきたかと思えば、同時に肩を掴まれて再びベッドに美濃の身体が沈んだ。 「・・・あれ? 多摩起きたの?」 「横であれほど五月蠅くしていれば眠れるものも眠れない」 「ご、ごめんなさいっっ」 慌てて謝る美濃を見、多摩は口端をつり上げて笑った。 「・・・?」 彼の口が何かを囁くように動く。 「え? 何? 何て言ったの?」 声を発しない口の動き。 それに興味を持った美濃は何かの遊びかと思い、多摩の唇に意識を集中させた。 ───瞬間、 「んっ!? んん〜っ!?!?」 多摩の唇が美濃の唇に重なった。 驚愕して身動き一つ取れなかった彼女だったが、直ぐに我に返りじたばたと暴れる。 だが、多摩は見た目以上に力があるようでびくともしなかった。 口の中に多摩の熱い息が吹き込まれる。 「んーーーっ、んーんー・・・っ」 その直後、何の作用か脳の中が痺れてくる。 更には痺れと同時に重たい眠気に襲われ、意識が朦朧としてきた。 「・・・んぅ・・・・・・ぅ・・・・・・・・・ッ・・・・・・・・・・・・・・・」 誰かとこんな風に唇を合わせたことなど無いのに。 ない・・・の、に・・・ まとまらない思考は、一つの事に集中することを許さず散り散りに霧散していく。 「・・・・・・・・・・・・っ、・・・・・・・・・・・・・・・」 そして、 多摩の唇がゆっくりと離れていったのを感じたのを最後に、美濃はあっさりと深い眠りに落ちていった。 「・・・・・・漸く眠ったか・・・・・・・・・」 多摩は呆れたように呟いた。 すやすやと気持ちよさそうな美濃を横目で見やり、気怠げに息を吐き出す。 そして、寝ている彼女の横に自分も寝ころがり、その顔を暫くの間見つめ続けた。 不意に多摩の長い指が動き、美濃の頬を滑っていく。 瞼、鼻筋、そして唇・・・ 「・・・手間のかかる姫君だ・・・・・・」 呟いた多摩の瞳は、何か眩しいものを見るかのように細められ・・・ やがて穏やかに閉じられると、直ぐに規則正しい寝息が部屋を包み込んだ。 後編へつづく Copyright 2005 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |