『呪縛』

○第6話○ 慟哭(その5)










 神子存命───


 巽たちが戻ると、その一報は都中を駆け巡り大変な盛り上がりを見せていた。
 当然ながら美濃にも知らされたこの朗報、彼女は飛び上がらんばかりに驚き、同時に喜びのあまり泣き出すほどだった。


 多摩が生きてた・・・っ

 生きてた生きてた生きてた!!!


 ほんの少ししか一緒にいたことはないけれど、今まで会った誰よりも存在感が強くて綺麗だった男の子。
 一見冷たい印象を与えてしまう言動も、慣れてしまえばどうってことはなかった。

 最後には美濃の我が儘を受け入れ、譲歩してしまうような優しさを持っていた。


 美濃の中では多摩という存在は、その時のままで止まっている。
 一緒に寝食を共にした数日の彼しか知らない。



 その数日は、実に多摩らしくない日々だったと言っても、彼女はきっと信じる事が出来なかっただろうけれど・・・




「母さま、多摩はいつからここに住むの? いつ会える?」


 興奮のあまり頬を紅潮させながら、母に抱きつく。
 年頃の娘よりも随分幼い仕草に困ったものね、と笑いながら、母は美濃の頭を撫でて彼女を抱き寄せた。
 ふわりと母の優しい香りに全身が包まれ幸福が彼女を支配する。


「そんなに簡単ではないのよ。まだ目が覚めないんですって」

「・・・・・・ふぅん・・・いつ起きるの?」

「それほど遠い話ではないと思うけれど・・・」

「そう・・・・」


 腑に落ちない顔で返事をする美濃には、多摩の真実は知らされていなかった。

 巽が連れ帰った乾と神子、そして神子の里の生き残りの女。
 既に亡き者と思われていた者達の存命は喜ぶべき事として人々の心に灯りをともしている。

 しかし、同時に神子の里の真の姿とその最期に至るまでの経緯を耳にした王たちの心中は複雑だった。

 虐げられ利用され全てを奪われ続けた可哀想な子・・・
 多摩に対してそんな同情的な感情を憶える一方で、その内に潜む危険分子とも言うべき力をどう理解すれば良いのか頭を悩ませる。

 使い方一つで善にも悪にもなりうる諸刃の剣。



 ───このまま多摩を目覚めさせてもいいのだろうか・・・



 民衆の期待を一身に受けながらも、未だ結論が出せないでいるのだ。





「多摩はね、私の憧れだったの。とってもキレイでね、ちょっといじわるだけど優しかったのよ」


 懐かしくて頬が緩む。

 彼が里に戻ると言ったとき、あのまま手を離さなければ良かったと何度も後悔をした。
 だから今多摩が戻ってきたという事実が、約束を守ってくれたような気がして嬉しくて仕方が無い。

 母は美濃の様子に瞳を揺らしながら頷いた。

 そうだ。
 彼女にとっては大切な幼い頃の思い出・・・その裏にある多摩の闇など知る由もない。
 どこにでもあるような出来事なら話をかいつまんで話せたかもしれないが、これはそんなレベルの話ではない。
 口が裂けても美濃に言える内容ではないと隠し通す事を母は腹に決めた。



「全部美濃の未来の旦那様のおかげね」

「え?」

「巽が今回神子の里に行かなければ無かった話だわ」

「・・・・・・うん」


 何せ親友の生きた証を見つけたいと出かけて、親友と神子まで見つけて帰って来たのだ。
 巽は今や時の人だ。
 元々民からも尊敬される人物だっただけに今回の事は余計に火をつけた。

