『呪縛』

○第4話○ 奪われた代償(その2)







 ・・・・・・何か、むかつく。

 こういうの嫌いだ。
 反吐が出る、卑怯じゃないか。


 別に正義の味方でも何でもないけど、むしろ宮殿じゃ一部で悪者扱いだったけど。
 俺の場合、単に女好きってだけだし・・・もてない男のひがみってヤツだ。


「つまりさ、神子って多摩しかいないってことか? だから多摩を手放したくなくてそんなもんを人質みたいにしてるってことなんだな?」

「・・・・・いや、神子は俺を入れて3人だと聞いたことがある。後は知らない、興味もない」

「そうだな、多摩は何も知らないんだよ、赤ん坊みたいにさ。それって興味が無いんじゃなくて無知なだけだ」

「なんだそれは」

「こんな真っ白い部屋で、違和感無く過ごせちゃうくらい何にも知らないんだよ」

「白い部屋が何だというのだ?」

「だからっ、世の中ってのはもっとずっと色に溢れてるって言ってるんだ!!」



 全くもってらしくない台詞でか〜な〜り恥ずかしい事言ってるが、こうなったら仕方ない、俺はロマンチストなんだと思いこめばいい。そうそう、ロマンチスト。

 けど、俺が興味を持った多摩はこんな檻みたいな所に閉じこめられて良い存在じゃない。
 こんな姿を見たかったわけでも知りたかったわけでもない。



「・・・何にしても取り戻さない限りダメだな」

「・・・?」

「心臓と脳・・・両方だ。どこにあるんだ? 知ってるか?」

「・・・知らない」

「じゃあ、俺が見つける。必ず持ってくる」

「・・・・・・」

「多摩は多くを知るべきだ。誰のためでもない、多摩は多摩の為に存在しているんだ。俺はその為にどんな事だってする」

「・・・・・・なぜだ? 俺自身がどうとも思わぬのに、何故乾が動こうとする?」


 多摩の疑問は尤もだった。
 今まで何の抵抗もなく生きてきたのに、どうして乾がこれほど必死にそれらを否定するのか分からない。
 色が溢れている世界とは何なのか、それがどのように良いものなのか、何もかもが理解不能だった。


 乾は秀麗な顔を僅かに紅くしながら、照れくさそうにはにかむ。
 恐らく世の女子が見たら母性本能をくすぐる類のものだっただろうが、ここにいるのは無感動無表情な多摩であって乾自身もそれはよく知っている。
 ただ、自分の気持ちが何だかくすぐったかっただけだ。



「・・・多分、見てみたいんだ。多摩が自由になって自分の意志で世界を見て欲しいものを見つけた時、それをどうやって手に入れるのか。・・・俺はその全てを見たいんだ」


 周囲を見渡して普通になれと言ってるんじゃない。
 普通の考えなんて持って無くて結構、もともと普通じゃないんだし。


「・・・変な奴だな。欲しいものがあったら俺は必ず手に入れるぞ」

「知ってる、だからソレには多摩が自由じゃなくちゃいけない」


 多摩は、俺は自由ではないのか? と僅かな疑問を抱いたが、自由とは何であったか分からず口に出すことはなかった。
 ただ、欲しいものを手に入れるために掟を破る必要があるなら乾の申し出は都合が良いと思う。
 またあの苦しみを味わうのは御免被りたい。



「そうと決まったら早速調査してくる! 多摩、鍵開けてくれよ!」

 多摩が何も言わない事を了承と考えた乾は楽しそうに笑う。
 ジッとなんてしていられない。
 どうやって探し出そうか、考えただけでワクワクした。

 多摩はそんな乾を黙って見ていたが、とりあえず好きにさせようと考えたらしい。
 カシャン、と言う音がして鍵が開いた音がした。


「その扉、今後は乾の意思で開くようにしてやる。好きなときに出入りすればいい」

「ああっ!! 時間はかかるかもしれないけどさぁ、楽しみに待ってろよ〜っ♪」


 乾は顔を輝かせると満面の笑みを浮かべ、ウィンクをしてからスキップをする勢いで館を出ていった。
 姿が見えなくなるまでその場に佇んでいた多摩だったが、扉を閉め、また奥の部屋へと戻っていく。


