『呪縛』

○第6話○ 慟哭(その4)










 ───ここは・・・寒いところだな・・・




 ひんやりした空間は温もりを拒絶しているかのようだ。
 巽は長時間に及んだ乾の話に一切の口を挟む事無く、最後まで真摯に耳を傾けていた。


 一部始終、何と現実感の無い話だろう・・・と感じながら。


 あまりに俗世から離れ過ぎた風習・・・と言えば当人達は気分を害するかもしれないが、どれをとっても閉鎖的な印象ばかりだ。
 勿論、多摩の生まれた理由を聞けば閉鎖的にならざるを得なかったというのは、多少なりともわからなくもない。


 ただ、多摩に里を一瞬で消し去ってしまう程の力が備わっていたとすれば、これは脅威だと思う。
 あくまで神子とは未来を確実に見据える能力者であって、破壊神ではない。
 神子としての能力、それ意外の能力も格段に優れていたとすれば、使い方ひとつで国ごと操る事だって不可能ではない。
 彼らの目的がそれではなかったとしても、多摩にとって第一に必要だったのがたったひとりで閉じこめておく事のはずは無かったのだ。


 ・・・どちらにしても多摩は犠牲者でしかない。


 例え生まれながらに魔が宿っていようと、与えるべきものが孤独だなど赦されて良いことではない。

 閉じ込める事で全てを放棄したのか。
 それとも、神託で得られる報酬がそんなにも魅力だったのか・・・?



 ・・・・・・愚かな。





「・・・空白だった年月を乾がどう生きて来たのかは分かった」

「ふん、・・・どーせ不服なんだろう?」

「当然だ」

「まぁ、大体察しがつくさ。なんで会いに来なかったとか、多摩をこんな所に閉じ込めてどうするとかそんなことだろ?」


 片眉を持ち上げ眼を細めてみせる巽の表情を見て、乾は困ったように笑みを浮かべる。
 こんな顔は初めて見る、複雑な表情も出来るようになったのか・・・と妙に感心した。


「昨晩さぁ、俺が寝る前に巽に聞きたい事があるって言ったの憶えてるか?」

「・・・あぁ、憶えている。なんだ?」

「んー、・・・・・・俺さ、ずっと手に入れたいもんがあったんだ・・・」


 はぁぁ〜と不貞腐れたように盛大なため息を漏らし、『まぁ、巽には会いに行かなかったというか行けなかったというか行くのを忘れていたというか』などと呟いている。



「多摩がくれたこの黒剣がさぁ・・・」


 そう言って側に置いた剣を撫で、何やら難しい顔をして・・・


「なんつーか、騒ぐっていうか。よくわかんねーけどともかく“捜せ”って。そう言う感覚にさせるんだ」

「・・・捜せ・・・」

「んで。結局すぐに目的のもんは見つかったんだが・・・・・・困った事に俺じゃ無理でさ、マジで何度もがんばったんだけど。もしかしたらあと一歩で狂い死にしてたかもしれないくらい」


 やけに真剣な顔でそんな事を言う乾の言葉に、何か頭の片隅にひっかかるものを感じる。
 そう言えば“あれ”を手に入れたときが丁度そんな感じだった・・・と。


「結局、自分の力で手に入れる事は諦めちまった。・・・と言っても都合良くはいかないもんで、誰一人“アレ”に気づく奴はいなくて・・・気づいたって、普通の奴なら呆気なく狂わされて終わりだろうけどな」

「・・・・・・・・・」


「・・・・昔の俺だったら大丈夫だったのかな。・・・せめてあの里での出来事を知らなければ・・・・・・。・・・なぁ? ・・・知らなくたって、キツかったよな? 巽・・・」






 ───やはり。




 先ほどからまさかと思っていた事が今の台詞で完全に合点がいった。
 半日以上を神子の里での出来事に耳を傾けていたのだ。
 余程鈍くない限り点と線が結びつくというもの・・・


 つまり、昨日巽が手に入れた紅い欠片。
 あれこそが多摩の動かなくなった原因であると同時に、彼の止まった時を動かす事の出来る鍵になるというわけか。


 明らかに顔色の変わった巽の表情を見た乾は、突き止める言葉のかわりに同意を求めた。
 既に紅い欠片を巽が所持していると言う事を前提として。



「あの欠片のあった所に黒い棒が交差して地面に刺さってたろ?」

「・・・・・・・・あぁ・・・」


 乾の同意に肯定を示す。
 今更隠し立てをしたところで意味は無い。
 そもそもそのような気は皆無だった。




「あそこは、多摩が双子の息の根を止めた場所なんだ」




 あぁ・・・

 ・・・・・・・・・成る程。





 あのおぞましい悪寒。

 全てを失ったとしてもあの場から逃げ去りたいと痛烈に思うほどの・・・




 双子の神子に壊された欠片たちの全てが多摩の身体に還ったわけではなく、双子の執念からか、あれだけは彼らの手の中に残り続けた。
 それこそが多摩の目が覚めない理由だったのだ。




 そして・・・・・・喉から手が出るほどソレを欲していた乾にとって、巽が手に入れたという事はたまらなく幸運な事であり、同時に彼の判断いかんではつまらない結果になりかねなくもない事を恐れもした。
 今日の話を彼がどう受け止めたのか、それが全てだった。

 常ならば出方によっては実力行使をも視野に入れるが、力づくで手に入れようとしても、早々敵う相手でもない事はよく分かっている。
 殆ど行使しないその能力を恐れる気持ちも大いに在るのだ。






「・・・・・・おまえの言いたい事も、その意図も理解した」




 巽はその場から立ち上がり、台座の上で横たわる多摩の元へ歩み寄る。


 神子という存在を・・・まして最後の神子をこのままにしておくことは、まず無いと言えよう。
 例え多摩が破壊神の如く荒れ狂う力を備えていても。
 今まで反逆の素振りも無かったのだ、むしろ多摩を利用したがるに違いない。


 恐らく存在が確認出来た途端、彼の復活が切望されるのは間違いないだろう。



 感情的に物事を考える事は巽の立場からして許される事ではない。
 だから、全ては巽の敬愛する主君への報告が第一だった。



「だがこの事は俺の一存でどうこう出来る小さな問題ではない。陛下の許可の元、しかるべき場所で神子殿を甦生させる必要があるだろう」


「・・・・・・それは・・・多摩を生き返らせるって事だよな?」


「・・・断言はしない。だが、神子という存在は大きい。まして失ったと思ったものがこのような形で甦らせる事が出来ると分かれば益々神秘的要素が強まり、彼のカリスマ性からしても利用価値はかつてのそれより高くなるだろう」

「利用価値・・・だと!?」

「お前がどう思おうと勝手だ。だが、民衆はいつだってそういう者にたかるのだ。それを国が利用しない筈もない。俺が言っている事が許せないか? それが現実だ。その現実に堪えられないのなら、今すぐこの神子殿をお前の手で滅ぼすんだな」

「〜〜〜っっ・・・っっ!! ソレはお前の個人的意見かっ!?」

「・・・そうかもな」

「ふざけんなっ!」


 仕方がないのだ。
 生きていれば多摩はきっと利用されつづける。

 神子でありつづけるなら、いや、生きている限り神子でいなければ周りが許さない。


 形が変われど、そういう生き方を強要されつづけるのだ。




「多摩は死ぬ事なんて望んでいないっ! こいつは・・・っ、生きて・・・っ、欲しいもんを手に入れたかったんだぞっ!?」

「・・・欲しいものか。それは例えば何だ? 神子殿にとってそれは簡単には手に入らないものだったのか?」

「んなこと知らねーよ! 何が欲しいかなんて最後まで言わなかった」

「では聞き方を変えるが、神子殿の欲しいものがもし検討外れと言っても良いほど些細なものだとしたら? そんなものを欲しかったのかとお前は失望するんじゃないのか?」

「だとしてもっ! 少なくとも多摩にとっては大切なもんなんだろ!?」



 何故そこまで肩入れする?

 巽には理解が出来ない。
 同情だとしても、入れ込み過ぎだ。



 それとも、この神子殿と話してみればその気持ちが分かるようになるのか?





 ・・・・・・どちらにしても、今はまだ考えるだけ無駄だ。







「・・・神子殿を都へ連れて行く。紅い欠片は陛下へ報告の後使う。異存はないな?」

「あぁっ、わかったよ! 巽の石頭っ」


 ぶすっと不貞腐れてそっぽを向き悪態をつく。
 仕方の無い奴だと、こんな風に素直に感情を出す友を少しうらやましく感じ・・・


「そうかもな・・・・・・姫様にも“カタイ”とよく言われる」


 都に残して来た彼女を思い、少し目を細め笑う。


「姫様・・・か。懐かしいな、元気にしておられるのか?」

「・・・あぁ・・・まぶしいくらいにな」

「・・・・・・ふ〜ん? 遂に観念したか」

「なんのことだ」

「とぼけるなって、そんな事みんな分かってた事だ。姫様もそろそろお年頃〜ってか」

「・・・は、そんな事ばかり鋭いな、お前は」


 肩をすくめて笑い、一途な眼差しを脳裏に思い浮かべる。
 いつからこんな気持ちになったのか・・・

 大切で大切で、この人を守るように国を守ろうと思い、未来永劫彼女の隣にいる事を望むようになった。




「・・・・・・美濃さまが望んだのが俺で良かったと・・・今は思ってるよ。・・・婚約して・・・そろそろ1年になる」


「・・・っ!? そうかっっ!!! 巽ッ、お前ならやってくれると思ってた!!!」



 我が事のように手を叩いて祝福する乾。
 ほんの少し照れくさそうにはにかみ、素直にそれを受け止める巽。


 ・・・そして・・・・・・、まるで人形そのもののように横たわったままの・・・・・・・・




「そうかよそうかよっ、で、姫様にはもう手をだしたのか? ・・・って、お前のことだから指一本触れてないんだろうなぁ」

「当然だ。簡単に手を出せる相手ではない」

「だからカタイって言われるんだよっ、いやいや、お前らしくて俺は好きだけどなぁ。うん、おめでとう」

「・・・ありがとう」








 ───フゥ・・・・・・っ・・・・・・ーーーっ・・・・・・・・・










「未来の王がここに誕生ってわけだ!! 多摩も復活するわけだし、やっぱり巽は凄い奴だよ」

「下手なお世辞はもういい。それより、神子殿を連れて明日には出発するぞ」

「ああ!」





 ───ガタン・・・・・・ッ





「「っ!?」」




 二人以外物音を立てる人物のいないこの空間から響いた音に身を固くする。
 息をのみ、耳を澄まし、音が響いた方に目を向けた。


 音が響いた方。



 それは・・・・・・





 ───・・・すぅ・・・・・・・・・すぅ・・・・・・・・・・・・ーー・・・・・・







 死んだように動かない多摩の・・・・・・


 いや・・・・・・











「・・・・・・息を・・・・・・吹き返している・・・・・・」









 規則正しい寝息を立て、先ほどまで胸の上で組まれていた筈の両腕がだらんと台座から投げ出されて。

 息をしている証拠として胸が僅かに上下を繰り返し・・・




「・・・多摩・・・・・・・・・っ・・・? ・・・・・・マジかよ・・・息、してるのか? そうなのか!? ・・・・って、こいつこのまま目をさますのか!?」

「・・・・・・わからない」


 あまりに突然の出来事に、ただ多摩を見つめる事しか出来ない。
 触れる事は・・・何故だか戸惑われて出来なかった。


 そんな巽の心中など知る由もなく、乾は素直に見たままの出来事を喜んでいる。


「目が覚めたらコイツ吃驚するよ、いつの間にか大人の男になってて、背だってこんなにでっかく・・・・・・っ・・・・・・〜〜〜っ・・・っっ・・・」


「乾・・・?」

「巽、ありがとうっ、お前やっぱり凄いよ!!! こんな事今まで無かった、お前が風を運んで来たんだよっ!!」



 乾は大げさに巽に抱きつき、背中をバンバンと痛いほどに叩き喜びのままに大声で叫んだ。
 彼にとっては暗闇の中を彷徨っていた年月から一気に浮上したような気分なのだ。


 だが、巽にはそう簡単にこの事態を飲み込む事が出来ない。
 何年も死んでいるかのような状態で成長だけを続けた多摩・・・それが何故、今この瞬間に・・・?

 ふと軍服の内ポケットに仕舞い込んだ紅い欠片を思い出す。



 まだ彼はこれを取り戻していないのに・・・?




 やけに胸が騒ぐ。





 何だろうこれは───?





 言いようの無い不安が押し寄せる。

 どうして俺は乾のようになれない?






 多摩が目を開ける・・・


 近い将来そんな日が必ず来る。

 きっと皆喜ぶだろう。




 そう思うのに・・・






「さ〜て、そろそろ戻ろうぜ? 今、何時くらいだろうなぁ。ここにいると時間の感覚がなくなって・・・」

「あぁ・・・」



 大きな欠伸をしながらのそのそと部屋を出て行く乾の後に続いた巽は、もう一度だけ多摩を振り返った。


 明らかに最初に見た時とは違う“生”を感じる。


 これが良い事なのかそうでないのか、巽には皆目見当もつかない。
 だが、漠然とした不安だけが心の中を支配していた。












その5へつづく


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