『呪縛』
○第4話○ 奪われた代償(その4) 多摩と乾が神子の里に着いて三ヶ月・・・ 乾の努力も虚しく、気がつけば特に進展が特に無いまま、ただ同じ日々が過ぎていた。 しかし、そんな日々に少しだけ変化が生まれる。 それは定期的に館に呼び出されては乾との情交を繰り返してきた伊予からの情報によるものだった。 その内容に多摩の表情は不快に染まり、乾は『遂にきたか・・・』と思った。 多摩に差し出す為の女たちがいよいよ決まったのだ。 ちなみにこの件について里の者が多摩に話を持ってきた事は一度もない。 彼の意思を完全に無視したものだと言うことは明白だった。 乾は益々気分が悪くなる。 日頃彼が外に出歩いていても里の者は皆笑顔で挨拶を交わし、他愛ない話を少しして終わりだ。 彼らに裏の顔があるとは微塵も思わせなかった。 一体いつ、どこで、そういう事が決められていくのか? それが分かれば少しは何かが掴めるかもしれないのに・・・ 伊与にも聞いてはみたが、わからないと首を振るだけだった。 そして・・・その夜は訪れた。 結局その時になるまで多摩には何も告げられることはなく、女たちは突然館にやってきたのである。 ───4人。 目の前に並んでいる女の数である。 果たしてこれは多いのか少ないのか。 乾は不服そうにう〜んと小さく唸った。 どうやら何十人という数を想像していた乾にとっては拍子抜けするほどの少なさだったらしい。 しかしながら、この館に共に住まう事を考えれば現実的な数字なのかも知れない。 それに、選りすぐりというだけあってどの娘も美しい。 その中に伊予もいた。 「この娘たちは神子様への献上物でございます」 女たちを従えて入ってきた男が口を開く。 これといって特徴のない小太りの男だった。 どう見てもこの男が今回の件の黒幕とは思えない。 「・・・どの娘も神子様に忠実であることは保証いたします。どうか、この先も我らに豊かな未来をお与えくださいませ・・・・・・」 そう言うと、男は一冊の書物を多摩に差し出し、物々しく頭を下げると静かに館から出ていった。 単なるお遣いといったところか。 ただ、ここまでの会話を横にいて全て見ていた乾は『たったそれだけ!?』と我が目を疑う思いだった。 本来なら性の知識が皆無である筈の多摩に、献上物ですと女を差し出したところで、その意味するところを理解出来るはずもない。 乾が女としていた行為を見ているから、今の多摩は分かっているはずだが・・・ 多摩は男が手渡した書物をぱらぱらと捲っていく。 時折不快そうに眉を寄せていることから、彼にとって好ましくないことが書かれているようだ。 乾は近くに寄り、その書物を覗き込んだ。 「・・・・・・あ〜、ナルホドね・・・」 「何だ」 「な〜んの説明もしていかないから不思議に思ってたけど・・・つまり、これを読んで実践しろって事なんだ〜って思って」 書物には男女が交わっている図が事細かに描かれていた。 つまり、これは説明書というわけだ。 献上物とされた女たちをどのように扱えばよいのか、この書の中に全て記されているから、多摩はこれの通りにすればいいのだ、と。 しかも、最後のページはこうだ。 『偉大なる神子の流れを絶やさんことを───』 けっ、アホか。 ヤリまくって子供を沢山孕ませろって書けよ。 一人でも多くの神子が生まれることを望んでるんだろ。 乾は心の中で悪態をつく。 「・・・・・・このようなもの・・・」 多摩はその書物を事も無げに床へ投げ捨てた。 数歩前に出て、女たちへと近寄っていく。 女たちは憧れ続けた神子を目の前にして、皆一様に頬を紅く染める。 後方から見ていた乾はその様子を面白そうに笑った。 まぁ、確かに多摩は綺麗な顔してるけどな・・・ 女たちが頬を染めるのも分かる気がすると思ったのだ。 大人びた風貌をして整った面立ちは決して優しいものではなく、むしろ冷たい印象を与えるが、誰よりも紅く輝く瞳は少年と言えど思わず魅入ってしまうものだ。 殆ど外に出ないその肌は真っ白で、しかも彼が着るものも白ばかり・・・何となく触れると解けてしまう雪の結晶をイメージさせた。 背は乾よりまだ低いものの、年頃の少年よりかなり高いはずだ。 