 その後は静寂だけがこの館を支配したが、
 多摩はふと、この館の中が白いのは何故だろうと、この日初めて疑問に思ったのだった。










▽  ▽  ▽  ▽


 多摩の館を出た途端、乾は先程と里の様子が違うことに気が付いた。
 彼の求める若い女の姿があちらこちらにいるのである。

「うおおおおぉおおっ!! いるじゃんいるじゃんっ、かぁあわいいコたっくさんいるじゃ〜ん♪♪」

 これは一気にテンションも上がるというもの。
 まず手始めに・・・とばかりにキョロキョロと見回して、その中で一番自分の好みの女に声を掛けることにした。非常に素早い行動である。


「おね〜さんっ♪」

 軽いナンパ男と化した乾は、陽気な声で女に声を掛けた。
 女は花に水をやっていた所で、家の門から顔をひょいと出してにこにこと笑い、手を振りながら声を掛ける乾を振り返ると、軽い会釈をした。
 黒い髪がサラサラと肩からこぼれ落ちて美しく微笑む姿が、彼の気持ちを盛り立てる。

 いいね〜、超イイ!


「俺ね、乾。ソコの多摩って神子の家に住むことになったんだ」
「そうなんですか。あ、私は伊予(いよ)といいます。てっきりお帰りになられるのかと・・・」

 乾は『伊予か〜、良い名前だね、君にぴったり♪』などと嬉しそうに頷きながら、おや? と思った。

「俺の事知ってるの? さっき通った時はいなかったよね」
「あ・・・そうですよね。余所の方は知らないでしょうけど、神子様が外にいる時は若い女は家に入らなければいけないんです。でも、窓からコッソリ覗いてたんですよ?」

 女は自分の家の窓を指差し、ね? と微笑んだ。
 どうやら乾を不審者扱いはしていないらしい。むしろ笑顔で対応していることから好感を持っているのかも知れない。

「ふぅん、何で若い女限定なの?」
「神子様は穢れ無き存在なので、若い女が神子様を惑わして穢さぬように・・・だそうです」
「・・・それって、女が神子って場合もあるよね?」
「勿論若い男は家に入らなければいけませんね。でも、女性の神子様が生まれた事って今まで一度もないらしいんです」
「へぇ・・・、何にしてもカワイソ〜・・・だから多摩って女の事な〜んも知らないのかぁ・・・」
「うふふ、でも、姫様の神託が終わったからそろそろ・・・」


 そろそろ・・・何だというのか。

 乾の目が一瞬鋭くなる。
 だが、伊予はその後を続けることはせず、頬を染めてニッコリ笑っているだけだ。
 これ以上追求したら不審がられるだろうか?
 彼女にもっと近づけば・・・

 乾は伊予の手を取り、耳元でコッソリと囁く。


「ね、今夜会いたいんだけど、だめかな?」
「えっ!?」
「何だったら多摩に会わせてやっても良いけど?」
「えっ、本当ですか!?」

 伊予は嬉しそうに目を見開く。
 内心がっかりしたのは言うまでもない。
 頬を染めて多摩の事を話す姿を見ていて、アイツに気があるのかも・・・とは思ったが・・・


「じゃ、今夜迎えに行くから、誰にも見つかっちゃだめだよ?」
「はい」

 乾は伊予から離れ、手を振って去っていく。
 残念・・・とは思ったが、収穫がゼロだったわけではない。

 ふむ、と考え辺りを見渡す。
 こうして見ると普通の所だが・・・余所者に対して閉鎖的という訳でもなさそうだし。
 むしろ目が合うと皆笑いかけてくるので、どちらかと言えば人懐こい。

 だけど、それは表の顔だと思わなければいけない。
 身体の中身を奪って、その弱みにつけ込むような連中なのだ。

 多摩にその自覚がないのも、全て計算の内・・・
 今までの神子にもずっとこうしてきたのだろうか・・・


 里の者ににこにこと笑いかけながら、乾の心は冷め切った思いでいっぱいだった。



 暴いてやる───

 全部暴いて・・・そしたら、多摩はどうする?









その3へつづく


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