 連れていった護衛は途中森の獣に襲われ帰らぬ人となったとの報告だが、はなから巽より劣る護衛をつけて行かせたという事もあり、誰も責める者はいなかった。



「巽はすごいね・・・何でもできちゃうの」


 幼い頃から・・・物心のつく前から彼に憧れを抱いていた。

 普段の物静かな眼差しが優しく微笑むのがたまらなく嬉しくて胸がきゅんきゅんして、こんな気持ちは他に代えられないと恋しく思うと同時に、絶対的な信頼を巽に寄せている。



「私・・・・・・しあわせ・・・・・・」



 想いに応えてくれた巽。

 まだ頬にキスをくれるだけの子供扱いだけれど、ちゃんと婚約だってしてくれた。
 彼と結ばれるのは時間の問題だ。
 きっと誰もが思っているはず・・・




「そうね・・・誰よりも幸せになって・・・・・・・・・私のかわいい子・・・・・・」



「・・・・・・ん・・・・・・かあさま・・・・・・だいすき・・・・・・ぃ・・・・・・」




 そうだ、誰かに聞いて明日にでも多摩に会いに行こう。

 何で起きないのか知らないけれど、
 大きくなった私に気づいたら目が覚めるかもしれないもの。

 また昔みたいに喋ってくれるかな。


 ううん、それより多摩が前より美人になってたらどうしよう。
 どきどきしてまともに喋れないかも。

 でもでも私だってちょっとは綺麗になったよね・・・・・・・・


 子供っぽいってみんな言うから自信ないけど・・・背だってあの頃より随分伸びたよ?
 もう大人の女性なんだから、巽と結婚するんだもん。


 そんな事に思いを馳せている間も母の抱擁を受け、美濃はあまりの心地よさに目を閉じた。

 やがて幼子のように眠りについてしまう娘の様子を永遠に守りたいと言わんばかりに、母は愛おしそうに何度も何度も、撫でては抱きしめたのだった。















▽  ▽  ▽  ▽



 翌日、多摩の居場所を聞き出すのに美濃が選んだのは乾だった。

 巽は忙しい。
 特に今は英雄扱いされてあちこちに引っ張りだこで殆ど姿を見かけない。

 ・・・・・・という事だけが理由ではなく、巽の場合、王の許しがないものに対して、例え美濃であろうと教えてくれないということは目に見えていた。
 彼は完璧なる忠臣であり、美濃自身それくらいは言われずとも分かる事だった。

 そこで選んだのが乾。
 かなりの問題児扱いをされている男だが、多摩を知る人物の中では一番ハードルが低そうだった。


「これはこれは、見違える程綺麗になった。もう立派なレディだな」


 美濃を見た乾の開口一番の台詞はなんとも彼らしい軟派なもので、姫君に対する言葉としては許されない類いのものと言えたが美濃は全く気にする事なく、むしろ彼女を喜ばせた。


「ほんとう?」

「本当だよ。巽が羨ましいね」


 彼女は目をキラキラさせて満面の笑みを浮かべている。
 こんな風に女性の扱いをしてくれる人は周囲にはおらず、・・・というよりも、思っていたとしても普通はこんな台詞は口が裂けても王女に言えないだけだが、こんな点も美濃が乾を選ぶ一つのポイントだったりもした。


「俺に何か用でも? 会いに来てくれただけで大歓迎だけどね」


 歯の浮くような台詞だが、人好きのする明るい笑顔に嫌味が無いのが、彼が最も得をしているところかもしれない。


「実はね、教えてほしいことがあるの」

「何かな? 分かる事なら教えてあげるよ」


 それなら・・・、と美濃はニコリと微笑んで乾にこしょこしょと耳打ちをした。



「あのね。多摩の居場所・・・しってる? 会いたいの」


 ね? と小首をかしげ、童女のように美濃は笑う。


「そりゃまた・・・待ってりゃじきに会えるのに・・・」

「だってずーっと多摩に会える日、待ってたのよ? なのに、巽が連れ帰って来たって聞くだけで全然会えないんだもん。母さまがね、目が覚めないって言ってたの、多摩、病気なの?」

「・・・いや、病気ってわけじゃ・・・どっちかっていうと普通に寝てる」

「そうっ、良かったぁ・・・っ、なら会っても大丈夫ね!」


 悪意はない・・・むしろ多摩に純粋な好意を持っている、そんな感じに乾には思えた。

 乾は知らない。
 あの神託までの数日で、二人がどのように心を開いたのか。

 乾の知らない多摩がそこには存在していたということも。




「随分親しいんだな」

「え?」

「そこまで会いたいなんて、よっぽどだ。まるで久しぶりに会える恋人・・・巽が聞いたら妬くんじゃないのか?」

「えーーーっ!? 多摩は友達よ? ・・・あっ、でも巽が妬いてくれるなら嬉しいかも・・・・・・いっつも焼きもち妬くの私ばっかり・・・」


 頬を染める美濃に「ごちそうさま」と要らぬ懸念を抱いた自分の考えをサッと打ち消し、一方的に想いを寄せ続けたのは他でもない、この姫君だったと苦笑した。
 確かに友情・・・彼女はそんなものを多摩に感じているのだろう。


 ・・・だけど多摩が姫君に友情を感じてるとは思えないけどなぁ・・・大体、フレンドリーなアイツなんて想像できないぞ。




 ───まぁ、でも、・・・少しなら・・・





「多摩に会わせてあげるよ」

「ほんと!?」

「あぁ、本当だよ」


 美濃の満面の笑顔は何だかとても微笑ましくて、乾は久しぶりに心が穏やかな気分になった。








その6へつづく


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