これからもっと伸びるだろう。 つまり、滅多にお目にかかれないような美少年に輪をかけて神子というブランド・・・この里に限らずとも女たちが欲しがるに違いない。 「おまえたちは俺に捧げられ、忠実であることを約束された。後から申し立てるような真似は赦さぬ。依存のある者は今すぐこの場から立ち去るがよい、別に咎めはせぬ」 よく通る静かな声が館に響く。 皆多摩に向けた視線を外そうともせず、いつまで経っても女たちが動く気配はなかった。 多摩は喉の奥で笑い、愉しそうに目を細める。 「では・・・おまえたちがどれ程忠実であるか証明せよ。まずは・・・そこにいる乾と交わってみよ」 簡単に、何でもないことのように。 だが、これには女たちに初めて動揺が走った。 思いもかけない事に、何を言われたのか理解した者は恐らく伊与だけだったに違いない。 「一番右の女、おまえからだ」 納得する間もなくこっちへ来いと顎で指図される。 きっと今のは聞き間違いに違いない。 そう思って多摩に近寄り、訴えるような眼差しを向ける。 だがそこにあったのは、感情のない目。 お前など何とも思っていないと突きつけられる現実。 「・・・多摩様・・・っ、こんな、の・・・・・・嘘です」 「・・・嘘? ・・・不思議な事を言う女だ。俺に何を期待する? 例えばあの書物に描かれた事を? ・・・・・・くっ、今初めて見るおまえたちと何故俺が交わらねばならぬのだ?」 「・・・そん、・・・な・・・っ」 「誓ったばかりだろう? 口先だけでなく行動で示してみよ。乾・・・連れて行け」 「へいへい」 女の肩を優しく抱いて、乾は歩くように促す。 だが女はガクガクと震えるだけで多摩から視線を逸らせないでいた。 「ほら、行こう」 「・・・っ、やっ、多摩様・・・っ、どうして、私本当に・・・っ」 「後から申し立てることは赦さぬと言ったはずだ」 「・・・・・・っ」 多摩は乾に抱えられた女を一瞥し、他の女たちをぐるりと見渡した。 「今後、同じ事を二度と言わせるな。忠実であるなら命令には従うものだ。そうすれば・・・おまえたちの名前くらいは憶えてやろう・・・」 さあ行け、と手を払い乾達を促す。 女はふらふらとしながら、乾に連れられ部屋から出ていく。 それを見ていた女たちは、あれがこの先の自分の姿かと思うと信じがたい気持ちでいっぱいだった。 けれど、多摩は命令だと言ったのだ。 自分たちと交わることを一切拒否して・・・ 「・・・・・・多摩・・・様・・・・・・」 一人の女がか細く口を開いた。 多摩は女に目をやり、何だ、とぶっきらぼうに答える。 この状況で多摩に話しかけるという大胆な行動にでたのは、他でもない伊与であった。 「・・・・・・私は・・・多摩様の命令であれば何であろうと従います・・・・」 深く深く頭を下げて静かに言う。 これは事前の打ち合わせ通りなのだが、実際、彼女は多摩の言うことならば何でも聞いた。 殆ど姿を見ることが無くとも、時折冷めた目で自分を見る多摩に強く惹かれ、あの目を想像しながら乾に抱かれることもあった。 「・・・それでいい。名を憶えよう」 「伊与・・・です」 初めて会った日に名を伝えたが彼は一度として口にしてはくれなかった。 ただ、『女』とだけ。 それならばここにいる他の女と変わりがない。そんなのはイヤだった。 「伊与・・・いい子だ」 低く、甘く囁く。 そこにいた誰もがゾクリとした。 初めて名を呼ばれた伊与は、時が止まり呼吸を忘れた。 多摩が・・・笑みを浮かべる。 その笑みは伊与だけに向けられていた。 女達はハッとした。 ───従順であれば、あの笑みは自分だけに向けられる・・・ たったそれだけの事なのに、多摩に名を呼ばれ笑みを向けられることは、何事にも代え難い甘美な褒美に思えた。 次々に伊与と同じ行動に出る女達。 その度に多摩は彼女たちの名を呼び、『いい子だ』と言って笑う。 彼に触れることの全てを拒絶されているのに、 多摩の目は少しも笑っていないのに、 彼女たちは自ら進んで己の全てを差し出したのだった─── その5へつづく Copyright 2006 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |