『呪縛』

○第5話○ 支配者の宴(その2)










「伊勢(いせ)・・・何故出てきた・・・」


 目の前の男が階上の男に対して咎めるように言い放った。


「だって志摩、オマエ隙だらけだよ?」


 ニッと不敵に笑い、伊勢と呼ばれた男は手すりに手をかけ、勢いをつけて下まで飛び降りた。
 そして、階下の、恐らく名前を志摩と呼ぶ男の隣に悠然と立つ。


 白い着物、
 長髪の黒髪、
 そして体格、容姿・・・

 何もかもが───



「双子の神子だったのか」


 乾は漸く老婆の言葉に納得をした。
 多摩の他2名いるはずの神子の居場所を、“もう一つの神子の館”としか言わなかった事を単なる老婆の勘違いかと思いこんでいたが、これならば説明が付く。
 同じ館に住む双子の神子、何とも思いがけない事実だったが、成る程そういうわけか。


「ダメじゃん、多摩に狙われてたよ?」
「・・・そんなことは知っていた」
「そ〜なの?」

 あはは、と無邪気に笑うのは伊勢。
 どうやら感情が表に出るタイプのようだった。
 対して志摩はそれ程でもなく、割と冷めた雰囲気であまり感情を表に出さないらしい。



 そして、多摩は・・・

 今度は伊勢の胸元に視線を這わせていた。



 同じような数珠つなぎの紫水晶の首飾り、
 先端には大きく輝く紅い円形の宝玉のような何か。



 伊勢のソレは、酷く神経が研ぎ澄まされるような・・・
 全てを形成する為の中枢のような───





 また・・・見つけた・・・


 俺の・・・・・・







「多摩って礼儀がなってないよなぁ、ぼくたちを見ても挨拶一つないんだもんな」
「仕方ないだろう、躾られてないんだ」



 これで・・・俺は・・・・・・



「しっかし一人でも見事に育つもんだよな、後何年かすればぼくらの身長超えちゃうんじゃない?」
「確かにまだまだ伸びそうだ」
「この顔も・・・出来すぎだよね」


 伊勢は無遠慮に多摩の顎に手をやり、その手で滑らかな頬を撫でた。
 志摩も同様に多摩に近寄り、反対の頬を撫で、顔を覗き込み僅かに笑みを零す。


 しかし、多摩には男達の言葉も行動も目に入ってこない。

 取り憑かれたように二人の首飾りに手をのばし、柔らかく握り締めた。



 あたたかい。
 息づいている。



 とくん、とくん



 聞こえる。


 俺の・・・





 この紅い珠が欲しい。




 欲しい

 欲しい


 俺の・・・・・・・




 これは自分のものだと彼の全てが悲鳴をあげている。

 とても冷静になれるような心理状態ではなかった。





 そして乾は、
 突然目の前で繰り広げられた光景に言葉をなくしていた・・・


 ───何だこれ・・・


 目の前には多摩を囲んで抱擁する双子の神子。
 その神子たちの胸の中にいる多摩。


 まさか、父親との再会を喜んでるとか言わないよな?


 乾がそう思うのも無理はない。
 これほど好きなように触れられているというのに何の不快感も示さず、まるで二人の男の所業を自ら受け止めているように見えるのだ。
 よく見れば紅い瞳をより紅く輝かせ、瞬き一つせずに。


 いや、多摩に限って・・・


 フルフルと首を振り、冷静さを欠いた頭の中をリセットする。
 どうとも思わないと言ったのは多摩自身だった筈だ。
 目の前に現れたからと言っていきなり身を委ねるなど考えられない。


「・・・・・・っ」


 ふと、多摩の視線の先が目に入った。


 双子の身につけている首飾り・・・・・・もしかして、自分の方に引き寄せようとしているのか・・・?



 まさか・・・

 ・・・だが、単なる宝玉にしか見えない。


 しかし多摩が宝玉などに執着するだろうか。



 だとしたら他に何の意味がある・・・?




「手癖の悪い子だなぁ、ぼくたちの首飾り盗ろうとしてるよ。どうする、志摩?」

「・・・人の物を盗ってはいけないと教えないといけないな」


 志摩と伊勢がニヤリと笑う。



 ───なんだ?


 イヤな予感がした。
 乾は咄嗟に彼らから多摩を引き離そうと肩に手をかける。

 だが、乾の行動を予測していたかのように、数瞬彼らの行動の方が速かった。




 多摩が握り締める二つの紅い珠。


 彼らは、その手をそれぞれが上から握り締め、あろう事か最大限に力を込めたのだ。



「──────っ・・・っっ!!!!」



 紅い珠がミシミシと音を立て軋む。
 同時に、多摩の眼が見開かれた。

 顔色が蒼白になり、唇がブルブルと震え出して。


「悪いことしたら罰が下るんだよ」


 わかった? と相変わらず無邪気に笑う伊勢・・・


「───かは・・・っ」


 笑う伊勢の顔に飛び散る血飛沫。


「多摩・・・もっと利口にならないと」


 そう言って志摩は握り締める手に更に力を込める。
 多摩の唇からおびただしい量の血液がゴボゴボと吐き出された。

 伊勢も志摩を見習って更に力を込める。
 今度は涙のように目から血が溢れ、そして鼻からも耳からも、ボタボタと流れては白い着物を赤く染めた。



 ───コイツら・・・多摩を殺す気か・・・・・・っ!?


