『呪縛』

○第3話○ 乾と巽(その3)









 華やかな宴の間、誰よりも視線を集めたのは多摩であった。
 宮殿で貴族の楽しみのために度々開かれるこの催しは、多くの美女が集い舞姫が踊り、様々な演目が用意されたが、静かにそれらを鑑賞しているだけの多摩には醸し出される独特の雰囲気があり、その圧倒的な存在感に皆の視線が集中した。
 美濃の用意した衣裳は明らかに派手で、着るものが着たら眉を顰めざるを得ないものであるが、どういうわけか彼が身につけると不自然に感じない。


「やっぱり多摩に似合うと思ったんだ」


 彼自身は溜息ものであったのだが、残念ながら彼女にその気持ちが届く事はない・・・
 二人の様子を微笑ましく見ていた巽もまた、多摩という存在に惹き付けられていた。
 しばしば魅入るように彼を見ていたという自覚も無いほどに。


 やがて、クスリとも笑わない多摩の横顔が怪訝そうに巽に向き、

「何故俺を見る」
「は・・・?」

 自覚の無さは、多摩自身の指摘に驚く。

「・・・ふん、ここの連中は皆おまえと同じ目をして俺を見ている。神子がそんなに珍しい存在か?」

 彼に言われ、改めて周囲を見渡す。
 本当にその通りだった。
 皆ちらちらと多摩に目をやり、殆どの者が演目など見ていない。
 楽しんでいるのは美濃とその両親である王と王妃くらいなものだ。

「とんだご無礼を・・・」

 頭を下げる巽に、多摩はつまらなそうに視線を外す。
 そして、隣で舞姫の姿を頬を染めながら魅入っている美濃に目をやり、直ぐに巽に顔を向け直した。
 もう少し近づけと手招きをされ、巽は少しばかり多摩に近づいた。

「ここに来てまだ日が浅いが、俺は三日後には帰るつもりだ」
「えっ!? しかし、神託が・・・」
「もう充分だ。神託は今この場で授ける」

 涼しい顔で言ってのけたが、巽はそれに対しての反応の術を見出せない。
 つまり、その意味する所は・・・

「わからぬか? もう既に美濃の未来は見えていると言ったのだ」
「・・・・・・っ!?」


 確か歴代の神子達は、最低でもひと月を必要期限にしていた筈だ。
 多摩がやってきて今日で8日目・・・たった8日で神託を?

 そう言えば、多摩がここに来た日に一緒にいた男が言っていた。
 数千年に一度現れるかどうかの神子になるだろうと。

 ・・・そう言う事なのか!?


「丁度舞が終わった。おまえも退屈だっただろう? 見ていると良い」
「あっ、神子殿」
「美濃、一緒に来い」
「え?」

 多摩は美濃の手を取り立ち上がった。
 不意をつかれ、きょとんとしていると彼はつないだ手を引っ張り、中央に歩いて行く。

「えっ、えっ、多摩? 何か踊るの? 私何も出来ないよ」
「舞より面白いものだ。おまえは俺の隣にいればいい」
「そうなの?」

 二人が中央に立つと、何が始まるのかと皆興味津々に静まり返る。
 多摩は静かに目を閉じ、また静かに瞼を開けた。



「これより、神託を授ける」


 彼の第一声に周囲がどよめき、場が騒然となる。
 誰もが予想しえなかった事態に王も王妃も唖然とした。


「多摩、これは一体どういうことだ!? 神託はまだ先であろう?」

 ややして我に返った王が問いかける。
 多摩は僅かに頷き、目を細めた。


「だが現段階で既に神託を授ける状態にある。期を逃してはならぬ」

 響き渡る声に誰もが息をのむ。
 宴の場が突然神託の儀に変わろうとしているのだ。


「・・・た、多摩・・・っ、それホント?」
「ああ」
「・・・心の準備が・・・っ」
「そんなものは無意味だ」

 多摩は美濃の両手をとり、静かに目を閉じた。
 最早誰の言う事も聞く気は無い。

 二人の周囲を光の輪が包みはじめる。


「陛下、如何しますか」

 巽は静かに王の隣に立ち、意見を伺った。
 王は考えを巡らせてみたが、未だかつて無い事態で考えがまとまらない。


 だが、一つだけ言える事は・・・・・・



「経験から言えば、こうなっては誰も止められない。神託を阻害してはいけないという決まりもある・・・・・・全く予想外ではあるが・・・しかし、たった8日で・・・・・・・・・」



 恐らく歴代の神子とは比較にならない力を備えているのだろう。
 だが、まだ年端の行かない少年だからか、それとも元からそういう気質なのか、誰に相談することなく行動してしまうとは、かなりの型破りな存在ではある。


 ・・・・・・面白いかもしれぬな。


 王は期待を込めた目で多摩を見、楽しそうに膝を叩いた。


「数千年に一度巡り会えるかどうかと評される偉大な神子からの神託だ。皆、黙って二人を見守るように」


 どよめきが歓声に変わる。
 場の空気はすっかり多摩のものと化し、幻想的な光の輪の中にいる二人の姿は全ての者の視線を釘付けにした。

 勿論それは巽とて例外ではなく、職務を忘れその光景に魅入っていた。


 ・・・と、


 トントン


 彼の肩を叩く者が。
 ハッと我に返り、振り返る。

「よっ、凄い事になってんのな。遅刻して損したよ」

 本日巽と共に姫と神子の警護を努める筈だった乾の姿。
 彼もまた皆と同様光の輪の中にいる二人を見て目を細め、不思議な気分を味わっていた。


「今回の神子殿はかなりなマイペースらしい。宴が神託に変わってしまった」

「まぁいいじゃないの。俺はこういうの面白くて大好きだけど?」

「・・・私情はともかく、陛下の許しも得ている。見守るしかあるまい」

「しっかし・・・こうして見てると・・・・・・神秘的光景だよな。神託って言われる所以ってやつか?」

「そうかもしれないな。・・・・・・姫様はどんな未来を告げられるのだろう・・・」


 まだ精神的にも幼い姫君。
 この国の未来は彼女のものだ。

 どのような繁栄をもたらし、皆をいざなってゆくのか───



 突如、光の輪が激しく揺らぐ。
 皆驚き、どよめきがこの場を包んだ。


 多摩は美濃から一歩下がり、彼女の額に掌を宛う。
 すると、美濃の頭の上に巨大な映像が浮かび上がった。


「・・・あれはっ!?」


 伸びやかに可憐に成長した美濃の姿だった。

 映像の中の彼女は隣に立つ男に向かって微笑んでいる。
 残念なことに隣の男は肩までしか映っておらず、誰かは分からないが二人の関係がひとめで恋人同士と認知出来るほど親密に見えた。

 と、

 そこで映像に嵐のようなノイズが突如入り乱れる。
 微笑む美濃の顔が歪み、誰とも判別がつかなくなると、今度は一面の青空が広がった。

 だが青空は次第に曇り空へ・・・
 空は夜の闇のように変化し、雷雲が発生し始める。
 黒い雲の隙間が不気味に光り、次の瞬間稲妻が大木に直撃した。
 地面を這い蹲り逃げまどう兵士達、上官の指示に従う事を忘れ、ただひたすら恐怖の顔で宮殿から方々に散っていく。

 そんな中、宮殿に近づく影。
 数歩足を前に踏み出すと、背が高く艶やかな黒い長髪を靡かせ、死に装束を着た男の後ろ姿が映し出される。
 男は逃げまどう兵士達の存在を無視するかの如く真っ直ぐに宮殿へ向かい・・・
 最期まで男の顔が映し出されることなく、後ろ姿が宮殿の中へと消えていった。


 映像はそこでブツンと途切れる。


「これが美濃の未来だ」


 観客達はあまりに異常で不気味な映像を目にして、静寂が場を包んだ。
 これが美濃の未来だと言われても理解できないのは当然と言えるだろう。


「・・・多摩、詳しく説明してくれぬか。それでは皆わからぬ」

 王は眉を顰めつつ、多摩に問うた。
 多摩は頷き、美濃の額に宛う手を離した。



「最初に出てきた女は美濃。それはわかるだろう。隣にいた男はやがて美濃の恋人となり婚約者となる男だ。そして、場面が変わって雷撃の集中する宮殿、勿論今俺達がいるこの建物だ。その後映った長身の男の後ろ姿。これの意味するところは運命の選択だ」


 ───運命の選択・・・?

 またも王が疑問で眉を顰めると、今度は何も聞かなくとも多摩の口からその意味が告げられた。


「美濃と国の運命は王の一言で決まる。答えは肯定か否定のどちらかだ。黒髪の男の質問に頷けば肯定、首を振れば否定。簡単なことだ」

「・・・それで・・・・・・私はその質問のどちらを選べばいいのだ?」

「肯定した場合は繁栄が約束され、否定した場合は静かなる世界が約束される。どちらか好きな方を選ぶと良い」

「・・・そう・・・か・・・・・・あの映像では不吉なものしか感じなかったが・・・それならどちらもそう悪くない。ところで、黒髪の男が何者で誰かは分からぬのか?」

「残念ながらいくら見ようとしても顔も素性もわからぬ。婚約者となる男も同様だ。これは既に俺自身に関わったことのある男だからだろう。美濃が見えたのは神託の対象が美濃だった、それだけの理由だ」

「つまり婚約者の男も黒髪の男もこの場にいる可能性があるということか?」

「そうだ」


 王はぐるりと周囲を見渡す。
 婚約者の男は殆ど画面に映らなかったので、見渡したところで判断がつかない。
 黒髪の男も・・・この国の男に黒髪は珍しくはないし、長髪もざらにいる。
 しかし死に装束とは一体なぜ・・・?


「・・・・・・見当もつかぬな。多摩よ、あの映像は今より何年先だ?」

「これより9年後の今日だ」

「素晴らしいっ、そこまでわかるか! それでは、これより9年我らは、美濃は、どのように過ごせば良いか?」

「思うとおりにすればいい。何者にも邪魔されることはない」


 そう言うと、多摩と美濃の周囲を囲む光の輪が徐々に薄れていき、やがて元の状態に戻った。



「神託を終了する」



 神々しくも気高く佇む多摩の姿にその場にいた誰もが息をのみ、神託が終わった。









その4へつづく


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