 思った瞬間、乾は腰元の剣を抜き取っていた。

 殺気を感じた双子の意識が乾へと注がれる。
 だがどう見ても使い物にならないであろう所々錆び付いた剣を握り締める姿は、どう見ても滑稽としか言いようが無く、二人の失笑をかうだけだった。


「ソレってなに? ぼくたちを笑わそうとしてんの?」


 伊勢の馬鹿にした笑いを無視し、乾はうっすらと笑う。


「俺には良く切れる剣なんて要らないんだよ」


 ニィ、と口端を吊り上げ、剣を振り上げて見せる。



 ───ヴ・・・ン・・・・・・

 錆びた剣が、僅かに唸り声をあげた気がした。



「「・・・っ!?」」



 直後、
 勢いよく剣を振り下ろし・・・




「あんたたちこそ、人の物盗っちゃダメだろ」





 ドン!!





 突如剣先から響いた爆音と共に剔るような衝撃波が双子を襲った。
 吹き飛ぶ双子と多摩。
 身体が壁を突き破り、館が激しく揺れる。

 だが、それに対して一番慌てたのは乾自身だった。


「ゲッ、何で多摩まで吹っ飛ぶんだよっ、ヤバッ、俺当てちゃったのかぁ!?」


 乾は瓦礫となった壁を越え、数十メートル先まで吹き飛ばされた3人の元まで駆け寄り、グッタリと横たわる多摩を抱き上げる。

 多摩には当たらないように注意を払っていたつもりだった。
 ただ本来たった3人という小さな的を相手に使う力ではなく、もっと大規模なものを破壊する為のもの・・・巧く調節出来たか、と聞かれればハッキリ言って自信がない。
 外傷は無いから多分当たっていないと・・・思うけれど・・・


「おいっ、多摩!!」

 乾は多摩を抱え、冷や汗を垂らしながら立ち上がろうとする。
 ・・・が、多摩自身がそれを許さなかった。

「・・・っなん? ・・・っ!!」


 手が・・・

 双子の首飾りの紅い珠を握り締めたままで離れないのだ。


「・・・くそッ!」

 乾は力任せに多摩を引き寄せ、遂に首飾りがブツッと音を立てバラバラになり地面にこぼれ落ち、紅い珠だけが多摩の両の手の中に残った。


 真っ赤に染まった多摩・・・
 乾は血で染まる端正な顔を自分の袖で拭ってやった。

 見えたのは死人のような顔色・・・
 拭ったばかりだと言うのに閉じた眼から更に血の涙を流し、手にしっかりと紅い珠を握り締めて。



 それは多摩がどうしても手に入れたいと渇望した姿だ。



「俺が持ってきてやるって約束したのに・・・このザマかよ!!」


 くそっ、ふざけんなっ!!!!


「おいっ、多摩!!! 手に入ったんだ!!! もうお前を縛るヤツはどこにもいないっ! 自由なんだぞっっ!!!」


 叫び声だけが響き、ピクリとも反応しない多摩に苛つきを覚える。
 もう手に入ったじゃないか、何故目を開けないのだと。


「ワガママなヤツだなぁっ、手に入れるだけじゃダメなのかよっ!?」


 乾は苛立つ心をそのままに、握り締めた多摩の両手を無理矢理こじ開けた。
 だが眼に飛び込んできたものに愕然とする。



「・・・───っう・・・っ、そだろ・・・ぉ・・・っ!?」



 紅い珠は・・・
 粉々に砕け散って・・・

 あの二人の神子によって握りつぶされたのだ。


 だから・・・こんな血まみれに・・・・・・っ



「・・・っかやろぉっ!! 欲しいもんがあるって言ったじゃんっ、お前、まだ何も手に入れてないぞっ、これから始まるんだよっ!!!!」


 絶叫した乾は幾度も多摩を揺さぶる。

 しかし何の反応も示さない華奢な身体に恐怖を感じ、彼は何を思ったのか、多摩の顎を掴んで口を開けさせた。


「なんだよっ、ふざけんなっ! これで終わりなんて認めねぇぞっ、こんな・・・っ、こんな簡単に死ぬわけがないだろぉお!!!!!」


 叫びながら粉砕された紅い欠片を多摩の口の中に次々放り込んでいく。
 自ら動く事のない顎を幾度も上下させ、無理に咀嚼させてから指を突っ込み、喉の奥までぐいぐいと押し入れる。


 どうしたらいいのか分からなかった。

 これは多摩のものだから、
 彼に還さなくてはいけないから、


 こんな行動に意味なんて無いのに・・・










その3へつづく


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